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第2楽章 残酷領主の息子

見れば見るほど似ている。


癖のある茶色い髪に、(とび)色の目。

ちょっと尖がった鼻先と、そばかす。


自分ほど特徴のない人間は他にいないんじゃないかと思っていたが、瓜二つの顔を見ているとそうでもないかと考え直してしまう。


「本当によく似てるなぁ」


つぶやいたのは、向こうだった。


「ボクは、トルネ。君は?」


「あ、キオです。キオ・コッローディ」


「君は修道士だよね?首から十字架下げてるし……でも、なんていうか、ずいぶん汚い格好してるんだなぁ」


「ボランティアの帰りなものですから……あ、あの名前をうかがって、まさかと思ったんですけど……ひょっとして領主様の?」


「あぁ、うん、ボクは、カリギュラの息子だよ」


やっぱり。

このフランチャコルタを治めるカリギュラ領主の息子、トルネ・カリギュラ。

巷でひそかに「残酷領主」と異名を持つカリギュラが、溺愛する一粒種だ。



「でも、もう領主の息子っていう肩書き付きの生活には、うんざりしてるんだ。どこに行くにも何をするにも、お供がアリの行列みたいにくっついてくる。一度自由に暮らしてみたいと思ってたんだよ」


気だるげにトルネが、髪をかきあげる。


「はぁ、そうですか」


「君――キオだっけ?今日だけ、ボクの代わりにトルネ・カリギュラとして生活してもらえないかな?」


どうやらそれを目的に、キオの後を追ってきたらしい。


「ち、ちょっと待ってくださいよ。つまり、立場を入れ替われって言ってるんですか?」


そりゃ、入れ替わっても分かりっこないくらい似ているが、口調や声は別人だ。落ち着きを失くすキオを、トルネは鼻で笑った。


「大丈夫だって。バレやしないよ。カリギュラは夜までいないし、使用人たちは偽者だって分かったとしても黙っているさ」


「どうしてですか?」


「カリギュラが怖いからだよ。父は、気に入らない人間の首をすぐ刎ねる。自分たちが目を話した隙に、ボクが偽者とすり替わっていとして、どうして父にそんな不始末を報告できる?だから、黙っているはずだよ」


カリギュラの「残酷領主」というあだ名は、ここからきている。


フランチャコルタは活気あふれる豊かな地域だが、領主の異常性は誰もが認めている。


しかし、それでもここが廃れないのは、カリギュラに領主としての才覚が十二分にあるからだろう。住民の誰もが、あの残忍さと復讐欲さえなければと残念がる。使用人の不注意で、連れ合いに死なれてからああなったとか、病に倒れて以来脳をやられたのだとか、様々な憶測が飛び交っているが真相は分からない。



