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第6楽章 チューニングタイム2番

ぎゃああああああああ――!!


言葉にならない声を胸の内に、キオ・コッローディは、列車の屋根に必死でしがみついていた。


「お、おちる……さむいぃ……!」


室内着のゆったりした襟元から、バタバタと風が入ってくる。

なんとか片手で、首元までボタンを留めようとしているのだが、ちょっとでも手を離そうものならバランスが崩れてしまいそうだ。

仕方なくキオはセミの抜け殻のように腹ばいになったまま、寒さに耐えていた。


「おい、だいじょうぶか」


キオの傍らに立つ若者が、ぶっきらぼうに声をかける。

夜空のような紺碧の右目が、やや心配そうにキオを見下ろしている。

ちょっと無愛想だが、しっかり目を見て話してくれるところに好感が持てると、キオは思う。


「だ、だいじょうぶです!これもいい経験だと思いますので!」

「いい経験……」


おうむ返しにつぶやいた若者は、キオの腕を掴んで立たせてやった。


「いい経験かどうかはともかく、そのままじゃあ進めない。高いところが苦手なら、わたしに捕まってろ」


年齢はキオと同じくらいだろうが、彼の立ち振る舞いは、ずっと年上のそれである。

キオの目指す理想の男性像としては、ゼペッド司祭様、ジル(非変態時限定)、ギルシアで見た憲兵隊の人がメモされているが、この若者も新しく名前が入りそうだ。


風に巻き上げられ、若者のクセの強い黒髪越しに、左目を隠す眼帯がのぞいた。

かっこいい人は、どんなアイテムを身に着けていてもかっこいい。

さっき少しだけ、「眼帯とか付けたら、ぼくもかっこよく見えるかもしれない」などと考えたのは内緒だ。


「あ、ありがとうございます。ルゥルゥさんは、これからどうするんですか?」


眼帯の若者――ルゥルゥは、しびれを切らしたキオが、アイリーンを探しに盗賊を突破しようとしたところを、助けてくれたのである。

ルゥルゥは、7号車で探し物をしていたそうだが、結局見つからなかったのだとか。

あちこちで銃声やら怒号やらが聞こえてきたので、ひとまず屋根へ退散して、今に至っているのだ。


「これからか……そうだな……」


呟いたルゥルゥは、今気付いたのか、ふとキオの胸元に目を留めた。


「……あんた、神職関係者か?」


胸元からのぞく、木製の花十字架を差す。


「あ、はい、修道士の見習いです」

「……なら、今のうちに隠しておいた方がいい。グルー・ノワレ派は、神を信じない者よりも六柱神派のほうが気に入らないらしい。7号車にいたのは、かえって運がよかったかもしれないな」


ギルシアン・ブリジットのカラード教は、白の大神を主神にすえ、黒の母神、赤の神、青の女神、黄緑の双子神を周りに座す、6柱神信仰である。

キオの所属するコバルティアラピス系も、6柱神信仰の派生系列。


対して、南ウェンベルに広がるグルー・ノワレ派は、黒の母神こそが、大神を含む全ての神の起源だとする考え方である。

人間性としては寛容で、信仰心の強い南ウェンベルだが、原初が同じとはいえカラード教に関しては6柱神派とは相容れない体質なのだ。


「そ、そうですね……」


キオは、ギルシアン花十字架を、胸元に押し込んだ。

ついでにボタンも一番上まで留めた。


「あんたはどうするんだ?」

「ぼくは、えーと……仲間を探しに行こうと思ってます」


キオの脳裏に、アイリーンの放送ではっちゃける猟奇殺人鬼たちの姿が浮かぶ。


「仲間?あんたのお仲間は何号車に?」

「えーと……元の部屋に戻ってるなら、3号車だと思うんですけど……」


ルゥルゥは、ん?と眉をひそめた。


「あんたは、修道士の見習いなんだよな?」


キオは、しまったと口をつぐんだ。

よく考えれば、修道士見習い如きが2等客車にいるなんておかしい。

どうにかごまかそうと思ったが、嘘をつきなれていないキオがうまい作り話をできるわけもない。

ルゥルゥは、花十字架の下げてあったあたりとキオの顔を見比べた。


「2等客車ってことは、ギルシアン女教皇の側近じゃないのか?」

「え、教皇様の?ぼ、ぼくがですか!?」


女教皇といえば、天上の方同然。

ギルシアン・カラードの最高位聖職者で、キオは顔写真や肖像画くらいしかお目にかかったことがない。


「ちがいますよ!そんな、恐れ多い……なんで、そんな話になるんですか!?」


今度は、ルゥルゥの方が、ぴたりと口を閉ざす。


「…………あの?」

「…………」

「…………」

「…………」


どうやら、ルゥルゥも、嘘をつきなれていない人間らしい。

むっつりとした無表情で、自らの発言を、時間が解決してくれるものとして黙りこくっている。


「……と、とりあえず、その、ぼくは前の車両に、行ってみたいと思います」

「そうか。そうだな、それがいい」


あ、ルゥルゥさん、元気になった。


さっきのルゥルゥの言葉は、うっかり口に出したにしては、あまりにも重大発言だった気がするが、こんなにも健気に隠蔽(いんぺい)しているわけだし、キオは聞かなかったことにした。

