表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/84

第5楽章 笛吹き男の狂想曲

メッセージお礼を、後書きに。

キィキィキィキィ。


また、外で井戸を使う音がする。滑車の音が、どこか寒々しい。


キオは、ピエトの部屋で、ひとり西日を見つめていた。


話を聞き終えた後、昼食までご馳走になってしまったキオは、気まずいながらも帰ろうとした。それを、引き止めたのはヘレンの方だ。頼まれていた刺繍の届け物があるそうで、キオに留守番を願ったのである。見ず知らずの自分に、留守を任せるなんて、とも思ったが、それでも考える時間ができたのは有難い。


ピエトの机にかけたキオは、ノートを開き、午後の間にまとめた要約を読み返した。


笛吹き男伝説……概要は正しかったが、真相はもっと……こういう言い方はどうかと思うが、簡単なものだった。


洞窟の開閉は地震のせいだったわけだし、紫斑病の再来も、ネズミ増殖の根本原因が解決していなかったせいで、ネズミが増えたか、あるいは森に放したものが今度は病原菌を保有して戻ってきた、というところだろう。


『耳の聞こえない子供は殺された』と『耳の聞こえない子供は取り残された』に、伝説が分かれているのは、多分ヘレンの証言が妙な形に捩れたのだ。片方は溺死した意味で書かれ、もう片方では、ヘレンとともに笛吹き男から逃れられたエピソードのまま残っている。


でも、スコッチは、町に戻っていなかった。

多分……町に戻る間に、殺されたんだ。


「なんで……」


スコッチは、最後までディーンの味方だったのに。

なのに、どうして彼まで。

僕は、てっきり、スコッチだけは助け、残りの町の子供は生き埋めに――


そこで、キオは、はたと思い当たった。


いや、生き埋めになったのは、そのとき、たまたま地震が起こったからだ。


「じゃあ、本当は、生き埋めになる予定じゃなかった……?」




よし、これでいいや。


笛吹き男は、頷いた。


子供は一人残らず洞窟のなかに入っていった。今頃、スコッチが作った目印に沿って、洞窟の中を、奥へ奥へ進んでいるはずだ。

本道が行き止まりになるまで数分程度だけど、さっき後ろから目印を外していった。この間に逃げちゃえば、アイツらは道が分からないから、追いかけてこられない。


そのまま洞窟のなかで、迷子になっちゃえば愉快なのにな。


ありもしない出口を探して、真っ暗闇でうろうろする子供たちを想像し、ディーンはニヤニヤ笑った。


まるで、目の見えない馬鹿なネズミみたい。

でも、ヘレンのことを悪く言ったんだから、これくらい当然だ。


宿なし、親なし、名前なし。だから、あんな女と一緒にいるんだ。

だって、あいつは、目なしだもの。


ディーンは、フンと鼻先で笑い、踵を返し、洞窟から離れていく。




そうだ、そこで、起こったのか。


キオは、ピエトの椅子から立ち上がる。


なんて、間が悪い――それだけのことだったのだ。

もしも、あの地震さえ、なかったら。




揺れが収まったあと、ディーンは洞窟の変わりように、小さく悲鳴をあげた。

目を凝らした先には、穴なんて最初からなかったように土石がぎっしり詰まっている。

舞い上がった土煙が、視界の端々にまとわりつき、ディーンは激しく咳き込み、ふらつく足取りで洞窟に――洞窟だった場所に近づいた。


あぁ、びっくりした。中の子供たちは大丈夫かな。


「……ねぇ」


小さな声で呼びかけるが、何も聞こえない。目の前の「夢の国への入口」は、深緑の草が湿った土石の流れに巻き込まれ、まるで野菜入りカレーライスをぐちゃぐちゃに混ぜたみたいになっている。


「ねぇ、そこにいる?」


ディーンは立ち止まった。


――石に、手が生えている。


その下から、広がる赤。イチゴジャムのような赤。

瓶詰めのものじゃなくて、まだ鍋の中で煮込まれている状態の、どろりと固まりの残る、少し濁った暗い赤。


ディーンは、その小さな手から目を逸らせず、立ち竦んだまま、動けない。


突然、手がビクンと跳ね上がり、ディーンは、ヒッと息を呑んで飛び退った。

手は、息絶える寸前の蜘蛛みたいに、ぞわぞわと指先を動かしている。そこにいる、何者かを掴むように。

作り物のような爪には柔らかい土が詰まり、白い肌に青筋が浮かんでいた。

耳障りな音をたて、それ(・・)は地面をひっかく。何度も何度も。

しかし、ひときわ大きく痙攣して、手は止まってしまった。




地震が止んだとき、ディーンは、まだ洞窟の傍にいたはずだ。彼は中に入らず、子供が全員入っていくのを、外で確認していただろうから。揺れが始まって怯えた子供たちは、外に逃げようとする。だけど、それは間に合わなかった。


ディーンなら、どうする?

