表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/84

第5楽章 キャラメルクラウン

アイリーンは、ベッドの固い感触に、顔をしかめた。


なんで、ジルは貴族のくせに、こんなアパートメントで普通にしていられるんだろう。


寝そべったまま、部屋のあちこちに目を走らせる。


長方形の部屋は、左右にベッドがあり、奥の窓際にテーブルセットが置かれている。

窓の左脇ドアがバスルーム。窓の右の、アーチ型にくりぬかれた短い廊下奥に、小さなキッチン。


アイリーンは人の家を渡り歩く生活が長かったため、自分で部屋を借りたり、買ったりしたことはない。それでも、変わった間取りだなくらいは思う。


「はぁ」


目に被さる髪を耳にかけ、アイリーンは向かいのベッドに目を向ける。うつ伏せに寝転がったリジーは、聖典を読みながら、キオの揚げ足を取れそうな教えを探していた。


「ねぇ」


リジーは、アイリーンの方を向かないまま、「んあ?」と返答らしき音を出した。


「最近、キオの動きが、変だと思わない?」


ここのところ、キオはいつも出掛けている。それも一人で。


キオがいない間は好きに行動できるから、楽といえば楽だが、ちょっと妙だ。


最初は、図書館か教会あたりに行ったのだろうと思っていたが、逃亡先でまで、毎日そんなところに行くわけがない。今日など、夕飯時間を1時間も過ぎてから帰ってきたのだ。どう考えてもおかしい。


帰ったキオに聞くと、バスで遠乗りしてきたのだという。

詳しく聞いても、要領を得ない答えばかり。


「動きが変って?反復横飛びでもしてた?」


リジーは、本から顔をあげもせず、パタパタと足でベッドを叩いている。


「……真面目に聞いて」


アイリーンは、少し言いよどんだ。


「なにか……コソコソしてる感じしない?」


「そっかなー?」


直角に首を傾げるリジー。アイリーンは、ムッとむくれる。


「猟奇殺人鬼スイッチ、オンにして」


リジーの目と眉の間隔が狭くなり、足が動かなくなった。


「わたしが同意すれば満足するのか、アイリーン?」


アイリーンは、ますます顔をしかめた。


「そうじゃなくて、アンタはどう思うのかって聞いてるだけよ」


リジーは、緩く口角を上げる。


「そうだねぇ……思うねぇ」


「でしょ?毎日ひとりで出掛けるし……まぁ、まだ3日だけど」


1日目は、入居準備でそれどころじゃなかった。キオが出掛けるようになったのは、2日目からだ。


「……なにやってんのかしらね。アタシたちに、なにも言わないで」


アイリーンは、横向きに寝転がったまま、自身の髪をくるくる弄んだ。目尻の切れ上がった黒曜石の瞳は、どこかぼんやりと遠くを見ている。


リジーは、人差し指で頭をかいた。


やれやれ……ヒステリックな女が、一度感傷的になると始末が悪いな。


「まぁ、気にすることないと思うよ」


「そう?」


寝そべったまま、上目遣いでリジーを見る。

拗ねた声音に、赤頭巾は彼女らしからぬ、やんわりとした言い方をした。


「キオにも、気になることがあるんじゃないかな」


「気になることって?」


だから、その拗ねた顔はやめなさいって。


「アイリーン、ここはディトラマルツェンだよ?」


「つまり……ディーンのこと?」


アイリーンの眉間に入っていた力が抜ける。


「そっか、ディーンのこと調べてるってわけね。そんなこと知ったら、アイツ、またうるさくするもんね。でも、アタシたちに秘密にしなくたっていいのに」


そこまで言って、アイリーンは、フンと鼻を鳴らした。


「ま、別に、キオがどこへ行こうが関係ないけど」


声にいつもの張りが出たのを確認し、リジーは聖典に顔を戻した。


アトランテルに着いて、すぐディトラマルツェンに来た。

ギルシアから、より離れるためだと、キオは言っていたが、それは建前だろう。


ディーンの過去を知りたいなら、奴の故郷にいるほうが都合良いに違いない。

だが、調べてどうなる。どうする気だ。


そこで、リジーは以前のキオの言葉を思い出した。



『動機が分かれば、殺害衝動も止むのかな』



リジーは、指先で顎を撫で、喉の奥で唸った。


余計なことはしないほうが、いいと思うけどねぇ。







「ヤダ」


ぼふっと飛んできたクッションを避け、ジルは不機嫌に振り返った。


「なにがだ」


「ソレ」


ペーズリーの指差したのは、ジルの手の中にある小さな香水瓶。


「クサイ ヤダ」


ジルは、鼻先で小瓶を振る。


「別にくさくはないだろ」


ペーズリーは、フーン!と長く鼻を鳴らす。不満で仕方ないようだ。


その反応が面白かったのか、ジルはベッドに陣取っているペーズリーの前で、軽く瓶を揺らしてみせた。即座にペーズリーの手が伸び、ベシッと叩き落す。

哀れな香水瓶は、床に到達する前に、ジルの手で受け止められた。


「あぶないな」


「キオ イウ」


ジルの意地悪をキオに言いつけようと、ペーズリーはのそのそ戸口に向かう。


「わかった、わかった、つけなきゃいいんだろ」


ペーズリーは、不信の目。


「ソレ ツケナイ?」


「つけない」


ペーズリーは、長く鼻を鳴らす。これは、多分、了解の意味だろう。


ジルは下ろした前髪を軽くかき上げ、ベッドに腰掛けた。相部屋になるのが、アイリーンかキオだったらよかったのに、と先程まで不埒なことを思っていたが、よく考えたら、これまでペーズリーといる機会は少なかった気がする。


