第4楽章 修道士の聖譚曲
人波を潜り、辿り着いたダリ港は、思っていた以上の大混乱だった。
右へ左へと逃げ惑うもの、軍船の様子を見ようとするもの、それを遮ろうとする憲兵たち。
見物人が首を伸ばす先には、黒煙にまかれる軍船が浮かんでいる。水の上に浮かんでいる船が、燃えているのは、なにか不思議な光景である。
消火活動にあたっている県憲兵隊が、盛んに放水しているが、火はそれほど大きくない。まるで、すぐ鎮火することが分かっているような燃え方である。それよりも目にしみるような臭いと煙の量に問題がありそうだ。
「イヴァンナ!」
イヴの友人のひとりだろうか、派手な格好の少女が、人にもまれながら手を振っている。
彼女は、こちらに駆け寄ってくると、立てた親指を突き出した。
「ケンペー隊、ざまーみろだわよ!」
「なにがあったんですか?」
少女は、たった今気付いたように、キオを無遠慮に見た後、得意そうに続けた。
「よく分かんないけど、あたしたちは外に放り出されてたの。貨物船でなにか変なことがあったみたい。で、そのまま待ってたら、急に軍船が爆発してさ!みんな大騒ぎして逃げ出したわけ!」
ラッキー、と笑う少女に、キオは笑い返せない。
「キオ、どこ行くの」
更に奥へ向かうキオに、イヴが心配そうに声をかけた。
「すいません、先に戻っていてください!」
一言投げ、そのまま人を掻き分け進みながら、考える。
猟奇殺人鬼が、ひととき潜むところってどこだろう?
そうだ、殺人鬼は高いところから登場するんじゃないだろうか。フランチャコルタでは、ディーンは屋根の上にいたし、目線より高い場所は意外に見つかりにくい。
走りながら目を凝らし、倉庫の屋根を見ていくと、なにかが、するすると倉庫街に下りていくのが見えた。憲兵隊がいるF字埠頭をこそこそ抜け、倉庫通りを進む。
「……どこに入ったんだろう」
とりあえず、手近な倉庫から調べようと、鍵のかかっていない扉を探し、引っ張り開ける。
真っ暗な倉庫に一歩踏み出すと、足元から顔に目掛け、ステッキが振り上げられた。
「うおぁああ!!」
扉脇の暗がりから現れたのは。
「なんだ、キオか」
「ジル!?」
悪びれもせず、ステッキを手に取るジルは、片眉をあげ、ニヤリと笑う。
「脅かすなよ」
「ぼ、僕のほうがびっくりしましたよ!」
キオ!と叫びだしたいのを堪え、ディーンとグランも、影から進み出る。いつのまにか足元にはペーズリーも揃っており、猟奇殺人鬼って気配を感じさせずに登場できるんだなぁ、と場違いにもキオは感心してしまった。
倉庫の扉が閉められ、ジルが床の上に直接置いてある、溶けかかった蝋燭に火を灯す。
揺れる炎をぼーっと見つめていたキオが、はっと猟奇殺人鬼を見回す。
「みんな、なにをやらかしたんですか!軍船が爆発したって、外は大騒ぎですよ!」
元の調子を取り戻したのか、目元を引き締めるキオに、なんとなしに顔を見合わせる4人。
グランは、申し訳なさそうに目を伏せたが、ディーンは唇を尖らせ、キオから目を背けた。ペーズリーの耳も心なしか下がっているように見える。ジルでさえ、いつもの軽口を叩かず、キオの言葉を受けているのだ。
「おやおや、みんな、勢揃いしてるんだね」
振り向くと、アイリーンとリジーが入ってきたところだった。
トランクに入っていない状態の鎌は、刃渡りが1メートル以上あるようで、かなり凶悪だ。背後から差す倉庫外のライトでか、シルエットだけなら、まるで死の使いである。
対して、傍らのアイリーンは、暗がりでもわかる、素晴らしいプロポーション。
すんなりと伸びた長い足に、高い位置で締まっているヒップ、豊満な胸。まるで、服を着ていないような、分かりやすさで……あれ?
