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第6楽章 猟奇殺人鬼の交響曲6番

「花十字架」は、珍しいものではない。


ただし、それはカラード教が国教であるギルシアン・ブリジット国内限定である。

カラード教は、名を変え、形を変え、指導者を変えて、世界中で広く信仰されているが、「花十字架」をカラード教のシンボルに使う国はごく一部なのだ。


そもそも「花十字架」の「花」は、ギルシアの国花「薔薇」を指している。

そして、「薔薇」は、本来「星の光輪」を表した小道具にすぎない。

「白の大神」が地上に現れた聖夜の「星」を、より人の世界に根付きやすい形に置き換えた結果、光の重なりを、七重にも八重にも花弁をたくわえた「薔薇」に見立てた、という説が有力だ。

そのため、マルゴール大聖堂には、薔薇の花に寝そべる神々を描いた宗教画や壁面彫刻が残っており、薔薇の色や形状によって、様々な宗教的解釈がなされるのだとか。


もちろん、そんなお堅い背景など置いておいて、上流階級が気軽にファッションとして薔薇のモチーフを使うことはある。ただ、それが流行したのは一昔前だし、「花十字架」そのものは、決してスマートな装飾品とはいえない。


つまり、「花十字架」を日常的に持っている人間なんて、ギルシアの教会関係者くらいしか思い浮かばなかった。



ジルは、自分のステッキや銀時計に刻印された薔薇を思い出しながら、突然現れた闖入者を眺め回した。凛とした佇まいは、まあ「修道女らしい」と言えなくもないが、それにしては……。


相手は、わざとらしいほど汚れた――おそらく白に近いプラチナブロンドを、肩より上でばっさりと切り落とした少女である。

ちまちまとした小作りの顔のなかで、大きな菫色の瞳が印象的だ。

まだ10歳にも満たないだろうに、頬には少女らしい色味もなく、身体には柔らかそうなラインもなく、装飾品ひとつ身につけていない。

およそ、ジョルヴァンナイトに単身乗車できるような身分には見えなかった。


キオの行方に対する心配が和らいだところへ、変な子どもの奇襲をくらい、5人は少し呆気に取られた。驚きのため捕まえていた盗賊から手を離してしまったグランも、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。


一方、5人の注目を一斉に浴びた少女は、緊張した面持ちだ。

両手で必死に構えているのは、小さなピンひとつ。

狙いがついているのかいないのか、大きく震えている。

そこらへんに落ちている銃でも拾ってくればよかったのに、あんな爪楊枝みたいな針で、一体なにをどうするというのだろう。


「き、聞こえなかったんですか!その十字架を、か、かか、かえ、返してください……!」


しゃべるたびに、どんどん顔色が赤くなっていく様子は、ほとんど酸欠寸前に見える。



大丈夫かな、この子……。



今にも立ったまま、アブクを吹き出し、失神しそうな少女を、不安げに見つめる猟奇殺人鬼たち。

点火寸前の爆弾を見ているような気分だ。


「か、返さないと、ひどいことになるんですから!ど、どれくらいひどいかと言うと、そ、それはもう口で言い表せないよーな、その、あの、つまり……!」


少女は、ごくんと生唾をのんだ。

なんだかよく分からないけれど、続きをじっと待つ猟奇殺人鬼たち。


「つべこべ言わずに返しなさいコノヤロオオォォォ!!」



えええええ――――!?



なにも言ってないのに怒られた猟奇殺人鬼たちは、理不尽さに各々心の中で悲鳴をあげた。

一足早く冷静さを取り戻したらしい赤頭巾が、盗賊を踏み越え進み出る。


「君は、さっき10号車にいた子だね?大丈夫だから落ち着いてよ」


そして、人懐っこい営業スマイル。

少女は、警戒したまま、じりじりと後ずさっている。


絶対落ち着けるわけない。

赤頭巾本人も、わりとハデに返り血を浴びているし、グランは着ぐるみをつけてないし、ディーンもペーズリーも不審者以外の何者でもない。

その絶対落ち着けないであろう雰囲気を嗅ぎ取って、赤頭巾は「えーと、ほら」とちょっと悩んだ末、親指をびしっ!と自らの胸に突きつけた。


「わたしたち、正義の味方だから!」


どの面下げてお前……と、メンバー全員が思ったが、少女の目がきらめき始める。


「正義の味方……マジですか!?」


かわいそう!信じちゃった!


「ああわわ、わ、わたくし、てっきり皆さんのことを血に飢えた野獣どもだと勘違いしてしまって……!」


あー残念!そっちが正解!


