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第5楽章 ヘレンの回想曲2番

私は、町の子供が嫌いでした。心の底から大嫌いでした。


子供だけじゃない。こんなふうに生んだ親も、見栄っ張りで騒がしいラトゥールの住人も、傲慢なモーレンコップフも、そう、スコッチでさえも。


私は、嫌いだった。


「ヘレン、目のことなんか気にすんなよ」


あのときは、確か『どこを見ているのか分からない目が怖い』とかそういうことを言われて、泣いていたのだ。そう言った相手が、人気のある男の子だったことも、私をひどく傷つけた。

まだ16歳かそこらで、自分の劣等感を受け流す術を身に着けていなくて、私は誰かが慰めてくれるのを待ちながら、随分長く泣いていた。


そういうときに、駆け付けてくれるのは、小さなスコッチ。


いつもなら、自分よりずっと年下のスコッチに甘えて泣き止んだろうに、そのときは何もかもが嫌になっていた。自分を世界一不幸な少女だと信じて疑わない、若くて、愚かで、多感的な時期だったのだ。


子供らしい慰めの言葉を、必死で繰り返すスコッチに


『スコッチはいいわよ!』


そう叫んだ気がする。それとも、強く思っただけだったのか。


『 町長の息子だから、みんな優しくしてくれるじゃない!高い補聴器さえ買えば少しは聞こえるし、きちんとしゃべれる。なにより、世界が見えるもの!でも、わたしはそうはいかない!お金もないし、なにをしたって見えるようにならない!……目が見えないのは、私のせいじゃないのに』


ヘレンは、再び息苦しさを感じて、襟元を掻き毟った。


障害が私のせいでないように、扱いの違いはスコッチのせいじゃない。そんなことにすら気付けず、私はスコッチと障害が逆だったらいいのに、とさえ思っていたのだ。


「お祭りが楽しみね」


マグマのように地中深くで沸き立つ、様々な不満を見ないようにし、19歳になったヘレンは明るく笑っている。


「聖夜祭ではね、死者に連れ去られちゃいけないからって、10歳より下の子供は、家でおとなしくしておかないとダメなのよ。だから……午前中はゆっくりできる」


ヘレンに花輪作りを教わっていたディーンは、含みのあるヘレンの言葉に首をかしげた。


「午前中だけなの?」


「礼拝が終わった午後からは、子供たちも自由に外出できるから」


言葉尻に否応なく滲む、その苦々しさ。


ディーンは、それを汲み取った。


いや、彼なら、汲み取ると分かっていたから、そんなことを言ったのだ。

私は、誰かに聞いてほしかった。だから、わざと秘密めかして、彼の前にぶら下げたのだ。

自分が悪口を言い始めたふうに、見えないように。なんて卑怯。


「……へレン、子供、いやなの?」


ディーンは、子供たちに人気があるから、理解しがたいのかもしれない。


「だって……だって、時々意地悪言われるもの」


「どんなこと?」


ヘレンは唇を尖らせたまま、何も言わない。子供が言うことのほとんどは、密かにその親が言っていること。それを改めて意識したくなかった。


隣町のない、やや閉鎖的な宿場町。噂はどこからでも湧き、どこまでも流れ、スコッチがいるにもかかわらず、根も葉もない下世話なものにまで膨れ上がる。いつも一緒にいるだけなのに、不幸な少女と流れ者の話は、口さがない連中には格好の醜聞だった。


「大したことじゃないわ」


ヘレンは強引に、会話を切り上げる。


本当は言いたかったのかもしれない。もっと、ディーンに聞いてほしかったのかもしれない。

もっと心配して、気にかけて、秘密を共有してほしかったのかも。

ディーンは、それ以上聞いてこなかったけれど。


「じゃあ、聖夜祭だけ、か」


「聖夜祭の午前中だけ、ね」


まだ強調しつつ、ヘレンはそれでも浮かれていた。


礼拝は、こっそり抜け出そう。そうしたら、ふたりきりだもの。特別な娯楽なんかないけれど、ディーンと一緒ならいつでも楽しい。周りの目を気にしなくていいなら、尚更。


「あ、スコッチだ!」


ディーンが明るい声を出す。

ヘレンは、ディーンと自分の姿を見とめ、嬉しそうに駆けてくるスコッチを――心から疎ましいと思った。






再び、テーブルを激しく叩く。


だから何よ!私がスコッチをうっとうしく思ったのは確かだけど、そのせいでスコッチが死んだわけじゃない!


