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第6楽章 ジョルヴァンナイトの喜劇2番

コンパートメントは、ただの逃亡生活にはもったいないような品のいい小部屋になっている。


黒山羊ブランドのソファや、北楼の毛織ラグなど、調度品もいちいち趣味のいいものが揃えられ、正直ベリードロップのアパートメントよりよほど高級だ。


さすがジョルヴァンナイト急行。2等客車でも、こんなに手入れが行き届いている。


こんな豪華な乗り物が、すぐ近くを走っていたのだ。もう何十年も前から。

アイリーンは、窓辺にある長椅子に腰掛けたまま、ひとりごちた。


故郷にいる頃は、そんなこと考えてもみなかった。

乗り物といえば、父親の持つトラックで、しかもそれは自分を乗せるものではなく、市場に売りに行く果物や動物の皮を運ぶための乗り物。

自分は、果物が潰れないように、箱を支えたり、羊毛を見張ったりする役回り。

クッションのついた座席に座ったことなど結局一度もなかった。


「あれ……キオは?」

間の抜けた声に振り返ると、クッションをかきわけ、ディーンがもそもそ起き上がっているところだった。

「アイリーン、キオは、どっか行っちゃったの?」

「知らない」

アイリーンの切って捨てるような言い方に、ディーンはちょっと鼻白んだ。彼女は、窓の外に目を向けたまま、こちらを見もしないのだ。

「ねぇ、ジル……キオは?」

ソファから下り、ジルの足元にやってきたディーンは遠慮がちに囁く。

「えーと、下着を買いに行った」

他にどう言えばいいのかわからず、そのまま伝える。

「どーして?」

「どうしてだっていいじゃない」

横からアイリーンにピシャリと言い放たれ、ディーンはこそこそソファへ戻り、毛布に潜り込んだ。

キオがいたときの態度とあまりに違うので、ペーズリーが興味深げにアイリーンを眺めている。

聖典を流し読みしていたジルは、これ見よがしに溜息をついた。

「アイリーン、イライラするのは勝手だが、こっちにあたらないでくれ」

「あたる?あたるってなにがよ?」

アイリーンは憮然とした表情で、再び苛立たしげに足を組みかえる。

角度からたまたま見えた(と、ジル本人は主張する)が、アイリーンはちゃんと下着をつけていた。

「そっちこそ、なんのつもりなの?そんなもの読んで」

聖典に憎々しげな視線。

今日のアイリーン・ネルソンは、よほど虫の居所が悪いらしい。

ジルは早々に白旗を揚げ、沈黙を守ることにした。

アイリーンは、軽く舌打ちすると勢い良く腰を上げた。

「ドコ イクノ?」

唐突に立ち上がったアイリーンを見て、ペーズリーが直角に首をかしげる。

「気分が悪いから、ちょっと休むわ」

そう言って怒れる女王様は、困惑する面々を差し置いて、ベッドルームに去っていった。


「……アイリーン、怒ってたね」

アイリーンの出て行ったドアをそっと見ながら、恐る恐るディーンが呟く。

「そうだな。まぁ、女性というものは、自分でもよく分からない理由で怒るものだ」

そこが可愛い、とジルは言う。

ディーンは「ふーん」とあいまいな返事をした。よく分からなかったからだ。


ジルは、時々ディーンに分からないことを言う。アイリーンやリジーも。

ペーズリーやグランの言葉はなんとなく分かるのだけれど。


ジルは再び聖典に目を落とした。

窓際のペーズリーも女王様に興味がなくなったのか、パズルを組み始めている。

ディーンはクッションに頭を乗せたまま、さっきの自分の言葉を反芻した。

自分が、なにかアイリーンを怒らせる原因になることを言ったのかどうか、確認するためだ。

でも、分からなかった。


だって、オイラはキオの居場所を聞いただけだもの。

それがよくなかったのかな。ジルならアイリーンがなんで怒ったか分かるのかな。


ディーンは、ゆるく半円を描くように配置されたソファセットの左端を、ちらりと窺った。

