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第5楽章 不穏な一音

読者の皆様、新居にて、ようやくネット環境が落ち着きました!

のろのろ更新ですが、「猟奇殺人鬼の交響曲」再開でございます!

戻った居間に、まだヘレンの姿はない。


所在無くテーブルについたキオは、この考え――笛吹き男がヘレンのために子供をさらったのではないかという考えを、彼女にどう切り出そうか、と思い巡らせ

――近づいてくる足音に、ふと目線を上げた。

足音は、ドアの前でピタリと止まる。

ヘレンさんかな。

今まで気付かなかったが、まだ昼よりも夜の支配権が長いようで、いつのまにやらあたりは薄暗くなり始めていた。


「……ヘレンさん?」


ドアの外の気配は、なんの反応もしない。

しかし、誰かがいるような空気の揺らめきは感じられる。

入ろうか、入るまいか……迷っているような、気配。


ドアに近づいたキオは、ヘレンなら杖の音がするはずだと気がついた。


「あの、どちらさまで……」


言い終わる前に、ドアが激しく叩かれ、キオは小さく悲鳴をあげる。

こちらが返事をする前に飛び込んできたのは、見知らぬ男。

ハンチングの横から覗く白髪が乱れ、三白眼が切迫した光を湛えている。

目を白黒させるキオに、男は開口一番怒鳴った。


「ここの旦那さんは帰ってるかい!?」


キオは、男の剣幕についていけず、とりあえず、ぶんぶんと首を振る。

そうか、と乱暴にハンチングを脱いだ男は、足音高く部屋を歩き回り、初めて気付いたようにキオを見た。


「……アンタは?」


近づいてきた、男の鷲鼻に突かれそうになり、キオはつい後ずさる。


「僕は留守を預かっている者です……え、と……なにかあったんですか?」


男は、一瞬躊躇し、握り締めていたものを、ぶっきらぼうに差し出した。

不愉快そうに唇をひん曲げ、しわがれた声で囁く。


「アンタ、これ……ヘレンさんの旦那のもんかどうか、分かるかい?」


それは、「エルトベーア」と刺繍された麻の布袋。

なにげなく手に取ろうとしたキオは、はっと息を呑んだ。

布袋は、食いちぎられたように裂かれ、長時間泥に埋まっていたがごとく汚れていたのだ。

キオは、不吉なものを感じながら、それをおずおずと受け取った。


「これ、どこで……」


「今しがた帰ってきた連中が見つけたんだ。森のあたりで拾ったらしいけど、なにせ、荷物がバラバラに散ってるもんだから……」


森のあたり?確かに、バスで通り過ぎるあたりは、道の両側とも森が広がっている。

しかし、どうして荷物がそんなところに。


「でも、バスで帰ってくるんじゃないんですか……?」


キオの言葉に、男は臭いものでも嗅いだように顔をしかめ、首を振った。


「電車賃もバス代も、出稼ぎ先からマシューマルロまでじゃ高すぎる。運が良けりゃあ、隣町の荷馬車にのっけてもらえるだろうが……1日も早く帰りたかったんだろうなぁ……こんな時間に、きっとエルトベーアさん、あの道を歩いて帰ってたんだよ」


男は震える息を吐き出し、薄くなった頭を掻いた。


「まさかとは思うけど……狼じゃあねぇだろうなぁ……」


キオは布袋を取り落とす。


「お、狼って、このへん本当にいるんですか!?」


ギルシアにも森はあったが、小動物をちらりと見かける程度。狼なんて動物園でしかお目にかかったことがない。ピエトが「狼退治」などと言っていたときも、てっきり冗談だと思っていたのだが。