予想していなかった大変な事態、自分の手に負えない状態になったとき。

僕の知っているディーンなら、隠す、とぼける。


キオは、両手で、顔を覆った。


おそらく、ディーンは、その場から逃げてしまったんだ。




どうしようどうしようどうしよう。

あんなつもりじゃなかったのに。

みんな潰れちゃった。みんなみんな潰れちゃった!


「うわぁぁああ―――――――!!!」


オイラのせいじゃない!だってアイツらが、勝手についてきたんだもん!


『でも、呼び寄せたのは、お前だよ?』


違う!勝手についてきたんだ!


『みんなに、夢の国って言ったくせに』


だって、それは、だって!


『ウソツキウソツキウソツキウソツキウソツキィィイイ!!』


あちこちが(おこり)のように震え、走っていないと身体の節々から力が抜け落ちていきそうだった。夢の中みたいに周りの景色がやけに鈍く、ディーンを追い越していく。自身の息遣いがやけに耳につき、止まっているのか、動いているのかすら定かでない。


「……ッ」


散々吐いたのに、胃の奥から生温い塊が、せりあがってくるのを感じ、ディーンはその場に膝をついた。


もう2度とジャムは食べられない。


パン屋さんがくれたディトラパンにのっかった苺の粒と、ぐしゃぐしゃに潰れた子供が重なって、ディーンは激しくえずいた。


「う……あ、あぁ……」


開かれたままの口から、意味のない喘ぎ声が漏れる。

こめかみから、目の奥まで、ねじ込み式の釘を差し込まれているように、頭が痛い。耳の奥からごぉごぉと血液の流れる音が聞こえる。目まぐるしく変化する視界。

濁った土色、濡れた緑、イチゴジャムの赤。


ディーンは、空を見上げた。


地中のあちこちから、わめき声がする。

ここから出せと騒いでいる。


キィキィキィキィキィキィ。




どうやって子供をさらったのかはともかく、ディーンに殺意がなかったのは、ほぼ間違いない。少なくとも、悪戯を仕掛けた時点では、子供を洞窟に隠す――そう、隠すだけだったんだ。その後は、ヘレンとスコッチが待つラトゥールに帰るつもりだったんだろう。

ところが、予想外のことが起きて、ディーンはパニックになったんじゃないだろうか。


ノートの文字をなぞる指先が止まる。


これは、あまりにも、断定的で、穴だらけで、ディーンに主観を置いた考えだ。


キオは、ノートを閉じ、もう1度へレンの話を反芻した。


お金をもらえず、町から追い出されたディーンは、仕返しに子供をさらった。


でも、なんで?そんな面倒なことせず、他の仕返しをしたってよかったはずだ。

130人も子供をさらうより、町に火でもつければ、十分復讐に事足りる。

ディーンが、元々子供を嫌いだったから、さらったのかな?


キオは首を振る。


手品を見せたりするくらいなんだから、嫌いってことはないだろう。

それに、なんで子供を消すことを、わざわざヘレンさんに匂わせたんだろう。まるで、「子供が消える」という悪戯が、ヘレンさんにとって特別な意味があるようじゃないか。


キオは、できるだけ普段のディーンを思い出すよう努めた。


ディーンが秘密にしたがることって、なんだろう?

僕を困らせること――女神様の絵にヒゲを描き加えた悪戯。

僕に怒られること――遊んでいてうっかり壊した花瓶。それから――


頭の中で、原色に彩られたクリスマスツリーが、瞬いて消える。


「僕が喜ぶこと」


ディーンは、ヘレンが喜ぶと思って、わざわざ「子供を消した」のではないだろうか。

――きっと、1日だけのつもりで。


キィキィキィキィ。


滑車の音は、まだ止まない。





29日に、メッセージをくださった読者様へ。

お名前を出すのはご迷惑になってしまうかと思いましたので、ここでコッソリお礼を言わせて頂きますね(笑)

メッセージありがとうございました!

更新がもたついているにも関わらず頂けたので、非常に感激致しました……!

貴方様のメッセージを活力源に、更新頑張ります!

重苦しい話で申し訳ありませんが、どうぞ今後もご贔屓に!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