ジルは、2人掛けソファにだらしなく座って、つまらなさそうに聖典をめくっている。

汽車に乗るときに、キオが「あんまり目立つことはしないでくださいね!」と言いつけたから、部屋でおとなしくしているのだろう。


以前ジルと2人だけで話したのは、多分あのとき以来だ、とディーンは思った。

キオがなんとかいう女の子と一緒にどこかへ行っちゃって、ケンペイ隊のところまで、それを追いかけたときだ。

もちろん、それ以前にも話をしたことはあった、と思う。例えば、キッチンで行き交ったときとか、ごはんを食べるときとかに。

でも、ディーンは、ほとんど覚えていない。もっと言うと、ジルだけでなく、アイリーンやリジーと話したことも、会話らしい会話をしたことがあったかどうかさえ、ディーンにとっては曖昧だった。


「ねぇねぇ」

ジルからもペーズリーからも返事はない。

ディーンは、独り言にも聞こえるように、ちょっと声を落とした。

「……女の人って、チョコレートとか好きかな」

「なんで」

聞いていてくれたらしいジルが、どうでもよさそうに尋ねる。

「アイリーン、気分が悪いって言ってたから、持ってってあげようかと思って」

そこで、ジルがこっちを見たので、ようやく視線があった。

「いいんじゃないか?」

ちょっと嬉しくなる。

「いいかな」

「ああ。だけど、あの歯にやたらくっついてくるのは、ちょっとどうかと思うがな」

あれ?ジルにあげたことあったっけ?

「キャラメルチョコバーのこと?オイラは好きなんだけどなぁ」

「プレゼントのつもりなら、もっとちゃんとしたものにしないと」

ちゃんとしたもの、ディーンはオウム返しに問いかける。

「だから、箱に入ったチョコレートとか」

ディーンは跳ね起きると、手を打った。

「分かった、あのキレイなやつか。貝殻の形した赤い紙でくるんだチョコレートか」

ジルは、それに答えず、また聖典を眺めている。

さっきから同じページばかり読んで、なにが面白いんだろう。

「ねーねー」

いつになく気安い様子に、ジルが驚き半分迷惑半分の表情でディーンを見る。

「今度はなんだ」

「ジル、チャック開いてる」

「え」

「うそだよ」

ジルは、しょうもないこというな、と聖典で軽くディーンをこづく真似をした。

「チョコレート ドコ?」

いつのまにかペーズリーが、ソファの肘掛部分にしがみついている。

「今はないよ。これから買いに行くけど。ペーズリーも行く?」

ペーズリーはパズルの一片を持ったまま、軽く身体を揺すった。

「ピンクノ ホシイ ピンクノ マルイノ」

「ピンクの丸いチョコレートかぁ」


客室乗務員のワゴンには、たくさんのお菓子や飲み物があったし、車両まるまる1両分はあった売店に行けば、ペーズリーの言うチョコレートも、アイリーンへのプレゼントも見つかるし、キオもいるかもしれない。

ペーズリーは無言のまま、期待の眼差し(仮面を被っているため予想)で、ディーンを見つめている。

「じゃあ、一緒に買いに行く?」

ペーズリーが大きく頷いた。



コロコロ様

まだ不定期更新なので、ペースが安定するまではコッソリ頑張ろうと思っています(笑)

メッセージありがとうございました!


せな様

ありがたいお言葉を頂けて、とても嬉しいです!嬉しすぎて吐きそうです!

メッセージありがとうございました!


AS様

貴重な時間を私の小説なんかに使ってくださり、大変光栄です!

メッセージありがとうございました!



ブログ関係で頂いたメッセージも、ありがとうございます。

こんなだらしのない人間ですが、新機能にうろたえつつ頑張りますので、これからもよろしくお願い致します!


※改行を試行錯誤中です。「読みにくい」「改行を増やしてほしい」など、ご要望がございましたら、気軽にご連絡ください。


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