第2楽章 ふたりの囚われ人
皮袋を通した言葉は聞き取りにくい。
甲高い声で喚くから、尚更だ。
トルネは、何回目かのヒステリーの爆発で、説明を締めくくった。
「なるほど、それで入れ替わったわけだ……一時的に?」
ジルは、笑いを含んだ声で問う。
「少ししたら帰るつもりだったよ」
皮袋を頭から被らされた少年が、うめく。領主の息子と聞けば、だれもが平伏するのを当然と思っていたトルネにとって、こんな屈辱的な扱いは初めてなのだろう。
「なら、この荷物は、なぁに?それに、ちょっと出かけるのに、なんで汽車に乗る必要があるの?」
「ボクがどこへ行こうと、お前たちに関係ないだろ!さっさと解放しないと、ホントにひどいことになるぞ!」
「なんだか、皮袋が怒ってるみたいで面白いや!」
ディーンが耳障りに笑うと、トルネはますます怒り狂った。
「ボクが戻ったら見ていろよ!父に言ってお前らも、お前らの探してる修道士も首を刎ねてもらうからな!いや……ひょっとしたら」
皮袋の中で、トルネが笑う気配がした。
「ひょっとしたら、修道士は、もう殺されてるかもしれないな……父がボクを間違えるなんてありえないし。まぁ、生首でよかったら持って帰ってもいいけどね」
この一言は、猟奇殺人鬼たちを大いに不愉快にした。
大事な代替品がなぶり殺されないうちに、ジルはトルネを地下室に放り込んだ。
南京錠をかけると静かになったので、少し小気味いい。
「さぁ、それで……どうする?」
「どうするって、なにがよ?」
アイリーンは、不愉快そうに片眉を吊り上げる。
「カリギュラは、残酷領主と呼ばれてる。庭園で粗相した庭師を昼も夜も鞭打って殺しただとか、服に鉤裂きを作った使用人の指を犬を食わせたとか、物騒な噂が耐えない領主だ……もし、キオが、本物の息子じゃないと分かれば、本当に殺されるんじゃないかねぇ」
「あら、そう」
「どうも、明日の31日に一般公開の舞踏会があるらしい。3日間続く聖人祭の締めで、カリギュラの誕生祭らしいが……息子なら、正式に出席するんじゃないか?」
反応を窺うようなジルの台詞に、アイリーンは苛立たしく舌打ちした。
「だから、なによ」
「別に。言ってみただけ」
連れ戻すチャンスは、誕生祭。
だが、それがなんだというんだろう。
猟奇殺人鬼アイリーン・ネルソンにとって、修道士の子供ひとり、いようがいまいがどうでもいいことだ。そう思いたい。今は、まだ。
アイリーンが忙しなく足を組みかえる傍らで、ジルも、昼間のカフェでの会話を思い出していた。
どうも、調子がおかしくなっている。
自覚はある。
自分だけでなく、他の5人もおかしくなっている。
アイリーンは、こんなに面倒見がよかっただろうか。
リジーは、こんなに聞き分けがよかっただろうか。
ディーンが、こんなに長く一箇所に留まっていることは、異例ではないだろうか。
なぜ、グランは無差別殺人鬼なのに、理性的に健全な生活に身を置いているのか。
それに、ペーズリーが、キオの名前を覚えることのなんと早かったことか。
認めたくないことだが、変わってきている。
問題は、それをよしとするか、しないかだ。
「……みんな、キオのとこ行かないの?」
露店で買った大きな棒つきキャンディーを舐めながら、ディーンが立ち上がる。賛同の声も、反対の声もない。ひとりひとり見回していたが、しばらくして「ふーん」と頷いた。
ディーンは、羽飾りのついた帽子を押さえ、ペーズリーを振り返った。
「じゃ、オイラとペーズリーだけで助けに行こっか」
それに一番早く反応したのは、アイリーンだった。
「は?なんでそうなるのよ。もう呪いのとき方は分かったんだから、別に導き手とやらがいなくたっていいじゃない」
「んー、まぁ、導き手はいらないけどね」
ディーンは、大きく身体を揺らす。
「でも、オイラ、キオのことスキだし」
自分で自分の言葉に、納得する。
うん、オイラはキオがスキだな。
「おやすみの挨拶も、キライじゃないし」
キオは、与えてくれる。
かつて、与えてもらえなかったものを、いともたやすく与えてくれる。
キャンディーとかチョコレートとかそういうものじゃない、なにかもっといいものを。
「キオの作る野菜のスープは、キライだけどね!」