「って……なんで、裸ぁぁぁあああああ!?」
何故か全裸のアイリーンは、隠すどころか、仁王立ちである。
「いや、私は嬉しいけどね!」
ジルが、突然元気になった。しかし、アイリーンに叩かれる。
「寒いんだから、コート貸しなさい」
完熟トマトにも負けず劣らず赤くなったキオは、目線を外したまま、しどろもどろ。
「なな、なんで、服着てないんですか!」
「ちょっと、色々あって」
「なるほど、詳しく聞きたいな」
「ジルは会話に入ってこないでください!!」
キオの台詞は、再び鋭くなる。様子を伺っていたディーンが、たまらず割って入った。
「ねぇ、キオ、どうして怒るの?だって」
キオがお願いしたから、頑張ったのに。
ディーンの言葉を、キオが遮る。
「だって、じゃないですよ!なにかあったら、どうするんですか!」
「なにかって……もう、しっかりおおごとになってるけど」
軍船は爆発、北方貧民逃走、港は北も南も大混乱。
リジーは、キオの剣幕に、言葉の端を濁した。
てっきり、涙を流して感激すると考えていたのに、これはどういう状況なんだろう?
なんで、怒られているのか、さっぱり理解できない。
それは、他のメンバーも同じらしい。
想定していなかった説教モードのキオに、どう接していいのか分からないため、倉庫内は重苦しい雰囲気になっている。
「……船は、ああなったけど、別にそんな言い方ないじゃない」
アイリーンが食い下がるように呟くと、キオが厳しい視線を彼女に向ける。
「そうじゃないです!僕が心配なのは、そういうことじゃないです!」
つかつかと歩み寄るキオに、腰がひけるアイリーン。
「みんなのことですよ!みんなに、なにかあったら困るでしょ!?」
僕があんなこと言ったから。
車の中で軍船爆破の事故を聞いたときから、それを心配していたのだ。自分の不用意なお願いを、みんなが叶えてくれたのは、ものすごく嬉しい。
だけど、猟奇殺人鬼は犯罪者で、憲兵隊は正義の味方。水と油で、アイリーンたちが憲兵隊を避けたいのは当然なのに、あんなふうに言ってしまった。
捕まったら、殺されてしまうかもしれないのに。
「みんな怪我とかしてないんですか?憲兵隊にあんなことして、大丈夫なんですか?変なことされたんじゃないですか?なんで裸なんですか、もう……」
最後は、泣き声まじりになった。
アイリーンの腕を掴んだまま、キオは俯いている。修道服の下で、肩が震えていた。
「……なにもないわよ」
ややあって、キオにかけられた言葉の調子は、ひどく優しかった。
鼻水をすすりながら顔をあげたキオの額を指先で弾く。暗いせいで表情は分かりにくいが、アイリーンは、どこか面白くなさそうな顔だ。
キオの怒りが自分たちの行動についてではないと察知し、早速ディーンがキオの傍に寄ってくる。
やっぱり、キオは、いつものキオだ。
アイリーンは、なにかをごまかすように髪を掻き回し、フンと鼻を鳴らした。
「さぁ、帰るわよ、野郎ども」
多分、ものすごく照れて動揺しているのだろう、コートの前を閉めず外に出ようとしたアイリーンを、みんなが慌てて止める。
満足げに、それを眺めていたペーズリーは、最後に蝋燭の明かりをふっと吹き消した。
「あぁ、クソ!パンツまでびしょびしょだ!」
上着を絞り終え、頭を振るスコールに、マーナガルムがタオルを投げる。
軍船の消火活動が完全に終わったのは、深夜2時だった。火の回りや火力はともかく、煙と余計な人間のせいで、ずいぶんと手間取ってしまったのだ。出火元は、護衛船の船蔵にある綿火薬と少量のベンゾール、出火原因は調査中らしい。
火薬積載の危険物信号旗を挙げていなかったことで、また上から小言を頂戴しそうである。
「どいつもこいつも、手伝わないくせに、野次馬根性だけは旺盛で困るよなぁ」
ぶつぶつと、文句を言いながら、身体を拭っていたスコールの顔が明るくなる。
「お、大佐だ!」
ジェボーダンは、ほぼ無傷だった。赤頭巾遭遇から爆発まで、時間にすれば十数分あったし、いなくなっていた乗組員が、全員船の外に放り出されているのが分かったからだ。
