第5楽章 嘘吐き少年と修道士と笛吹き男
「というわけなんだよ」
キオの朗らかな声に、ピエトは微妙な視線で答えた。
「…………え、ゴメン……なにが、『というわけ』?」
腑に落ちないピエトは、改めてキオに説明を求める。
キオは軽く頷き、先程と同じセリフを心持ちゆっくり繰り返した。
「いや、だからね。森の中を歩いていたら、笛吹き男さんに出会ってね」
もうそこからおかしいじゃん!何その『森のくまさん』的な出会い方!!
「ちょっとだけ刺されそうになったけど」
え、意味分かんない!なんで、そこサラッと流すの!?
「最終的には、ピエトのお父さんを、一緒に探そうってことになったの」
どういうことぉぉおおおぉぉぉおお!?
重要な部分を大幅に省略された説明は、ピエトを存分に混乱させた。
「全然意味分かんない!」
「え、どこが分からなかった?」
「全部だよ!なにもかもだよ!本気で不思議そうな顔しないでよ!」
しかし、キオはぬるい笑顔で宥めるばかり。
「まぁ、ようするに、笛吹き男さんも、お父さん探しを手伝ってくれるってことだから」
「そ、そっか……もう、それで押し通すんだね」
あまり深く突っ込んではいけないことだと、子供ながらに理解したピエト。
登場の衝撃も落ち着いたところで、ピエトはようやく本来の目的を思い出した。
時計がないから分からないが――あったとしても、ピエトにはよめないのだが――もう、とうに子供はベッドに入らなくてはならない時間。
いくらチョークレトラの森がそれほど広くはないといっても、そんな時刻に、どこにいるか検討もつかない人間を探すのは至難の業だ。
おれ一人じゃあ、絶対無理だけど……
ピエトは恐る恐るながら、期待を込めた眼差しで、笛吹き男を盗み見た。
人にあらざる能力を駆使し、伝説にまでなった彼なら。
「父さんを探しに行くなら、おれもつれてってよ!」
笛吹き男が、冷ややかにピエトを見下ろす。
その鮮やかな金眼に射抜かれ、思わず立ち竦むピエト。
キオとの会話ですっかり忘れていたけれど、笛吹き男は人さらいなんだった……それも子供専門の。
鉄のこすれるような音に目を転じれば、笛吹き男の鉤爪が月光に輝く。
「う、や、やっぱり」
やめときます、そう言う前にキオの明るい声。
「そっか、じゃあ、つれてってあげてね」
笛吹き男とピエトは、ぎしりと音を立てそうな様子で固まった。
ややあって、笛吹き男が控えめに口を出す。
「……え、でも」
「ピエトがいないと、エルトベーアさんが誰か分からないし」
「だけど」
「つれてってあげてね」
先ほどの変わらぬ満面の笑みで、キオがぴしゃりと言い放つ。
劣勢となった笛吹き男は、子犬のように従順な様子で、「……はい」と呟いた。
修道士と、その尻に敷かれている笛吹き男に、ピエトは再び混乱のループに陥った。
その勢力図はどう見ても、先ほど出会ったばかりのようには見えず、物語にも笛吹き男の苦手なものが修道士だなんて記述は一行もない。
ろくに反論もできず、なんとなく言い負かされた形になった笛吹き男は、体育座りをして、少しいじけていた。鉤爪が、ぐるぐると地面に模様を描いている。
「ねぇ、キオは、笛吹き男と知り合いなの……?」
キオの修道服を引っ張りつつ、耳打ちする。
「え―――――と」
キオは、腕を組み、直角に首を曲げた。
「う―――――んと」
その背後に座り込んだ笛吹き男が、少し緊張していたのは、ピエトには知る由もないこと。しばらく思案していたキオは、ちょうどよい言葉を思いついたのか、ふっと笑顔になった。
「……そうだね、家族かな」
家族!
視覚的効果でいうところの雷が、ピエトを直撃した。
何その家族!怖ッ!
「ナイショね」と、キオが微笑む。
家族ってことは、キオは笛吹き男の……弟?でも、そのわりには偉そうだし。
『おにいちゃん、今日も子供をさらってきたの?も〜そんなことしちゃダメだよ?』
『ゴメ〜ン、子供見てると、ついね』
えぇ〜……そんな兄弟はいちゃダメだろ〜……
猜疑心あふれる視線で、ふたりの背丈や見た目を見比べ、ピエトはようやくある結論に思い至った。
多分、家族っていうのはウソだ。全然似てない。
キオが外国から来たのは、笛吹き男を捜しに来たんじゃないだろうか。
それで、キオは……笛吹き男に色々と指示を出しているようだし、ひょっとして、笛吹き男の親玉ではないのだろうか。
だから、おれに「家族だ」って嘘ついてるんだ!キオ怖ッ!
