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第6楽章 猟奇殺人鬼の交響曲

なんでこうなっちゃうんだろう……


キオは、青褪めた顔のまま、床に這いつくばっていた。


突然ジョルヴァンナイトに現れた集団は、日に焼けた肌に黒い瞳。

南ウェンベル大陸の亜麻色人種に違いなかった。

彼らが正規の乗客でないと分かったのは、バー車両に入ってくるなり発砲し、ワイングラスを粉々にしたからだ。


テラスにいたキオたちは、さて寒くなってきたしそろそろ中へ、と思っているところだった。

その次の瞬間には、ガラスの割れる音と共に怒声が聞こえ、更にその次の瞬間には、車内から出てきた男たちによってバー車両の隅に押し込められたのである。

文章にすれば2行、時間にして数分。実に分かりやすい襲撃図だった。


そして、今に至る。


あまりの展開の早さに、まだ自分の置かれた状況が飲み込めないキオは、彼らに命令されるまま、うつぶせになっている。

襲撃集団は、どうやら乗客全員を前方車両に集めているらしい。

なんのためにか、そもそもどうしてこんな事態に巻き込まれているのか、意味が分からない。

耳に薄い膜でも張っているように音が遠くから聞こえ、なんだか映画のワンシーンを見ている気分だ。


「ちょっと……だいじょーぶ?」


隣で寝そべっている(ふうにしか見えない)アイリーンが、心配そうにキオに触れる。


まぁ、いきなりこんなことになってしまったわけだから、混乱するのは当然だろうけど……猟奇殺人鬼を6人も飼いならしてるくせに、今更なにを怖がっているんだか、とアイリーンにしてみれば思ってしまう。


「あ、す、すいません……そうですよね、僕ばっかり不安がってもしょうがないですよね」


キオが、じっとアイリーンを見つめる。

その視線が、かよわいお姫様を守る騎士よろしくな決意いっぱいで、アイリーンは居心地悪く苦笑いした。

自分の近くに守らねばならない乙女がいることを思い出して、少し落ち着いてきたのか、キオはこっそり周囲を見渡した。


「あの人たち、なんて言ってるんでしょうね……」


少し先にいる男たちは、シンフォニア語を、もっと柔らかく発音したような、ラッセ・シンフォニア語を話している。キオには耳慣れない音で、いまいち聞き取れない。


「あー、貨物車両の連結を外す相談みたいね」


アイリーンが、めんどくさそうに答える。


「アイリーン、分かるんですか」


「ちょっとだけね」


列車内に連れてこられてから、アイリーンの顔は苦い薬でも飲まされたようなしかめっ面である。

怖がっているというよりは、怒っているような表情だ。


「……どうかしたんですか?」


アイリーンは、なんとも答えない。

どこからか泣いている子供の声が聞こえ、キオは暗い気持ちで俯いた。


「一体なんでこんなこと……」


「理由はなんであれ、ただの強盗でしょ。貨物車を切り離すってことは、貨物目当てに決まってる。でも、頭は悪いわね。どうせなら王族でも乗ってるときに襲えばいいのに」


アイリーンは、だるそうに自分の爪を見ている。


「貨物を持ってくだけで、引き上げてくれると思いますか……?」


乗客に危害を加えないならいいが、通路を行ったり来たりする盗賊一味は、どう友好的に見ても荷物を奪うだけで満足してくれそうにない態度をとっている。

そもそも貨物を持っていくだけなら、こんなに大勢で乗り込んでくる必要がないだろう。


「さぁ、どうだか?向こうは、北ウェンベルから来た人間なんて家畜以下に思ってるから、なにをするか分からないわね」


「でも、じゃあ、どうすれば」


「おい」


背後から聞こえた低い声に、キオは身体を強張らせた。

振り返る前に、視界が揺れ、目の前の床にしたたか額を打ち付ける。

突然の衝撃に身体が驚いて、熱い眼球の裏側で、鈍い黒と霞色のスクリーンが素早く交互に映し出された。

ぬるい吐き気が込み上げてくるのを、キオは必死で食い止める。


「キオ!」


だいじょうぶ、だと伝えたかったが、かすれた吐息が漏れるのみ。

男がなにか早口でまくしたてているが、意味はほとんど入ってこない。

滑らかな絨毯の上に、男の靴から落ちた泥と、黒い雫が点々と落ちているのが見えるだけだ。

遅れてやってきた痛みにうめくキオの耳に、若い女性の声が届く。


アイリーンにだいじょうぶだって言わないと。

アイリーンの悲鳴が聞こえたような気がして、キオは唇を噛み締めた。


「もーダメ」


一瞬遠のきかけた意識が、アイリーンのだるそうな声で瞬時に戻る。


……はい?


しゃがみこんだまま、いまいちきちんと回らない頭で繰り返す。

ダメって、なにが?ていうか、さっきから、なんでそんなに面倒くさそうなんですか?


