表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/84

第5楽章 ベリードロップ

ある小さな町に、ひとりの少年が住んでいました。


少年には、お金がなく、住む家もなく、家族もおりませんでした。


寒い冬の夜のことです。


少年が、いつものようにゴミ箱をあさっていると、声をかけられました。


そこには、世にも不思議な格好をした、道化師が立っていたのです。








石造りの建築物が多いギルシアと違い、白い漆喰(しっくい)の壁と、木組みが美しい町並み。


汽車から見える景色は、広大なブドウ畑だ。


アトランテルの西隣に位置する、ワイン産地として名高い農耕大国。



ここは、ディトラマルツェン――笛吹き男伝説の発祥地。




「さて、どういったところを、お探しですか?」


不動産屋は、2人の客を、にこやかに出迎えた。


彼の前には、いかにもお金持ちそうな男と、使用人が立っている。赤ら顔を、ますます赤くし、不動産屋の主人は、いそいそと物件ファイルを取り出した。


「今オススメなのは、ヌガーバータのお屋敷ですね。つい最近、売りに出されまして。こちらのキャンディアの物件も、なかなかよろしいかと」


ソーセージのような指先で、主人は器用にページをくっている。


お金持ちと、使用人……言うまでもなく、ジルとキオのことである。


ジルは、面倒くさそうにファイルを眺め、実に軽く答えた。


「じゃあ、それ、ふたつで」


「おおぉい!大雑把(おおざっぱ)すぎですよ、ジル!焼きイモ買うのとは、わけが違うんですから!それに、そんなに長くいるかどうか分からないんで、賃貸で充分です!」


不動産屋の主人は、目を丸くした。


使用人が、貴族に怒っている。


下男にしか見えない少年は、不動産屋の当惑も知らず、人数と希望エリアを告げ、即日入居可能な物件を出してください、と言った。


「はい、ただいま。えぇと……通常アパートなら、1ヶ月から契約できますけど」


主人の言葉に頷きながら、家賃、礼金、敷金、立地条件、更新料なども詳しくチェックしていくキオ。かなり候補を絞ったところで、キオは他のメンバーを呼んだ。


「アタシ、ここがいい」


アイリーンが左から指差すと、


「じゃあ、わたし、これー!猫足バスタブ!」


リジーが右から手を伸ばす。


「……あの、同じアパートにしましょうね?」


キオに言われ、再び、物件選びが白熱。


大人気ない大人たちの様子を見た、不動産屋は口を挟めず、立ちすくんでいた。








紆余曲折(うよきょくせつ)はあったものの、どうにか決められた物件は、ベリードロップと呼ばれる町の小さなアパート「キャラメルクラウン」。


ベリードロップは、大きな街が近く、治安も良いらしい。ディトラマルツェンは、ギルシアより国土が広いためか、家賃もお手ごろだった。


不動産屋の案内で、2階建てバスを乗り換え、傾斜のある石畳を抜け、緩やかな坂を下る。


家々が寄り添うように並んだ街角に、ようやく目指すアパートを見つけた。


アーチ型の扉に、ウロコを並べたような緑のとんがり屋根。どの階の窓からも、豊かな葉と、赤い小さな花があふれている。手製の看板には、ギルシアを含むユーロパ地方の標準語――シンフォニア語で「キャラメルクラウン」と書かれていた。


まるで、童話に出てくるような造りで、若い女の子なら、間違いなく「可愛い!」というだろうが、猟奇殺人鬼の女の子は言わないものらしい。


アイリーンは、一目見るなり「……少女趣味」とつぶやいた。


可愛いって言わなくて、よかった……と、複雑な心境を抱え、キオは扉を押し開ける。

内側につけられていた鈴が、小さな音をたてた。


内装をチェックしたキオは、深く頷く。


入った正面は長い廊下で、扉の左横から階段がのびている。右には、ランドリーや用具室が並んでおり、外観通り、全体的に、こぢんまりとしたアパートだ。

しかし、草花模様が踊るベージュのカーペットといい、清潔に磨かれた銅製の手すりといい、キオには大満足だった。


不動産屋が、太った体を揺らし、廊下の奥の部屋を叩く。


「クラウンさん、カカオです。連絡しておいたお客さんをお連れしましたよ!」


管理人在住のアパートは、部屋の鍵をかけていないことが多い。キオは、アイリーンに部屋番号を告げ、荷物を預けた。


「あとは、僕が説明聞いて、鍵もらっておきますから。みんなは、部屋を見てきてくださいね」


管理人は、人の良さそうな老婦人であった。いつ物騒なことが起こるか分からないため、若い人の入居は大歓迎だという。正直、入居者のほうが物騒なのだが。


キオは、ひきつった笑いを浮かべ、絶対迷惑かけませんから、と心の中で、老婦人に謝った。


鍵やら、入居契約書の写しやら、ゴミ出しルール表やらを受け取ると、キオは3階まで上がっていく。部屋番号は303号室で、ルームメイトはディーン。バス内で行ったくじ引きで、公平に決まった結果である。