「森向こうの村じゃ、よく見るらしい。放してる牛やら羊やらが時々やられてなぁ……」


男は、ハンチングを深く被り直し、キオを振り返った。


「これから、男連中に声をかけて探すけど……へレンさんには、まだ言わないほうがいい。ひょっとしたら、そこいらで迷ってるだけかもしれないし……」


本当のところ、そうは思っていないのだろう、男の緊張した口元から真意が見て取れる。

しかし、得てして悪い知らせとは、早く耳に届くものだ。


「……うちの人が、どうかしたんですか……?」


戸口に立つヘレンの顔色は、蝋のように白い。

振り返るふたりの視線に、なぜか彼女はひどい目眩を感じた。






まだ地面が揺れているような、ひどい目眩。


頭のどこかが鈍く痺れて、巡らす思考をすら、ずるずるとぼやかせる。

人恋しさに森の道を行き戻りした時、泥水に浸かった身体が、徐々に冷えてきて、ヘレンは自身の肩を抱きしめた。


いつごろからか振り出した雨も、彼女から体温を奪っていく。

誰とも行き会わず、結局、森の入り口まで戻ってきてしまった。


スコッチは、まだ帰ってこない。


一体その状態で、どのくらい待ったものか。

遠くから人の声を聞き取り、ヘレンはゆるゆると顔をあげた。


地震で聖堂から戻った親たちが、各々の家が無人なのを知り、泥の中にビッシリ刻み込まれた子供たちの足跡を追って、チョークレトラの森までやってきたのだ。


「ヘレン!どうしたの、こんなところで!」


ヘレンの両親が、両側から彼女を支えると、ヘレンは安心感で気を失いそうになった。

しかし、そのヘレンの腕を、中年の女が掴む。


「ねぇ!アンタ、うちの子を見なかった!?」


爪の食い込む痛みに、顔をしかめるが、相手の力は強くなるばかり。それどころか、呆然としているヘレンをガクガクと揺さぶり始めた。


「このへんにいるんでしょう!?知ってるはずよ!見たはずよ!」


女の語気が荒くなり、鼻息が振りかかる。

なにが起こっているのか分からず、ヘレンはただその太い腕を振り解こうともがいた。


「やめてください!ヘレンに分かるわけないでしょう!?」


ふいに、束縛が消える。ヘレンの母親が女を突き飛ばしたのだ。しかし、反動でよろめいたヘレンを、父親以外受け止めようとする者はおらず、彼女は泥水の中に再び倒れこんだ。

父親が慌ててヘレンを抱きかかえる。


庇うように立ちはだかる母親と、噛み付かんばかりの形相で睨みつける女。

その後ろで、頭を掻き毟る男が、忌々しげに吐き捨てた。


「クソ、これだから……!」


これだから?


その後にどういう言葉が続くか、ヘレンにはすぐ分かった。


これだから、目の見えないヤツは……!


わんわん反響する怒号と、遠くで重なる悲鳴。


チョークレトラの森に到着した住人たちは、綺麗な余所行きの洋服を汚し、泥の上をはいずりながら、各々の子を呼び始めた。

指揮者のいない楽器たちは、がむしゃらに音を振り絞る。


自分を置いてけぼりにしたまま、異常な速さで進んでいく事態に、ヘレンは恐怖した。耳に飛び込んでくる情報を、頭が処理できず、音だけが次々と蓄積されていく。

それでも、彼女を取り囲む、音はどんどん増えていく。


なにがあったのどうしてこんなことにいったいだれがああわたしのぼうやくつがあったぞこっちにもだおいまさかこれはきゃあああああああああああああああ


抑揚のない音にしか聞こえなかった会話を、甲高い悲鳴が切り裂いた。

ヘレンは、ひとつ大きく身を震わせ、突如理解できるようになった話し声に激しく戦く。


悪いことが起こっているのだ。なにか、とても悪いことが。


住人は大騒ぎし、両側にいる両親は、ヘレンを抱き締めるばかりで、なんの説明も出来ないでいる。




明日、面白いことが起きるよ。




ぽつんと雫が滴り、ヘレンの中に、大きな波紋を生み出した。

雀蜂の羽音を思わせる住人たちの声が、低く広く唸る。その中に隠れる攻撃的な気配に、ヘレンは震え、たまらず声をあげた。


「私は知らない!笛吹き男がやったのよ!」


私のどこかで警鐘が鳴った。

それは嘘だと。

どうして、そう思ったのかは、まだ分からない。






秘密基地に、まる1日篭っていたピエトは、ようやく周りが暗くなっているのに気がついた。

どうやら、毛布を巻きつけたまま、眠ってしまったらしい。

ピエトはもそもそと起き出し、欠伸を噛み殺しそこね、顔をしかめた。


なんだろう。


いつもなら、吹きすさぶ風や、それが枯れ草を撫でていく音がするはずなのに。

やけに静かだ。なにか、胸騒ぎがする。


「……なんだろう」


不安そうに見回したピエトは、心配性な母親を思い出した。今、何時か分からないが、きっと心配しているに違いない。父親も帰ってきているかもしれない。

ピエトは、洞窟の外へ出た。


思ったより冷たい空気に、ぶるりと身体を震わせると、そのまま家路を走っていく。


その上空を、紫の影が横切ったが、ピエトは気がつかなかった。






アドバイスを頂き、ヘレンの障害について、少し変更致しました。

ストーリー上の大きな変化はございませんが、よろしければ「ヘレンの回想曲」を、ご確認くださいませ。

五木様、ご指摘ありがとうございました!


メッセージ御礼 B様(仮名)

メッセージありがとうございました!

お休みばっかりして、いい加減見捨てられてしまうかなぁ……とソワソワしておりましたので、とても嬉しかったです!(感涙)

距離にすると遠いですが、B様の応援ガッツリ受け取らせて頂きました!

これからも執筆頑張りますので、どうぞご贔屓に!



読者の皆様あっての「猟奇殺人鬼の交響曲」!

今後もよろしくお願い致します!

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