「もー我慢できない」


痛む頭を押さえ、そっと見回すと、目の前に男がひとり倒れていた。

肩から下がる銃を構えた様子もなく、床に沈みこんでいる。

ひょっとしてさっきの悲鳴は、この男だったんだろうか。


「もう、本当に、うんざりだわ」


一言一言を区切るように唸ったアイリーンは、壁に彫られた車内地図を見て、さっさと行動に移った。

ポカンとしているキオを残し、各車両間に配置された車掌室に向かう。

無人の車掌室に乗り込んだアイリーンは、大体の見当で片っ端からスイッチを入れ、先ほどまで食堂車に音楽を流していたマイクの設定を、車内用アナウンスに切り替えた。


「時代遅れな無秩序主義の自慰歌劇なんて、聞き飽きてるのよコッチは」


ニッコリというより、ニヤリという言葉が似合いそうな笑い方で、アイリーンはスズランの茎のような持ち手がある小さなマイクロフォンを握る。


「三流と一流の違いを見せてあげなくちゃね」






スピーカーからかすかな雑音が聞こえた気がし、盗賊のひとりが顔を上げた。

やがて流れたのは、ゆったりとした田園風景を歌うクラシック。

ついで、見知らぬ女の声が、大音量で響き渡る。




『ジョルヴァンナイトの乗り心地はいかが?××野郎ども』




慌しく連絡を取り合った盗賊連中が、車掌室に向かうのを見て、商人のマラカイトは、おそるおそる腕の隙間から顔を出した。


『ご存知の通り、この列車は、ただいま絶賛占拠され中です』


アナウンスは、まだ続いているようだ。

声を聞く限り女のようだが……いや、そんな命知らずな女はいまい、と首を振る。

どういう意図があってこんなパフォーマンスをしているのか知らないが、盗賊を刺激しすぎてコッチに飛び火するのだけは御免だ。早いとこ止めるなりなんなりしてほしい。

そんなことを考えていると、近くにいた青年のひとりが、なんの警戒心もなくいきなり立ち上がった。


「お、おい、勝手に立っちゃ危ないぞ」


「オイラはだいじょーぶ」


棒つきキャンディーをくわえた青年は、床に落ちていた帽子を手で払い、被りなおした。


「だ、だいじょうぶったって……そんなボケーッと立ってたら撃たれちまうだろ」


「平気だよ。オイラ、撃たれるの慣れてるから」


なんだ、こいつ……頭がおかしいのか。

マラカイトは面倒ごとに巻き込まれるのはこりごりだと、首を振った。


「そうか、そうか、アンタはすごいんだな……じゃあ、この状況をなんとかしてくれよ。あの悪者をやっつけて、おれを助けてくれよ」


青年は、陽気に笑った。


「いいよ!おじさんを助けたら、ゼンコウ増えるから、きっとキオもみんなも喜ぶよ!」


ゼンコウが増える?みんな?だれのことだ?

マラカイトは、再び首を振って、諦めたように床に顎をつけた。




『このくだらない道化芝居に、客演してさしあげるわ』




「一体、なんの放送かしら……?」


貴婦人カーネリアンは、すっかり怯えきって隣の男にすがり付いた。

彼女の栗色の髪が乱れ、白く細い首筋にふんわりかぶさっている。

男は、その後れ毛を彼女の耳に丁寧にかけなおしてやり、かすかに微笑んだ。


「あれはうちの歌姫ですよ、カーネリアン。気位が高いうえに、怒りっぽくてね。この低級な笑劇を観覧するのが、ついに我慢ならなくなったようだ」


貴婦人は不安そうに、男の横顔を見つめた。


「歌姫……?一体どういうことなの?」


ジョルヴァンナイトの同乗者だという、この金髪の男性とは何日か前に出会った。

端整な顔立ち、身なりもよく、話題も豊富で、ちょっと謎めいたところが旅の恋愛相手にふさわしい。

だから名前さえ聞いていない。

どこかの貿易商か、あるいはお忍びの上流階級者か程度に考えていたのだが、旅芸人でもやっているのだろうか。


「ご心配なく、貴婦人ジューリエ。ただのプログラム変更ですよ」


男は、カーネリアンの手の甲に口付ける。

その平穏なベッドの中を思わせる仕草。

先ほどまで肌を合わせていた男のことが、貴婦人は急に恐ろしくなった。




『グルー・ノワレ派カラードの皆様には、ご退場願えるかしら』




貨物室で、少女が満足げに頷いた。


「なかなかいいプレリュードだ」


貨物車に設置された乗務員専用の案内放送からは、愉快なアナウンスが流れていて、少女はすっかりご機嫌である。

缶詰を積み上げて遊んでいた大男も、じっとアナウンスに聞き入っている。


「宗教の分裂、セクタールの黒い戦争、武装主義、無政府論者、生まれてきた意味、背負う使命」


様々な政治的・社会的な問題を、つまらない、の一言で切り捨てる。


「ありがちで、単調。盛り上がっているのは主演だけ。戯曲のつもりならもっとドラマチックに書き直したほうがいいし、音楽なら流麗さに欠ける駄作だね。演者も悪ければ、シナリオも退屈」


少女は、少女らしからぬ笑みを浮かべ、足元のトランクを蹴り開けた。


「現実なら、なおさら悪いね」




『次の演目は』




車掌室のドアを、蹴り開ける。

白い髪の女が、妖艶に微笑んだ。




『猟奇殺人鬼の交響曲』




皆様、盛大な拍手を。



なんか、もう……更新不定期すぎてすみません。

ここからは、愉快な仲間たちの混戦具合をお楽しみください!

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