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BC1994 【飯篠土輔】

「あー、めんどくせぇなあ」


 飯篠土輔には語るべき過去がない。

 彼は千葉県の中流家庭で普通の学生として育ち、自然発生的に“楽したい”と考えるほどに、とにかく土輔はぐうたらというか、ものぐさだった。

 テストは一度見聞きしたことは忘れない優れた記憶力で赤点を取ったことはないが、予習や復習を一切せず、けして上位にも行かない。

 優れた才覚を持ちながらもそれを磨かず、仮に劣っていたとしても反骨心を抱かない。遊びもするが飽きてしまう。遊びやゲーム自体にも友達にも。

 生きているから生きているだけで、明日死ぬと云われても悔いすらない虚無的な人生観。



 そんな土輔が最高の暇潰しとしていたのが剣術だった。

 何も考えなくとも良いし、考えても良い。攻めても良いし、守っても良い。

 そうやって暇を潰すだけで周囲の大人や同窓生から羨望の眼差しを向けられるのも気分が良かった。

 試合も飽きれば出なければ良いし、そうやって土輔の青春は過ぎたが、社会人になってから、剣だけで生きていける仕事はそうは無いということに気が付いたが。

 剣道では負け知らずでそれを利用して就職もしてみたが、ルールに縛られる中で弱い相手にケガをさせないようにするのは億劫で、腕を頼りに職を転々としたり、女に食わせてもらったりするも、どこでも半年と持たずに世間のしがらみに辟易とし、町を後にしていた。

 そんな中、東京での殺し合いで報酬が得られることを知るも、その段階で路銀が尽き、炊き出しをしていた少女に恥じらいもなく声を掛けた。




「御貸しできる金額なら大丈夫ですが、おいくらですか?」

「十万円。必要なんだよね」

「うーん……持ち合わせが有りませんが、家まで来ていただけますか? かき集めればあるかもしれません。お時間大丈夫ですか?」

 驚くほど真面目に生き、澄みきった瞳に惹かれただけでなかった。彼女の名前は伊藤幽鬼。

 そして幽鬼は、自分と同じ剣人であり、付き合いでサラリと参加した挙句、他の参加者を殺さずに勝利してみせた。

 ただ、その試合も土輔は見ておらず、無血勝利を成し遂げた幽鬼への歓声とブーイングによって目を覚ました。

 安物の腕時計を一瞥してから二度寝しようとする土輔の控室に、幽鬼が入ってきた。

「……ノックぐらいしろよ」

「してませんでしたか? 私」

「してねーよ」

「起きてたなら返事してくれれば良かったのに。イジワルです」

「……寝てたから聞こえてなかった」

「――知ってました。だからノックはしませんでした」

 くすり、と幽鬼が笑ったのを土輔は少しだけカワイイと思ったが、その感情が何に起因するのかを考えるほど勤勉ではなかった。

「……あー、そう」

「土輔さんは次の次の試合でしたよね。土輔さんも無血勝利、頑張ってくださいね!」

「ガンバルとか苦手系の人なんだけどなァ、俺」

「わかってます! 大丈夫です!」

「……ん?」

「土輔さんは優しい人です。少しだけ素直になれないだけですものね」

「優しいって、俺、君との付き合い、そんなに長かった感じだっけ?」

「そのくらいのことはわかります」

「だから、なんで?」

「うちのおじいちゃんも、素直になれない面倒な性格の良い人だったからです」

「理由になってないと思うの俺だけ?」

「はい!」

 笑顔で断言され、土輔は反論するだけ無駄だと思った。

「まー、良いわ。幽鬼ちゃんが出来ることも出来ないってのも癪だし、やるよ」

 土輔の試合は幽鬼から遅れて第五試合。

 第三試合で幽鬼が無血試合をしたせいか、第四試合は遅い展開だったらしく、死者は二名“のみ”。

 そう、どんな内容でも死者は出る。そういうゲームなのだ。十人で殺しあえば、仮に土輔が八人を峰撃ちしても、残るひとりの放った流れ弾が倒した参加者に当たる可能性もある。

