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第1楽章 不徳なユール人

「えー……それでは、みなさんがそろったところで……改めて事情をお聞きします……!」


この屋敷がムダに広くてよかった。


キオは、ソファに座っている彼らから十分な距離をとり、メガホンで話をしていた。


「僕は、青の女神様から、みなさんの導き手になるように命じられたキオ・コッローディと申します……えーと……だ、大体の事情は女神様からうかがってるんですが、みなさんからも、詳しく教えていただければ幸いでして、はい……」


言いながらお茶を運ぶトレイを、掲げ持っているキオ。


「……なんで、あの子はトレイを持ったままなのかしら」


無論、いつ飛んでくるか分からない刃物を防ぐためである。


「ああいうスタイルなんじゃないのかい」


どんな宗教だ、それは。


言葉には出さない賢明なキオ少年である。




「教会ネズミ!」


ふいに、ディーンが、ソファの上で体を揺らして叫んだ。


「女神様、女神様!青い女神様がね、お前たちは悪いことばっかりしていけません!って言ったの!オイラの夢に勝手に出てきたの!そんで悪いことしたダイショーに、呪いをかけられたんだよ!」


「……え、呪い?」


キオの受け取った啓示とズレがある。


女神様は『猟奇殺人鬼たちを、よい方向に導け』と言っただけだ。


「呪いって、どういう呪いですか?」


「鉛ニ ナルッテ イッテタ」


ペーズリーが、ぼそぼそつぶやく。


「そうそうそう、鉛になるって!これ以上悪いことすると、心臓がね、鉛みたいに硬くなって重くなっちゃうんだって!そんなことになっちゃうとオイラ困るなぁ!」


ディーンは、さらにソファを揺すり出した。


だれか、この多動性の殺人鬼を外に連れ出してください。


「鉛になるっていうのが、具体的にどういうことか聞いてませんか?」


文字通り鉛に変化するってことか、心筋梗塞みたいに止まっちゃうことか。


「それが分からないから、適当に人を派遣してくれと、青の教会宛に手紙を出したんだよ。信者なら、なにか分かるんじゃないかと思ってね」


ジルは、悩ましげに髪をかきあげた。


「その呪いの影響だなんて考えたくもないが、実際あちこち痛むんで寝付きが悪くてかなわない。これまでみたいに、我々が楽しく殺人ライフを満喫できるよう、治してくれないと困る」