キオになんかかんかと世話を焼いてもらうのは、気持ちがいい。
キオは探しにきてくれる。
キオはいないふりなんてしない。
ひとりぽっちで放っておかれないのは、なんて楽しいんだろう。
「アンタも行きたいわけ?」
ペーズリーは、いつもの猫背だが、いつもより早口だった。
「ニセモノ キライ ホンモノ イイ」
その仮面の下で何を考えているのか。
「ホンモノ ホメル エライ ホメル ホカ チガウ 」
ペーズリーはボソボソと囁き続けたが、意味はよく分からない。
めったにやらない身振り手振りも加えだした。
「ダカラ ペーズリー キオ アウ」
ペーズリーが、こんなに長くしゃべったの初めて見たなぁ。
リジーは、トランクにもたれたまま、迷っていた。
どうしようかな、と考えながら、とても不思議な感覚を味わう。
迷うなんて今までなかった。
殺したいから殺す。悲鳴が聞きたいから、目に付いたから、殺す。
誰でもいい。どこかで自然にハズれたから、こういうふうになっただけだ。考えるのは自分のことだけで、共感意識なんて欠片もない。殺害は過程で、結果ではない。「こうなって、こうなったから殺した」のではなく、「こうしたいから殺した」という回路が働いただけ。
リジーは、グランを見上げた。
まだクマの着ぐるみを着たままの化け物が何を考えているか、付き合いの長いリジーには手に取るように分かる。
リジーは、ため息ではない吐息をついた。
もう悲鳴はいいか。十分聞いたし。
どうせ、みんな似たような命乞いしかしないし。
殺す予定のない人間と、もう少し関わるのも面白いかもしれない。
「わたしも参加する。あの子供、ムカつくもん」
グランも隣で頷くのが分かった。
ほーら、みんな、おかしくなってる。
アイリーンは、頬杖をついたまま、つぶやいた。
妙な意地を張っているのが突然バカバカしくなった。猟奇殺人鬼は自分勝手に、好き勝手にやるから、猟奇殺人鬼なのだ。
「……なら、アタシは舞踏会のためにドレスを選ばなきゃいけないわね」
ペーズリーが、首をかしげる。
「パーティーに行くのに、そのメンバーじゃ華がないと思わない?」
「なら、エスコートは、私にさせてもらおうか」
アイリーンが意地悪く笑う。
「あら、アンタも来たいの?」
「……なんで、そういう……そのタイミングでそういうこと言うわけ……?」
なんとはなしにショックを受けるジル。
「なぁんだ!結局、みんな行くんじゃない!」
ディーンのはしゃいだ声に、それぞれが苦笑した。
事情を全て正直に話したのに、思い切りぶん殴られてしまった。
キオは、腫れた頬をなでながら、狭い空を見ていた。
独房の窓は、鉄格子が嵌っているうえ小さい。
「もうちょっと大きかったら、花火が見えるのにな……」
音は聞こえるが、そこから花火を見ることはできなかった。
ため息をついて、膝を抱えると、自分の掌が肩に触れた。
ああいう感じなんだろうか。
そっと、自分の肩を包んでみる。
もし、自分に家族がいて、父親がいれば、ああいうふうに抱きしめるものなんだろうか。
キオは、孤児だ。
おやすみの挨拶は、見たこともない母親でなく、施設の園長を習っている。
キオは、胸元から十字架を取り出した。
十字架の交差している部分に光輪を模した円と突起がついているものを「花十字架」と呼ぶが、キオのものは随分古くて安っぽい花十字架だった。
それを撫でながら思う。
服を交換するとき、花十字架の首飾りだけは、取っといてよかった。
これがなくなったら、唯一の家族の繋がりが消えてしまう。
高価な物ではないし、物語みたいにどこかの王家の印でもないけど、自分の財産といったらこれくらいだもの。
だから、心残りがなくてよかった。
もし、お金持ちだったら、お金を残すのを惜しく思うかもしれないから。
トルネが明日の誕生祭終幕までに帰ってこなければ、殺される。
そう告げられたのは、ついさっきだが、あまり恐怖は感じない。正直なところ、猟奇殺人鬼と初めて対面したときのほうがずっと怖かった。さっき心残りはないと思ったが、やっぱりある。
今は、その恐るべき導き相手たちが、心残りだ。
「……みんな、ちゃんと晩御飯食べてるかなぁ」
今宵最後の花火が、夜空を照らす。