「……やるって、云っちまった系だしな」


 ドームに入った土輔が最初にしたのは、場内アナウンスを聞き流しながらレジャーシートを広げた。

 熊が笹を食べている珍妙なイラスト入りの物で、普段、土輔が野宿するのに使っている物だった。


「まあ、俺は……俺のすることやるだけだね」

《どぉおおおおした飯篠! やる気あるのか飯篠!》



 野球に使われていた頃はスコアボードになっていた電光掲示板には次々と倍率情報が流れていくが、土輔は特に大穴になっているわけではない。

 命懸けの場で奇行に走る人間というのは珍しくない。土輔としては都合の悪いことだったが、何か対策を講じるわけでもない。なぜならば面倒くさいから。

 多くの参加者は、銃を構えたり防弾チョッキ代わりのレガースやヘルメットの位置を直す者もいるが、土輔は気にしない。


《あと一〇秒! 賭けは終わったかな!? 終わったら自分の席に戻りなよ! それでは……開始!》


 合図と同時にそれぞれに行動を始める。絞っていたターゲットに襲い掛かる者、時間を潰すために待ちに入る者――様々だが、退屈で面倒という様子なのは土輔だけ。


「……ああ、あいつだな……」


 気配を断つという技術がある。姿が見えているこんな状況では活かし難い技術となる……が、その逆ならば正対称的に役に立つだろう。気配を出す技術、威圧。

 戦わずして実力差を思い知らす技術。闘戯場外の観客からは“妙に目立つ”とだけ感じるものだった。

 が、中に居る者たちからは、そこに火の点いた爆弾が出現したような危機感を生じさせた。自身は蛇であり、敵たちに自らを蛙だと悟らせる技術だ。


「……あー……フォトンエッジ、レンタルしたけど、使う必要ないな」


 土輔は動きの止まった参加者たちに無造作に近付いてリングをむしり取る。参加者たちは無造作に手を出しているだけの土輔に対抗できない。

 客席からはヤジが飛ぶが、せいぜい酔っ払いヤクザ程度の罵声が土輔以上のプレッシャーを与えることはありえない。


「お疲れさん、怖いもんは怖いよね」


 命掛けでこの戦いに参加した者たちも、怖いものは怖いのだ。

 例えば交通事故で車に跳ねられるとき、もちろん走ってその場を離れるのが正しいと理解している。

 それでも理性有る人間や野生溢れる猫など、大多数の動物は身構えてしまう。それが本能的ということ。


「……あ、アアアアアアアアアッッ!」


 光の剣・フォトンエッジを振りかぶり、叫びながらひとりの参加者が走り出した。半べそだが、構えはサマになっている姿に土輔は感心した。


「……本能を克服する訓練を……しているヤツ、ってことか」


「ガアアアアアアアッッ!」


 人間は危機的状況化で叫び声を上げる。それは仲間を呼び危機に抗うための緊急反応であり、身体を臨戦態勢にする効果がある。

 その情けない実際とは裏腹に雄々しい姿にヤジを飛ばしていた観客たちのボルテージも上がり、当の土輔も刀を構えようとするが――他八人から奪ったリングを持て余していた。

 しかもリングをポロポロと落とし、しゃがんで拾う姿は、いくらなんでも威圧感を失う程度にマヌケだった。


「っつぉ、チェェェストォオオオオオッッ!」

「……うるせぇなぁ……」


 跳ねた。一挙動。しゃがみ込んだ状態から土輔がバネ仕掛けのように跳ねた。

 しっかりと見ていたはずの観客たちも多くがコマの飛んだフィルムのように感じるほどの超高速。ワンモーションの一撃、その特徴的な技には観客の中に見覚えがある者が何人居た。


「……あれ、抜討之剣(ぬきうちのけん)じゃないか……?」

「そうだよ、一〇年くらい前に……そうだ、高校剣道で……無敗だったヤツだ! 飯篠! そんな名前だった!」

「個人と団体、両方準決勝で棄権したってヤツか?」


 土輔が多数の剣法を眺める中、我流剣法だが、その技の見事さ“抜討之剣”と命名された技。

 その威力はどこを攻撃されたかすら理解できないほど速く昏倒した参加者の男と、土輔の手元にある砕けたリングを見れば容易く。


「……これ、砕けてても賞金貰えるのかな」


 開始して二分ほど。あとは昼寝をする土輔を眺めるだけの時間が発生した。

 その後のインタビューにおいて、土輔は面倒くさそうに適当に受け流そうとした結果、中学時代の試合放棄についてだけ答えた。


「面倒くさかったから」

「え?」

「だから、今と同じで面倒くさかったの。それだけ」



 この後、面倒くさいという理由で試合を欠場することがしばしば有ったが、飯篠土輔は出た試合では勝ち続けた。

 幽鬼の勧めで不殺を貫いていたが、幽鬼ほどブーイングが集まらなかったのは、単に殺すのが面倒なだけと理解されたからだった。

 清純極まりない幽鬼に比べ、土輔には怒号を飛ばすのに足りないほどに自堕落だったのだ。

 名前:飯篠土輔(イイザサドスケ)

 流派:我流

 役職:ホームレス→闘戯場剣士

 プロフィール:男・1966年生まれ

 :面倒くさい。何事にも無気力な剣士。無職。

  座った状態から、既に始動している相手より速くカウンターで相手を倒す、抜討之剣を持つ。

  どんなものでも切断するフォトンエッジでの戦いにおいて、どんな状態からでもカウンターが入る奥義は驚異的。



 元ネタ:

 天真正伝香取神道流の開祖、飯篠家直。

 塚原卜伝以上に古い時代に生まれ、流派、という概念もないような時代にその概念を作り出した伝説中の伝説。

 剣術は平和の手段と考え、戦いを避ける方法まで考案している。

 ……平和主義者と、何事も面倒くさいと考えるモノグサは違うだろ、と自分でツッコミ入れるレベルで全然違う。


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