治したら、こっちが困るよ。


「……どういう感じで不調なんですか?」


早速ディーンが、手を上げる。


「オイラはねぇ、食べ物が喉に詰まっちゃうカンジ!グエッてなるカンジ!」


「アタシは、胸のあたりがモヤモヤするというか……小さな鉤が引っかかってるような」


「ナンニモ シタクナイ ゴハン イラナイ」


「私は、とにかく頭が痛い。目の奥が常に重いね。投薬治療も意味がないようだし」


「わたしは、おなかが気持ち悪い。油飲んだみたい」


グランは、自分のみぞおちのあたりを、撫で回している。




みんな、それぞれ症状は違うらしい。


「なるほど……実際に不便があるわけですね。じゃあ、とりあえず調べてみますけど……あんまり期待しないでほし……」


キオの後ろの壁に、刃の長い出刃包丁が突き刺さる。

一瞬遅れて、キオの髪がパラパラ舞い落ちた。

アイリーンが、魅力的な笑顔で微笑む。


「頑張って調べてね」


「……やる気が、もりもり出てきました……」


トレイは、役に立たなかったようだ。






女神信仰において『密告』は、最大の禁忌だ。

どんな理由があろうとも、密告だけは許されない。

だから、彼らを密告することはできない。


このルールを、このときほどつらく感じたことはなかった。


「はうぅ……どうしよう……」


キオは、あてがわれた部屋で一人頭をかかえていた。


話を一通り聞いて、引っ込んだはいいが、全く医学的ことなんて分からないのだ。

対処のしようがない。


このままだと、本当に殺されるんじゃないだろうか……。


でも、とキオは思い直す。自分は青の女神様からじきじきに啓示を賜ったのだ。さすがに死にそうになったら、女神様がどうにかしてくれるだろう。


「それにしても……呪いの話なんて聞いてないよ……」


キオは、彼らの話をまとめたノートを開いた。




すなわち、6人の猟奇殺人鬼がそろって、青の女神に呪いをかけられたということ。


「悪いことを続けていると、心が鉛になる」という内容の呪いであること。


呪いのせいで、本当に体調が悪いこと。


彼らは、呪いをとく方法を知りたがっているということ。


呪いをかけられた理由は、彼らが悪いことばかり(ようは殺人を)していたからだということ。


どうすれば、治すこと――呪いをとくことができるのか。



「……殺人を止めれば治る気がするけど……」


しかし、妙なことがある。

ここ数日間、彼らはおとなしくしていた。なのに、不調のままであるという。

ということは、殺人を止めても治らないということになる。


それに、青の女神はどうして『よい方向に導け』などと言ったのか。

自首させなさい、なら分かるが、導け、なんておかしい。


よって、結論。


青の女神は、彼らの自首を望んでいない。


「たとえ自首をしても治らないってことだろうな……あぁ、もう……よい方向ってどんな方向だよぅ……」



キオは、長年の癖で、青の聖典をめくっていた。

困ったときは、そこに答えがあるような気がして、つい聖典を開いてしまう。


「鉛の心臓……どこかで聞いたような気もするんだけどな……司祭様にうかがってみようか」


さっきから『鉛の心臓』というフレーズが気になっているのだ。


適当にページをくっていた手が、はたと止まる。



開いたページにあるのは、『不徳なユール人』という題名の一節である。


キオは、その節をじっくり目で追った。



『あるところに、ふたりのユール人がいた。彼らは、旅人を襲い、金を奪い、数え切れないほどの嘘をつき、老人をだまし、女を犯し、神殿を省みることをしなかった。あるとき、偉大なる赤の神が現れた。神は言われた。「お前たちは、悪事をはたらいて、人々を困らせている。今までの罪を善行で悔い改めなければ、お前たちの心は硬く、冷たくなるだろう」


ひとりのユール人は、それを信じ、もうひとりのユール人は信じなかった。


信じたユール人は、これまでの不徳を反省し、十悪いことをしたぶん、千の善いことをした。


信じなかったユール人は、心の臓が鉛のように硬くなり、その痛みに耐え切れず死んでしまった』



赤の神とは、青の女神の兄とされている神族である。

戦いや勝利を表す赤の神は、青の女神の教えを書いた『青の聖典』にもたびたび登場する。

この話も、そのひとつなのだろう。



ひょっとして、これが呪いだろうか。


この節が示したい教えは、ふたつある。


ひとつは、「十悪いことをしたら、千の善いことをして、ようやく釣り合いが取れる」ということ。


もうひとつは、「どんな悪人も罪悪感には耐えられない」ということ。


キオは、青の聖典の注釈ページを開いた。この節に関して、ご丁寧にこんな文があった。


『どんなに不徳な人間でも、罪悪感は影のように付きまとい、罪に比例して膨れ上がり、その人間をとり殺してしまう。しかし、罪悪感は良心の表れである。赤の神は、ユール人たちの眠っていた良心を目覚めさせ、罪悪感の痛みを思い出させ、よい方向に導こうとしたのである』



白の大神の大聖典で調べてみると、同じ話が『鉛の心』と題されていた。


「ここを勉強したときに見たのか……」


普段は、青の聖典を使うから、思い出せなかった。


大聖典には、「良心は、他者への愛からはじまる。罪悪感を感じるというのは、他者への愛を感じる一歩でもある」と注釈がついていた。


「愛かぁ……」


いい言葉だなぁ……。


じーんと余韻に浸っていたキオは、はっと目を開いた。


「つまり……猟奇殺人鬼に愛を説かないといけないってこと……?」


無理な気がする。

というか、絶対無理だ。


それと比べたら、カメに挨拶を覚えさせるほうが簡単そうだ。カメだって、根気よく教えれば「おはよう」くらい言ってくれると思う。


でも、猟奇殺人鬼に愛を理解させ、善行を積ませるなんて不可能じゃないだろうか。


「……いやいやいや、そうでもないのか」


実際に、体の変調を訴えているということは、彼らのなけなしの罪悪感がうずいているということだ。なら、あの人間を人間とも思わず殺す猟奇殺人鬼たちにも、人並みの良心が宿っているということになる。


「……そう考えると、なんか、やれそうな気がしてきた」


意思の疎通は良好。


第一印象も(包丁投げられたけど)悪くなかったと思う。


キオは、ノートのスケジュール部分を開いた。


今月のボランティア活動をチェックした箇所だ。キオは、あらゆるボランティア活動に参加している。


それに彼らも同行させたらどうだろう?


「ゴミ拾い、養護施設訪問、介護体験……子供の世話なんてさせたら、一人残らず肉塊になってそう……高齢者はショック死してしまうかもしれないなぁ……」


忘れていたが、彼らは世界的に有名な殺人鬼だ。世間に面の割れていないジルやアイリーン、リジーはいいとしても、後の三人を連れ歩くのは危険すぎる。


「とりあえず、修道士の生活を実践させてみようかな」


キオは、嬉々として机に向かった。



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