自分自身に向かう疑念を、片っ端から(つくろ)っていく。

他人が知らない秘密を、自分だけは知っている。

まずは、自分自身をだまさなくては。

(ほころ)びからはみ出た猜疑心を、必死に押し込んで、覆い隠して――いつもなら、上手くいくソレは、なかなか終わらない。

次から次へと、綿が飛び出してくるのだ。


ヘレンは、頭を振った。


どうして、私が悩まなくちゃいけないの。あれは笛吹き男が勝手にやっただけ。

私はなにも知らなかった。


確かに、町に子供がいないことにも、それが私の言葉のせいかもしれないことにも、気付いたわ。でも、ディーンが勝手に考えて、子供を連れて行ったのよ。


それに、地震が偶然だったとしても、子供が無事に帰ってきたかどうかなんて、誰にも分からないわ。ディーンは、子供をすぐに返すだとか、そんなこと一度も言って――




ヘレンのキライなものが 消えるよ




薄氷が割れるように、ヘレンの綻びが、音を立てて弾けた。


小春日和を思わせる、風の優しい声、日差しの暖かい腕、待ち望んでやまない慕わしい気配。




――明日だけ、なんだけど




ヘレンの身体を、なにかが走り抜けていった。

羽根が抜け落ちるように圧迫が和らぎ、しかし反対に、脱力した身体は鉛のように重く椅子に沈み込む。先ほどまでの混乱が嘘のように、頭の中がやけに澄んでいた。


「あぁ、そうなの……」


薄く開いた唇から、知らず言葉が零れ落ちる。


本当は聞こえていたのだ。


ヘレンしか知らない、ディーンの約束。


ネズミも殺せない道化師が、不幸を飴みたいに繰り返ししゃぶる少女のため、一生懸命考えた、幼稚で、いい加減で、自分勝手で、目眩がするほど優しい悪戯。


「母さん!さっき、キオを見たけど……」


ふいに耳元で、子供の声が聞こえた。

ゆるゆると顔を上げたヘレンは、ただ呆然とピエトを見返す。


「母さん?どうしたんだよ」


「今度、誰かがヘレンのこと悪く言ってたら、おれに言えよな」


スコッチとピエトの声が、言葉が、見たこともない姿が、重なっていく。


「なにかあったの?おれが帰ってきたから、もう大丈夫だよ!」


「このスコッチ様が、とっちめといてやるからな!」


あんなに守ってくれたのに、私はスコッチを邪魔に思った。


自分だけに都合いい世界。

意地悪な子供も、詮索好きな住人も、壊れ物を扱うように距離をとる若者もいない、ディーンと私だけの世界。


「これが、代償なのね……」


頬に爪をたてる指先から、掠れた独白が漏れ出でる。


なんにも見えてない。

なんにも聞こえてない。

大事なことはなんにも。


……あぁ、神様!!


胸中で慟哭した。








過去話に大体決着がつきました。

第5楽章のテーマは「嘘」と「秘密」。

誰がどんな嘘や秘密を持っているのか、是非探してみてください。



以下メッセージ返信ですが、少しお知らせです。

メッセージ返信は、基本的に後書きを利用しております。

その際、お名前をアルファベット1文字の仮名表記とさせて頂いてます。

「別に名前を出してもらってもかまわないゼ」という読者様は、メッセージのタイトル欄に「★」マークをつけてください。恥ずかしくてもつけてください。

★マークがタイトル欄に付いているメッセージであれば、メッセージを頂いたときのお名前で返信致します。なければ、アルファベット1文字仮名で返信致します。

よい子のみんな、分かったかな?


★メッセージ返信★

P様

初めまして!三月と申します!

こんなん読んでくださって、ありがとうございます!(感涙)

ペーズリーをご贔屓にしてくださっているようで、きっと彼(?)は、挙動不審に喜ぶことと思います!今はあんまり出番がないですが、可愛がってやってください!

P様の応援を胸に、執筆活動頑張ろうと思います!

メッセージを、ありがとうございました!


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