どちらにせよ、キオには関わりたくない話だ。おたおたしつつも断ろうとするキオに、トルネは高圧的にたたみかける。


「君に困ることなんて、なにもないよ。偽者とはいえ領主の息子になれるんだよ?一回くらい、体験してみたいだろ?」


「で、でも」


「ちょっと服を交換して、今日だけお互いの立場を楽しめばいいじゃないか」


「困りますよ、待ってる連れがいますし……」


「そんなの放っておけよ。君さぁ、頭悪いんじゃないの?」


トルネは、あきらかな嘲笑の表情を浮かべた。


「ボクは領主の息子なのに、こんなに頼んでも、お願いをきいてもらえないってわけ?」


キオの顔が青くなる。


カリギュラ領主は、一人息子の言うことに非常に甘い。街で会った修道士が気に入らなかった、なんてことでも聞き入れて、おおごとにしてしまうんじゃないだろうか。


「……すいません、あんまりありがたい申し出だったので、動揺しちゃって……。今日だけ、ですよね?」


「当たり前じゃん。ボクだって、いつまでも修道士でいたいわけじゃないし」


キオは、しぶしぶ十字架の首飾りを外した。


「……じゃあ、今日だけ」






広場のあちこちで松明が灯されている頃、アイリーンたちは汽車に揺られていた。


「どこ行ったんだろうねぇ、キオ」


リジーが、露店で買ったキノコとチーズのクレープを齧りつつ、つぶやく。


夕闇が濃くなってきた頃、カフェに集合した彼らは首を傾げた。


キオが、いなくなってしまっていたからだ。


「ひょっとして迷子かなぁ。キオ抜けてるから」


実際には、リジーたちのほうが迷子だったのだが、それは分かってないようだ。


「そんなに気にしなくても、案外この汽車に乗ってるかもしれないよ!」


ディーンにつられて見たコンパートメントの外を、すばらしいタイミングで一人の少年が駆けていく。


やぼったい修道服に、茶色い頭。


「キオ!」


ディーンが、我先にと駆け寄る。


なぜか逃げるキオ。


結局、グランが、少年をつまみ上げて捕まえた。


「気安いぞ、手を離せよ!」


キオそっくりの修道士の少年は、グランに吊り下げられたままジタバタもがいた。


ディーンが、顔を覗き込む。顔は間違いなくキオだ。だが、いつもぶら下げてる十字架を付けてないし、どことなくキオと違う。口元や目のあたりが大人びて見える。


「……アンタ誰?」


「それは、こっちのセリフだ!ボクはトルネ・カリギュラだぞ!無礼者!」


「キオ ジャナイ ソイツ ニセモノ」


ペーズリーが、うさぎのお面の下でトルネを睨み付ける。


「おい!なんでキオの格好してるんだよ、チョココロネなんとか!」


「ネしか合ってないだろ!」


ぎゃあぎゃあと騒ぐトルネに、グランがそっと皮袋をかぶせる。


「……とりあえず、持って帰って、お話だけでも聞きましょうね」


アイリーンが、念入りに皮袋の口を縛り、それをグランが抱える。


中で、まだ少年が騒いでいたが、コンパートメントに戻った猟奇殺人鬼たちは気にもしなかった。ルベルコンティが近づいてきたのか、汽笛が耳を打つ。






みんな、迷子にならずに帰れたかなぁ。


キオは、天幕の張られた小高い一角から、松明を見ていた。


服を交換した後、トルネに扮したキオが広場近くの天幕に戻ると、使用人が血相かえて寄ってきた。


「どこに行ってらしたんですか!?パレードを見に行ってくるって出たきり、お戻りにならないので心配してたんですよ!」


使用人の女性に、靴の泥を払われながら、キオは申し訳ない思いでいっぱいだ。


「え、えーと……すいませ……い、いや、すまないな!」


胸をそらし偉そうに言ってみるものの、まったく似合っていない自覚がある。ああだこうだと世話を焼かれ、露店全ての出展商品が、周りに並べられる。嫌な気はしないものの、こういう扱いに慣れていないキオは、居心地が悪かった。


さて、祭りも佳境に入る頃、あちこちに立っていた松明に火が入れられた。


明かりの入った露店を、ホットワイン片手に巡る恋人。酒も入ってほろ酔い気分になった男たちは、各々ホームバーを求め散っていく。集団客は、連れ立って運河の方向に流れていった。夜は花火を打ち上げるから、それを見に行くのだろう。


キオは、落ち着かなげに、何度目か広場を見渡した。


「遅い……」


約束の時間になっても、トルネが現れない。


松明が灯される時間になれば、天幕に帰ってくると言っていたのに。


「何やってるのかなぁ……カリギュラ様が、帰ってきちゃうよ」


今日は、隣国に赴いているカリギュラも、明日の祭りに出席するはずだ。3日間連続の聖人祭のラストを飾るのは、カリギュラ本人の誕生パーティーなのだから。

憂鬱な表情で、天幕に戻ったキオの耳に、野太い声が響いた。


「トルネ!トルネは、どこだい!」


天幕のあちこちに跳ね返る、男の呼びかけ。

領主が、帰ってきてしまった。

キオは、サラサラとした着慣れない服のすそを掴んだ。


だましとおせるとは思えないが、時間稼ぎくらいはできるだろうか。


明るい松明を背景に、太った巨漢が浮かび上がる。

キオは、できるだけ自然に見えるよう微笑んだ。


「可愛いトルネや。いい子にしてたかね?」


丸い顔にある小さな目が、これ以上ないほど細められ、キオを愛しそうに見つめている。


「カ、カリギュラさ……じゃなくて、えぇと……」


言い終える前に、頭をもげそうな勢いでなでられ、思いきり抱きしめられ、キオは息が詰まりそうになった。カリギュラの巨体相手では、ほとんどヘッドロックをかけられているようなものだし、指輪やら腕輪やらが食い込んで非常に痛い。


「え、と……お、おかえりなさい……」


カリギュラは、身体を離すと、嬉しそうに頷いた。


どうやら、まだ気づかれてはいないらしい。


キオが、胸を撫で下ろしていると、召使たちがカリギュラの世話をしにやってきた。見覚えがある面々――天幕でキオの世話を焼いてくれた使用人たちだ。


「やれやれ……お前たち、またトルネから目を離したようだな?」


言うなり、カリギュラは使用人の女性を張り倒した。


「役立たずどもが!目障りだ!」


猛獣のように吼えると、領主はゆっくり振り向く。

カリギュラの豹変を目の当たりにし、声を失くすキオに、ゆっくり視線が戻ってきた。


「さて、さて、さて」


カリギュラが、にこやかな表情で歩み寄る。

ほとんど鼻が触れ合うほど、近づいた瞬間、はりついていた笑顔が「残酷領主」のそれになった。歯の隙間から、腹に響く声が漏れ出でる。


「トルネの格好をした貴様は、一体誰なんだ?」



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