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逃走6

 高速道路を降りて市街地に入った。

 幹線道路を一本逸れただけで、人の往来が異様なほどに少なくなった。辺りを警戒してみるが、表通りの至るところに設置されていた監視カメラも、この路地裏には一台も見当たらなかった。

 路地裏にある廃れた駐輪場で、バイクのエンジンを切った。隣に停めたバイクに労わるような眼差しを注ぐシルヴァを眺めていると、リリアに肩を叩かれた。


「気を抜くには少し早い。ここが敵対勢力の拠点近くということを忘れるな。車を用意してある。迅速に移動するぞ」

「このバイクはどうするの?」

「バイク? ああ。なるほどな。死地を越えた相棒なのだから、機械といえども愛着が沸いたか。安心しろ。あとで二台とも回収する」


 駆け足で答えて、リリアは表通りとは逆の方角に歩き出した。ヘカテが続いて、俺もまた駐輪場を離れる。

 後ろを追う足音が止まった。振り返ると、シルヴァが名残惜しそうにバイクを見ていた。


「置いてかれるぜ?」

「……うん。行かなきゃね」


 短く言い、シルヴァは小走りで寄ってきて、俺に歩調を合わせて歩みを再開した。

 

 どこまで用意周到なのか。閑散とした住宅街に案内された俺達は、三台分のスペースしかない小さな時間貸し駐車場で、右端に停めてあった黒のセダンに乗車した。鍵は車両下部に隠されていた。

 助手席に俺、後部座席にシルヴァとヘカテが座った。リリアは運転席だ。なんとなく危険な運転をされて激しく揺さぶられる羽目になると警戒したが、存外に彼女の運転は繊細だった。スピードも法定速度を遵守している。

 だがそれは、敵に見つかっていないからだ。


「さっきは天国の近くを走っていたが、私はこうした暢気なドライブのほうが好きだ。邪魔されることが多いがね」


 暴走運転にも自信があることを、そう言って暗に示唆していた。

 やがて、車は道路の両端にビルが林立する大通りに入った。この街の幹線道路に沿って作られた灰色の建造物は、ほとんどが十階前後のオフィスビルだ。歩道にはフォーマルな服装をした男女が忙しなく行き交っている。


「こんな街の真ん中を通るのか。いくら撒いたからって、ちょっと危ねえんじゃねぇか?」

「しかたないだろう。ここを通らなければ、我々の目的地に着けないのだから」

「そういや、目的地がどこにあんのか訊いてなかったな。港にあったみたく、この街のどこかに隠れてるってのは予想つくけどよ。しっかし庁舎がある街に拠点を作るとは驚きだ。灯台下暗しってやつか」


 リリアは俺の推察に薄っすらとした微笑で答え、ハンドルを回して左折した。曲がる際に車が減速したが、左折したあとも車の速度は上がらなかった。間もなくリリアはまた左に指示器を出して、道路の途中でさらに左折した。

 そこは、普遍的な外観をしたオフィスビルの地下駐車場への入口だった。

 橙色の電灯に照らされる緩やかな道を、車は悠然と潜っていく。

 港の拠点のように、この街の拠点も地下空間にあるのだろうか。

 ここの企業の地下駐車場に、拠点の入口を作ったのだろうか。

 そうでなければ説明がつかない。そうであれば、相変わらずとんでもない所に拠点を作るものだと呆れるところだ。

 自分が思わず苦笑いしていることを、助手席の窓に映る男を見て自覚した。


「案内しよう。この地下駐車場の上にあるオフィスビル。あれが、第七二区画都市における我々の第一拠点だ。――君の言う通り、まさに灯台下暗しだな」

「アレスよくわかったね。こんなに堂々と反政府組織テロリストの拠点があるなんて、私が初めて知った時は半端じゃないくらい驚いたのに」

「やっぱりアレスさんは、只者じゃないようですね」


 三人は口々に讃えてくれたが、窓に反射する男の苦笑は、よりひどく引きつっていた。

 

 角ばった支柱の合間を縫うように、多種多様なメーカー、ボディカラーの自動車が駐車されていた。高級車も散見される。螺旋状になっている地下駐車場を地下二階まで下りて、空いていたスペースにリリアは車を停めた。

 助手席のドアを開けて灰色の地面に立った。周りを悠然と観察して、不意に、脳内に深く刻まれていた場所のイメージと眼前の光景が一致した。

 地上から切り離された閉塞感。等間隔に並ぶ支柱。

 上に行けば出口があることもわかっているし、支柱の形状も著しく異なっている。

 だが地下駐車場(この場所)の雰囲気は、無意識に裏次元アカシャの景観を連想させた。


「どうしたのよ? いきなりぼうっとしちゃって」

「なんでもねぇ。ただなんとなく、感じが裏次元に似てると思ってな」

「裏次元に? 言われてみると、ちょっと似てるかも。柱が等間隔で並んでるところとか」

「そうだが、別にそれだけだ。こんな些細なことに気を取られるなんて、疲れてるのかもしれねぇな」

「そうね。私もだいぶ身体にキテるみたい。師匠、そろそろ休憩できないの?」

「車内で充分休んでいただろう……。だがまぁ、逃走でとんでもない体力と集中力を消費しただろうからな。移動する車で休むだけでは回復してくれないか。わかった。上に行って挨拶を済ませたら、次の出撃まで休息としよう」


 降車した車に鍵をかけて、リリア達三人は角にあるエレベータールームに歩いていく。一歩遅れて最後尾のヘカテの後ろを歩きながら、俺は胸に渦巻いている〝正体不明の胸騒ぎ〟に思考を巡らした。

 どうして俺は、唐突に裏次元とこの場所を結び付けたのだろうか。シルヴァに軽く流されたように、共通点といえば支柱が並んでいるところだけ。その支柱ですら、裏次元が空の果てまで届く高さがあることに対して、地下駐車場の支柱は三メートルほどしかない短さだ。

 改めて、重ねた二つがまったくの別物であることを認識した。


 ――俺は、何を考えていた?


 自分で脳裏に浮かべた感情の根拠がわからなかった。些末なことだと思う気持ちもあるが、どうでもいいと思えば思うほど、不穏な靄が頭の中に広がっていった。原因不明の悪寒が、歩くことさえも鈍らせた。

 足枷でも付いているように身体は重かったが、表面上では平静を装い、俺は彼女達のあとを辿った。

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