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第6楽章 ジョルヴァンナイトの喜劇

車窓から差し込む日差しが、南に進んでいるからか随分肌に暖かくなってきている。


ディトラマルツェンを立って、約半月。

キオと猟奇殺人鬼一行は、ジョルヴァンナイト急行で、国境線を越え、ラヌブイエをわたっているところだった。


キオは、ちょうど使い切った『猟奇殺人鬼改心&善行記録ノート』を見直している。


何月何日にグランが捨て猫を拾ってきたとか(飼ってくれそうな人を探した)、ペーズリーが家電ゴミを拾ってきたとか(もったいないけれど、大型ゴミ回収シールが貼ってあったので戻させた)、ジルが女の子を拾ってきたとか(もったいない以前の問題、善行ですらない)、そんなことがキチンと記されている。


正直、猟奇殺人鬼たちを陰で見まもりながら、いちいち善行をチェックしているキオはひどく怪しいのだが、キオをチェックする人間はいないため、それは彼自身には分かっていない。


1ページ1ページに、キオの几帳面な字が、びっしりと書き込まれている。


ノートの最初を飾っているのは、青の女神の啓示だ。

『猟奇殺人鬼をよい方向に導け』という、やや投げやりなアレである。


キオ個人としては、とてもよい方向に進んでいるように思う。


みんなキオの監督のもとキチンとした生活を送っているし、少々のことでは殺しあわなくなっている。

事実、今の彼らは、理性的で常識的で、ほとんどまともな人間にしか見えない。


それに合わせ、キオ自身も、人見知りをする部分であるとか、自分に自信がないところだとかが、以前より改善されているように思う。


青の女神様のお告げは、案外猟奇殺人鬼たちだけでなく、僕自身にとってもよい方向を指し示しているのかもしれない。

女神様がそこまで考えているかどうかは、定かではないが。


「にゃーん」


ジグソーパズルで遊び終わったペーズリーが、もう一度くずせとキオをつつく。

ペーズリーは、同じパズルを何度も作るのが好きなのだ。


「うん?もっかい作るの?」


脇腹にすりよってくるペーズリーをよしよしなでつつ、パズルをくずす。


ふと見ると、騒ぎ通しだったディーンは、傍らのソファですっかり眠り込んでいた。

窓の隙間から入る風に、帽子の羽飾りが揺れる。

ところどころ柔らかい毛が抜け落ちて、白くて大きな羽はわずかに黒ずんでいる。



これまでの旅で最大の変化は、ディーンの心境だろう。


ディトラマルツェンでの騒動のあと、ディーンは「自分はここに残ったほうがいいんじゃないか」と言い出したのだ。


あのアパートの管理人さんは親切だったし、なんといってもディトラマルツェンはディーンの故郷なわけだし、彼はその国の犯罪者だ。

ディーンは世界的に有名だが、他国の犯罪者の引渡しを条約締結していない国もあるから、本来はディトラマルツェンで逮捕されることが望ましい。

それに、ディーンとしてはヘレンさんたちを放っておくようで、気が引けるのだろう。


キオには、啓示のその部分がよく分からない。

つまり、「よい方向」に導いた後はどうすればいいのかということだ。

あの啓示は、自分にも彼らにも素晴らしいものだけれど、なんというか……大雑把(おおざっぱ)すぎる。


猟奇殺人鬼たちをそれぞれの国で反省させるのが目的なら、ディーンは置いていくほうがいいのだが……一応キオは、「よい方向」というのを意識改善のことだと定義している。

だって、せっかくよい方向に導いても、結局逮捕なんてあんまりだ。


キオは「ディーンがしたいようにすればいいけれど、呪いが解けたかどうかは分からないから、出来れば旅に同行したほうがいいのでは」

とだけ伝えた。


多分……多分、僕が間違っていたり、本当に行動を起こさなくちゃいけない時になれば、女神様がまたなにかしらの方法で知らせてくれるんじゃないかな。


自分では、そう納得している。


ディーンも、まだ迷っていたようだから、それに従った。

むしろ、キオに付いてきていいと言われて、ホッとしているようにも見えたくらいだ。


キオとしては、複雑だった。

あの答えには、自分の個人的な思いが入ってなかっただろうか。

ディーンを置いていきたくない、まだ一緒にいたいという思いが、あの中途半端な答えにあった気がして非常にもやもやする。


「キオ?」


顔を上げると、アイリーンが、パズルを持ったままのキオをじっと見つめていた。


「考えごと?」


向かいに座った彼女は、悪戯っぽい視線をくれつつ、大きく足を組んだ。

太股まであらわになったワンピース(というには、布が少ない気もする)が、さらにめくれあがって、キオは慌てて顔をそむける。


「ちょっとアイリーンさん!ま、ま、まるみえじゃないですか、もう!」


「なにが?」


アイリーンが、不思議そうに首をかしげる。


「な、なにがって、し、下着とか、その」


「下着?アタシ履いてないのに?」


「文化人!!文化人としての尊厳は!?」


よかったギリギリ見てなくて!グッジョブ自分!


赤面しているキオを、アイリーンは面白そうに眺めている。


「だって、爽やかな風が股間を吹き抜けて、とっても気持ちいいのよ?」


さらに顔を紅潮させ、なおも言い募ろうとするキオに、まぁまぁとジルが声をかえる。


「キオ、なにもそんなにムキになることないだろう」


「だ、だって下着は、現代人として最低限身に着けるものでしょうよ」


「……へぇ、そうなのか」


「……ジル、まさか」


「だって、爽やかな風が股間を」


「アンタもかあああぁぁ!!」




ジョルヴァンナイト急行は、グランド・ナイト・ホテルズが運営している世界最長を誇る寝台列車である。

世界各国で走るナイト系列車の最高峰であり、もっとも古い時代からある鉄道ともいわれている。


運行を開始した30年前は、中流階級家庭の平均給料2月分が、一等客車3日間と同じ価格だったというほどの高級観光列車だった。

しかし、大陸をほぼ横断するほどの長距離を走る初期ジョルヴァンナイト急行は、南大陸の情勢不安定や、新しい鉄道会社の参戦もあり、一時はごく短い国内運行しか行っていなかったそうだ。


その後、経営者が交代してからは、高名な芸術家のデザインに一新され、価格改定も庶民が使いやすい程度に落ち着いている。

そうはいっても、汽車自体がまだまだ高級な乗り物には間違いないのだが。




今、キオはその高級列車内の売店へ向かって、憤然と歩いているところだった。

もちろん、パンツを購入するためだ。


理性を身につけた人間が最初に身に着けたのがパンツなのに、なんで7人メンバー中2人も履いてないんだろう!そういえば、ペーズリーもグランも僕が用意するまでは、服に無頓着で、下着もはいたり、はかなかったりだったなぁ……猟奇殺人鬼は、ノーパンが常識なのかな。


いや、リジーだってなんやかんやで一応お年頃だし、ディーンだってあのヒラヒラした衣装でパンツ履いてなかったら、そりゃ町の人も追い出したくなる……

って、なにを考えてるんだ僕は!


思わず、ガバッと通路にうずくまってしまうキオである。


「とりあえず!パンツを!買おう!!」


周りの乗客が一瞬ビクッとしたが、キオはかまわずズンズン進んでいった。






華月様、メッセージありがとうございました!

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