ひょっとして、この部屋割りも、キオの密かな策略だろうか。


ジルは、新鮮な気分で、ペーズリーの姿をじっくり眺めた。


ペーズリーは、ちらとジルを見て、居心地悪そうに膝を抱える。なおも観察していると、今度は、もぞもぞと壁側を向いた。


「……わかったって。もう見ないよ」


ジルは、吐き出すように呟き、そのままベッドに入った。


しかし、ペーズリーは、壁を見たまま一向に動かない。


彼は、靴の匂いを嗅いだり、服を噛んだりするのが好きで、それらと同じくらい人の髪を触るのが好きだ。キオのちょっと癖のある髪も好きだが、アイリーンのもしゃもしゃと豊かな灰髪も、結構気に入っている。


ジルは油断ならなくて嫌いだが、前から、あの金髪が少し気になっていたペーズリー。


眠っているときなら大丈夫、そう思ったペーズリーは、ジルが寝入るのを待っているのだ。


数分たってから、ペーズリーはジルの背中を盗み見た。

ゆっくりベッドを下り、足音を忍ばせ近づくが、反応はない。


金色の長い髪は、間近で見ると、さらさらして、実に手触りが良さそうだ。

さて早速触ろうと、蜂蜜色の束に手を伸ばし……しかし、その腕は脇から現れた手に、がっちり掴まれていた。


「なにをやっているのかな?」


ジルの青い瞳が、してやったりと笑っている。至近距離の視線に慣れていないペーズリーは動揺し、とりあえず手近にあったクッションでジルの顔をふさいだ。


「フーン!」


せっかく触ろうと思ったのに。


ペーズリーは、不満の鼻息を出し、手を払った後、自分のベッドに潜り込んだ。







グランは、ひとりきりの部屋で、本を読んでいた。

ベッドは小さすぎるため、外に出し、床にマットレスを敷いている。


狭い部屋も、新しい町も、グランには少し窮屈だった。


着ぐるみは持ってきたけれど、町では否応なく浮いてしまう。ベリードロップは小さな町だから、妙な噂が広まっても困るのだ。だから、グランは買い物にもついて行けなかったし、部屋からもあまり出られない。


本当は、少し淋しい。


それでも、グランはディトラマルツェンについて行きたかったし、キオも喜んで荷造りをしてくれた。ルベルコンティに残っていることもできたが、それは端から考えなかった。


グランは、本から顔を上げ、出窓のゼラニームの鉢を見た。窓から入る眩い月光が、床を四角く切り抜いている。


どうして、ひとりでまつの、いやだったんだろう。

キオと、いっしょにいたかったからかな。

それとも、みんなでいたかったからかな。


昔、ひとりでいたときも、こうして月を見たはずだ。でも、こんなに安心した気持ちでは見てなかっただろう。ひとりではないから、安心しているんだろうか。


グランは、本を閉じ、毛布を顎の下まで引っ張りあげた。


きっと、りょうほうだ。






ディーンは、バスルームから、まだ出てこない。

大方いつものように、ろくに身体も洗わず、アヒルや船のオモチャで遊んでいるのだろう。


キオは窓際のテーブルで、いつものノートを開いていた。


ページのあちこちに目立つのは「笛吹き男」の文字。


これらは、本屋の店長に睨まれながら、「笛吹き男伝説」に関連する本から抜粋し、ノートに書き写しておいたものだ。昨日、今日で随分集まった。


それを読み返しながら、キオは気になったところに、アンダーラインを引いている。


本を読んで初めて知ったが、伝説には何パターンもストーリーがあるのだ。


口伝えだったからからだろうか、大筋は同じだが、細かな点で違いが見られる。


例えば、ディーン・クレンペラーが現れたのは、聖夜祭の朝だったはずだが、それが聖夜祭の夜だとなっているもの。


耳の不自由な子供と、目の不自由な子供は街に残っていた、という記述が、耳の聞こえない子供は殺され、盲目の少女だけが助かった、となっているもの。


地響きが聞こえた後、洞窟が口を開け、子供を飲み込んだというもの。

逆に、地響きによって、洞窟が閉じたというもの。


「……やっぱり、ラトゥール出身の人に直接聞くのが、ベストだよなぁ」


今日、マシューマルロに向かったのも、ラトゥールの住人が残っているかもしれないと思ったからだ。しかし、不吉な伝説のある地に、いつまでもいる人は少ないかもしれない。


「もう一回だけ、行ってみよう」


住人の消息くらい分かるかもしれないし。


ディーンが出てくる気配を感じ、キオはノートをそっと閉じた。





ギルシアなどで、一般的に伝わっている、笛吹き男伝説は次話にて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