もはや軌道修正を諦めた猟奇殺人鬼たちは、やんわり生暖かい笑顔を浮かべている。

キオ並みにオツムのゆるい女の子だが、まだ家庭教師もつかないような幼さだ。赤頭巾の言うことを真に受けるのも仕方ないのかもしれない。


「で、この十字架は、君のものなの?」


赤頭巾が十字架を揺らすと、少女は首がもげそうなほどガクガクと頷いた。


「こちらに寄ったときに失くしてしまってたんです!よかったぁ……!」


嬉しそうに十字架を受け取る少女。

ということは、あの十字架はやっぱりキオのものじゃなかったのか、と猟奇殺人鬼たちはお互いに目配せした。


「それはよかった。ところで、さっきは驚かせちゃったねー」


赤頭巾は、彼女の本性を知る人間が見れば寒気を覚えるような、可愛らしい笑顔を浮かべ、少女を覗き込んだ。


「……ひょっとして、どこかでわたしに会ったことがあるかな?」

「え?」


ジルは、わずかに目を眇めた。


黙って成り行きを見守っていたのは、赤頭巾の疑問を自分も感じていたからだ。

赤頭巾は、猟奇殺人鬼としての自分を知っているのか、という意味合いで尋ねているのだろうが、ジルは違う。

はっきりと、その少女に既視感を覚えていたのだ。せめて、彼女がもう少し身奇麗にしてくれていたら思い出すこともあったろうが、今の格好ではいまいち確信が持てない。

彼好みの黒髪ではないし、許容範囲を下回る年齢だが、どこかで会ったような気がするのだ。


しかし、少女は静かに首を振った。


「いえ、お会いしたことはないと思いますが……?」


質問の意図が分からないというように、きょとんと赤頭巾を見つめている。

赤頭巾は、そう、と興味の失せた声で続けた。


「いや、さっき随分こっちを見てたから、わたしのことを知っているのかなと思って」

「ああ、いえ、それは……」


少女の視線が、ちらと大鎌に移った。すこし引きつった表情を浮かべている。


「あの、その……鎌が……」


赤頭巾の大きな鎌は、血まみれである。注目を集めてしまうくらいには、刺激的なアイテムだ。

察した赤頭巾は、決まり悪そうに、鎌の刃を下にして床に下ろした。


「ああ、まあ、しょうがないよね。正義の味方も、たまには敵を血まみれにしちゃうからね」

「な、なるほど……正義遂行のためなら、やむを得ませんよね」


赤頭巾の適当な言葉に、一生懸命頷く少女。よくない指導だ。

そろそろボロが出そうな赤頭巾は、話を切り上げようと手を振った。


「じゃあ、このへんは危ないから、早く戻ったほうがいいよ」


その手を、鼻息も荒く、わっしと少女がつかむ。


「あ、あああの!こ、ここで、連れを……子どもを見ませんでしたか?わたくしより年上の」


ペーズリーが、首を直角に傾げる。


「コドモ」

「は、はい、わたくしの十字架を探しに行ってしまって、それっきりはぐれてしまったんです」


首を直角に曲げたままのペーズリーに恐れ戦きながら、少女は不安げに十字架を握り締めた。

猟奇殺人鬼たちは、顔を見合わせる。

盗賊の談によれば、子供はふたりいたということだった。

ひとりは少女の同行者、もうひとりは……。


「どうかな、わたしたちがここに来た時には、もうこんな状態だったから分からないね。これから、前列を見に行くから、もしいれば……」


赤頭巾のセリフに、食い気味で少女が割って入る。


「ど、どうぞわたくしも連れて行ってください!せ、正義の味方様たちの足手まといになるのは、重々承知のうえですが、なにとぞ!剣術の心得くらいならございます!」



……剣術って、そのピンのこと?

え、それでイケる?



「あ、あー……どうだろー……せっかくだけど危ないから、待っていたほうがいいと思うけどね」


赤頭巾が、珍しく困っている。

いつも困らされているメンバーとしては、ちょっといい気味だ。


「わたくし、や、役立たずのミソッカスだということは自覚しておりますが、なにとぞ!できるだけコンパクトになってお供いたしますので!お邪魔でしたら、できるだけ息しないようにして、気配を殺しておりますので、なにとぞおおぉ!」


幼いわりに、随分時代錯誤な言い回しを好む少女である。

泣きつかんばかりの形相に、赤頭巾は脱力しそうなめんどくささを感じた。


見かねたグランが、赤頭巾の服をつんつんと引っ張る。


「……リジー、どうする?オイラは別に連れてってもいいと思うけど」

善行になるかもしれないし、とディーンがこそこそ囁く。


「そうは言うけどさ、巻き込まれて死なれたりしてみろ。善行どころかマイナスだろ。それに、あの子どもの同行者が生きてるかどうか」


「デモ キオ イッショ カモ」


グランも、うんうんと頷いている。子どもひとりくらい増えたところで、猟奇殺人鬼が5人もいれば、そうそう窮地に陥ることはないだろう。


「なんだよ、君らは、いつのまにそんなに心が広くなったんだ?」


拗ねたように唇をとがらせる赤頭巾。

その横顔に、ジルが耳打ちする。


「赤頭巾、あの子どもに見覚えがあるのか?」


赤頭巾は、器用に片眉をあげてジルを見た後、肩をすくめた。


「いや?さっき随分熱烈な視線で見られたもんだから、どこかで会ったかなと思っただけさ。まあ、子どもの顔なんて、年齢で随分変わるものだけど……見れば、思い出すはずだしね」


では、会ったことがあると感じたのは自分だけだろうかと、ジルは再び記憶を探ってみたが、どれもピンとはこなかった。


花十字架を常備しているということは、もちろんギルシアで会ったのだろうが、教会に出向いたことなんて、前ブルノー当主が死んだときくらいしか思い浮かばない。

キオの派遣を請うときでさえ、手紙で済ませたのだから。


ややあって、溜息交じりに赤頭巾が殺人鬼たちを見回した。


「……面倒になったら置いていく。厄介になったら殺す。それでいいなら、連れて行こう」


心が広くなったのはお前もだろう、とジルは思ったが、声には出さなかった。


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