ジルと相部屋になったペーズリーは、少し威嚇していたが、ジルに「変なことはしません」と5回言わせると、なんとか納得したようだ。


銅製のノブを回し、部屋をのぞくと、2つあるベッドのひとつで、ディーンが大きく寝そべっていた。ドアが開く音に気付き、すぐさま跳ね起きる。


「キオ!鍵もらってきたの?」


「うん、さっきね。ところで、ディーン?午前中買い物に行くから、着替える約束だったでしょ?」


ディーンは、帽子の下で、目を泳がせた。


ギルシアならともかく、笛吹き男伝説のあるディトラマルツェンで、ディーンの今の格好は危険すぎる。彼の姿は、そのまま伝説通りなのだから。


初めてジルの屋敷で出会ったとき、キオ自身は、訪問客が全員猟奇殺人鬼だと知っていた。だからこそ、人目で「ディーン・クレンペラー」であると判断できた。いくらディトラマルツェンの人々が、彼の格好を怪しんでも、まさか本物だとは思われないだろう。

しかし、もしも、ということがある。


そのため、彼のサイズに合う、別の服を準備しておいたのだが。


「……ねぇ、この格好、どーしてもダメ?」


「ダメです」


ちぇーと唇をとがらせるディーン。


かわいそうだが、ディトラマルツェンの人達に、妙な好奇心を与えるよりはいい。


トレードマークの帽子をはずし、ディーンは、こげ茶のシャツとセーターを身に着けている。初めてディーンの髪が、赤みがかった枯れ葉色だと知ったのも、彼の横顔がなかなか端正であったのも、このとき初めて知ったキオである。


黒い靴下をはいたディーンは仕上げに、いつもの帽子を深く被りなおした。


帽子くらいは、見逃してあげよう。


「着たけど……こんな格好イヤだなぁ!チクチクするよ!」


ディーンは、セーターの具合が気に入らず、さっきから引っ張りまわしている。


「のびちゃうから、そんなことしないの」


言い聞かせ、羽飾りの衣装をキレイにたたむ。着心地のよさそうな肌触りだが、これは、明らかに舞台衣装だ。普通の衣料品店には、きっと置いていないだろう。


「いつものほうがいいなぁ」


今の格好のほうが暖かいだろうし、見栄えもいいのだが、ディーンは不満そうだ。


「本当に、この服大好きなんだね」


苦笑するキオに、大きく頷くディーン。


「そりゃあね!コールからのプレゼントだもの」


初めて聞く名前に、キオは首を傾げた。


「コール?ディーンの友達?」


「うん!コールは、オイラに、その服と名前をくれた人だからね!」


「え、そうなの?」


ということは、ディーンの家族なんだろうか。


しかし、以前聞いた話では、ディーンに保護者はいないはずである。キオは、ケーキ屋の帰り道を思い出しながら、考えを巡らせる。


「……その人は、どんな人だったの?男?女?」


いろいろ聞きたいが、結局、あたりさわりのない質問を選んだ。


「男だよ。おじいちゃん」


なら、以前の話は、コールさんが亡くなってしまった後、一人ぼっちになったということだろうか。


「コールさんは、ディーンのおじいちゃんなの?」


「違うよ?コールは友達!」


困ったなぁ……どう聞けばいいんだろう。


無神経な質問で、ディーンを傷つけたくないという、キオの葛藤も知らず、ディーンがはしゃいだ声で続ける。


「コールは、おじいちゃんで、友達で、ピエロなんだよ!火とか吹けるんだよ!玉乗りは腰が痛いからダメだけど、5個の玉をポンポン投げるのは上手かった!そんで、そんで……」


ディーンは、そこで考えるように言葉を切った。


「そんで、多分、夢の国に行っちゃったんだ」



……夢の国?



「ねぇ、ちょっと、いつまで着替えてるの?もう出掛けるわよ」


扉越しに聞こえたアイリーンの声に、ディーンが大きく返事を返す。


「キオ、行こ!」


つんつんと、服を引っ張られ、キオは慌てて笑顔を浮かべた。


「じゃあ、準備しますから、外で待っててください」


わかった!と、元気いっぱい答えたディーンは、帽子の羽飾りを揺らし、パタパタと部屋を出て行く。


キオは、階下から聞こえる、楽しそうな声に、訳もなく取り残されたような感覚を味わった。


柔らかい日差しが、床に奇妙な模様を描いている。


キオは、窓の外を見て、目を細めた。


「夢の国、か……」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