ピエトの脳裏に、サングラスをかけ、黒いスーツに身を包んだキオが浮かんだ。キオは葉巻をくわえ、「10万イーストでどうだ」とかなんとか言い、悪い取引をしている。
……ない。あのキオが、笛吹き男の親玉なんて、そんなこと……。
「お父さんが見つかったら、早めに帰ってきてね」
「キオ……でも」
帰ってもいいのかと、躊躇うように、笛吹き男が視線を彷徨わせる。
キオは有無を言わさず、笛吹き男の目を至近距離で捉えた。
口元は微笑んでいるのに、目が笑っていない。
「か・え・っ・て・き・て・ね?」
「…………は、はい」
親玉だあぁあああぁあ――――!
ピエトの身体を本日2回目の電撃が走る。
絶対親玉だ!笛吹き男をパシらせてるんだもん!怖ッ!キオ怖ッ!
ピエトが、キオに対する言動をどう改めようかと悩んでいる間、親玉キオと手下の笛吹き男は、すっかり闇に沈んだ周囲を見渡していた。
「明かりがないと、もう木の陰も分からないね……どうやって探そう」
「目が見えなくても、いい鼻があるよ」
笛吹き男は、未だ木の陰に身を潜めている犬たちを振り返った。
「見つけてもらおう」
笛吹き男が、木々を縫い、飛ぶように移動すると、それに合わせて上空の星が背後に流れていく。
彼の動きは、糸で吊られた操り人形のように身軽で、とても人間業とは思えなかった。
今ピエトは舌を噛まないよう、きっちり口を閉じたまま、笛吹き男の小脇に抱えられ移動している。
風の抵抗に苦労しながら、枝を透かした足元を見ると、先ほどの犬たちが我先にと駆け、目的物を探している姿が視界に入った。
笛吹き男が、なにをどうしたのか、ピエトはよく知らない。分からないが、あの野犬たちに何か特別な方法で、父親を探すよう命令したのだということは分かっていた。
そう、多分笛だ。
童話に出ていた魔法の笛は、いろんな動物を操れるに違いない。
ピエトは、そろりと笛吹き男を見上げた。
なにか声をかけたいけれど、キオもいない今、なんといってよいか分からない。
――子供をさらって、病気の種をばらまく、怖い存在。
大人たちはそういう意味を込めて、笛吹き男の話をしたのだろう。
しかし、ピエトにとっては。
確かに怖い存在ではある。
小さいときは、その話のせいで、トイレに行けなかった思い出さえある。
それでも、ピエトにとって、笛吹き男はただ怖いだけの存在では、なかった。
それは、母親の話があったからだ。不思議なことに、言葉少なに母親の語る笛吹き男伝説は、他の大人たちが話すものとは、少し違っていた。
村の年上の子供らに、初めて笛吹き男の話を聞いた夜、1日にあったことを残らず報告していたピエトは、早速その話も母親に披露した。
すると、いつも穏やかな母親は、随分――そう、不機嫌になった。
何故なのかは分からないが、多分、母親は怒っていたのだ。
その後、ピエトは、伝わっていない「本当の話」を聞かせてもらった。
払われなかった報酬。
町長と町の人がしたこと。
それから、笛吹き男が、どんな人だったか。
もしも、お金を払っていたら、笛吹き男は、ラトゥールの町にもっと大きな恩恵をもたらしたかもしれない。
子供を一気にさらえるんだから、悪者だって追い出せるだろう。
病気をばらまけるんだから、逆に病気を一掃することも出来たかもしれない。
母親は、「本当の話」の後、そんな「もしも」の話もした。
そのせいで、ピエトの中の笛吹き男像は、他の子供たちとは別物になっていた。
母親が、笛吹き男の話をしてくれたのは、後にも先にもあのとききりだ。
その「本当の話」は、翌日にはピエトが村の子供に話して聞かせた。
そのときに付けられたのが、不本意ながら「ウソつきピエト」のあだ名である。
ウソじゃないんだぞ。
ピエトは、今更に襲ってきた興奮に、身を震わせた。
笛吹き男は、ただのおとぎ話だって?
おれは本物に会ってるんだぞ!それに、それに。
ピエトは夜風で乾いた唇を、ぎゅっと引き締めた。
やっぱり、笛吹き男は、ただの悪者じゃなかった!
どこかで、犬の遠吠えが、聞こえた。
その遠吠えに呼応するように、周囲の犬たちも激しく吼え始める。
一方向を向き、笛吹き男へ訴えるような声だ。
笛吹き男は、ひとつ高い枝に飛び乗ると、空気の匂いを嗅ぐように首を巡らせる。
「な、なにか、見つけたのかな」
ピエトの声に、笛吹き男はかすかに頷いた。
「近い」
更新が滞りがちで、本当に申し訳ございません……とりあえず、どこかの花壇に埋まってまいります。
以下メッセージ返信です!
ハエ様
メッセージありがとうございます!
見境なさすぎな宣言に、爆笑させて頂きました(笑)
どれでもお好きなのをレンタル致しますよ〜!
返信不要とのことでしたが、今後も是非うんこにたかっていってくださいませ!
ねーむれす様
メッセージありがとうございます!
リジーの「デレ」ですか……そんな波、来るんでしょうか!(笑)
「べ、別に、アンタのことなんか殺したくないんだからね!」みたいな?
あ、これはツンですかね……「ツン」でも「デレ」でも殺されそう……
出るかどうか分からないですが、リジーの「デレ」をお楽しみに!