赤頭巾は、なぜ、わざわざ自分にそれを教えたのか。乗組員に関しても、深手のものはいなかった。救いではあるが、違和感を覚える部分でもある。
一体、なにが目的だったのか、と考え込む彼に、明るい声がかかった。別働隊の指揮にあたっていたレトが、ジェボーダンに気付いたのである。
「大佐!ご無事でしたか!」
水に濡れたせいで、短い前髪が額に落ちたジェボーダンは、駆け寄ってきたレトの姿に一瞬言葉を詰まらせた。
「……レト……その格好は一体……」
ビリビリに裂けた憲兵服をムリヤリ胸に巻きつけているレトは、自分の格好に気付き、わずかに固まった。それから、真剣な眼差しはそのままに、頬を染める。
「大佐になら、いいんです!」
「…………えぇと……それで……一体なにが……」
実にさりげなく、目を逸らすジェボーダン。
「やっぱな!大佐は殺したって死なないんだって!」
スコールが、レトの後ろから割り込んできた。騒いでいると、混ざりたくなるのは、彼の性分である。憎まれ口を叩きあいながらも、しばし、お互いの無事を確認しあっているなか、レトがふいに言い出した。
「……大佐、ディトラマルツェンの笛吹き男伝説をご存知ですか?」
「なんだよ、急に?笛吹き男って、あの犯罪者のか?」
答えたのは、スコールである。軽く頷いたジェボーダンに、レトの声が張り詰める。
「私は、その笛吹き男に、出会ったのかもしれません」
「大佐」
言葉にしがたい奇妙な間を破ったのは、フェンリルだった。ダリの国家警察との話し合いが終わり、事後報告に戻ってきたのである。
「ただいま戻りました……それで、先ほどお伝えした侵入者ですが」
フェンリルは、そこで一度言葉を切った。伝えることを自分自身に、確認するように。
「間違いありません……あれは、グラン・ジンジャー・ボーデンでした」
フェンリルが言うに、彼は倉庫でグラン・ジンジャー・ボーデンと思しき不審者と交戦したというのである。そして、それにはレトまで理解を示した。彼女も笛吹き男の姿を甲板で見たと言い張るのだ。
「そんな、非常識な……こんなところに、殺人鬼が2人も…………あ」
煙で黒ずんだ憲兵服を叩いていたハティが、思い出したようにつぶやく。
「そういえば……私も不審者を見ました。たしか、猫みたいな人間で……えーと、猫の耳のついた袋をかぶっていたような……ひょっとして、あれは」
ハティの顔が、ゆっくりと青ざめる。
「おい、灰色の髪の女は?」
鋭く割って入ったのは、マーナガルムだ。
「そういう女の殺人鬼はいねぇか?」
「なんだよ、お前も、なんか変な奴見たのか?」
まぁな、とマーナガルムが舌打ちする。
「灰髪の女はともかく……その猫人間は、ペーズリー・ゲインかも」
レトがハティの考えを汲み取った。
「オレの相手は、金髪の男だった。多分、貴族じゃねぇかな……大佐は?」
「示し合わせたように、相手も6人だったようだな」
ということは、ジェボーダンも不審者と交戦したということか。
「赤頭巾だ」
「赤ずきん!?待った、待った!現役猟奇殺人鬼のビッグネーム総出演じゃないっスか!!」
グラン・ジンジャー・ボーデンはベイリア合衆国の怪物だし、ラトゥールの笛吹き男はディトラマルツェンの都市伝説、それにペーズリー・ゲインはルシウスダルマンの異常犯罪者で、赤頭巾はラ・マーモット出身の連続殺人鬼だったはず。
しかし、それが、何故ギルシアンブリジットに集まるというのだろう?同窓会か?
「あとの2人も殺人鬼だったりして……?」
スコールの冗談に、誰も笑わない。
レトも、にわかには信じがたいのか、しばらくたってから、口を開いた。
「つまり……4人ないしは6人の猟奇殺人鬼が、一斉攻撃してきたってことですよね?」
確認するように、ジェボーダンを覗き込むと、彼は深く頷いた。
「そういうことになるな」
いつから、猟奇殺人鬼は群れで行動するようになったんだよ。
「なんだ、それぇぇええええ!!??」
スコールの叫びが、その場の全員の心境を表していた。