導き手になってから、変な人との関わり方が分かり始めたキオである。


「わたしも、すごくどうでもいい用事で、1号車に行こうと思っていたところだから、同行しよう。本当にどうでもいい用事なんだが」


どうでもいい、と言う部分を異常に強調して頷くルゥルゥ。

あえて、キオは突っ込まない。


ルゥルゥとともに、じりじりと屋根を進むうち、流れる風の音にまじり、なにか声が聞こえてきた。

それも、助けを求める弱々しい声だ。

ようやく声の出所を探し当てた先には、ぶるぶると震えている4本の指。

人である。生きている。

かろうじて、屋根につかまっているらしい。


「畜生!もうだれもいないのかよぉ!助けてくれえぇ……」


おそらく盗賊の一味であろうとルゥルゥが身構える前に、警戒心ゼロで慌てて近づいていくキオ。


「だ、だいじょうぶですかー!?」


引き上げようと、キオが腕まくりをしていると、ひっかかったままの男が安堵の声をあげた。


「ああ!よかった、助かった……なあ、さっきのクソ野郎は、もう行っちまったのか!?」



クソ野郎。



「ふざけた帽子かぶった鳥みてーなヤツだよ!『オイラ、着替えに行くだけだから』とかなんとかわけわかんねーこと言って、仲間をみんな森に放り込んだイカレクソ野郎だよ!」



うああああああああああ――――!!

すいません!そのイカレクソ野郎の仲間が、ぼくですうううぅぅ――――!!



この人だけでも助けなくちゃ!という使命感にかられ、キオはその男を屋根に引き上げた。

命からがら這い登った男は、キオが仲間かどうかはもうどうでもいいようで、膝をつき肩で息をしている。

キオは、かいがいしく盗賊の顔についた泥をぬぐってやった。


「す、すいません!そのイカレクソ野郎が、どこへ行ったか分かりませんか!?」


盗賊は、ちょっと泣きそうな声で、拳を屋根に叩き付けた。


「分かるわけねぇだろ!前の車両に飛んでったよ!」


盗賊は、非現実的な光景を見て、少し混乱しているようだ。

キオの献身ぶりを呆れたように眺めていたルゥルゥが、盗賊に聞こえないよう囁く。


「イカレクソ野郎、あんたの連れなのか?」

「あーああー……はい、そうだと思います」


でも、相手がディーンだったのは、まだマシだったのかもしれない。

かち合ったのが、グランやリジーであれば、この人にとって確実にトラウマものの事態になっていたはずだ。

みんな単独行動しているのだろうか、とキオはますます心配になった。


「ごめんなさい、そのイカレクソ野郎以外に、変な人には会わなかったんですか?」

「知るかよ!俺がどんだけの間、ここにしがみついてたと思ってるんだよ!ポーフィリーさんもやられちまったし……」


盗賊たちは、なんだか踏んだり蹴ったりだったようだ。


「イカレ野郎も、あのくそったれなガキも、一体何者なんだよ……意味わかんねぇよぉ」


キオの顔が、引きつる。


「ガキ……?」


男は、ついに情けなく啜り泣きを始めた。


「ポーフィリーさんをヤッたブチキレた奴だよぉ……俺は、ここにぶら下がってたから無事だったけど……あの赤いガキは、絶対人間じゃねぇよ……悪魔だ……」



トラウマ確定。

その人間じゃない、くそったれな赤い悪魔のガキも、ぼくの仲間です……。



「なんなんだよ一体……さっきの放送をした女といい、随分妙な連中が入り込んでるみたいだな」


ルゥルゥは、ふうと息をつき、頭をがしがし掻き回している。

もはや言うまでもなく、その放送をした妙な女も、キオの仲間だ。

キオは、だらだらと変な汗をかきはじめている額をそっとぬぐった。


そのとき、後続車から立て続けに窓ガラスの割れる音が聞こえた。

列車に使われているガラスは分厚く、ちょっとやそっとでは傷さえつかないはずである。

なのに、派手に割れた。

しかも、そこから数人の人間が放り出されるのが見えた。

たすけてくれーとか叫んでいるのも、かすかに耳に届く。


「なんだか、ますます騒々しくなってきたな」


ルゥルゥの冷静な反応の隣で、キオは耐え切れず両手で顔を覆った。



うああああああああああ――――!ちくしょおおおおおぉぉ――!!

たぶん、あそこにも仲間いますううぅぅ――!!ホントすいませんんん――!!



キオは、本格的に頭が痛くなってきた。

早いところアイリーンを見つけて、みんなと合流して、列車から飛び降りるなりなんなりして、この場から逃げたほうがいい。このままでは、被害が増えてしまう。


「ひとまず、ここからは離れたほうがいいだろう」


ルゥルゥは、なにやら静かになったキオをつれ、再び前列車を目指し始めた。


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