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第4楽章 憲兵隊と船上のプレスト6番

貧民たちを外に出したハティは、逃亡者が出ないよう気を配っていた。


しかし、ほとんどの者は、寒さと空腹に逃げ出す気力もないのだろう。静かにうなだれている。


「これで、全部です」


憲兵に言われ、ハティは、はいはいと頷いた。


「じゃあ、人数確認だけ、しっかりやっといてください。船内はスコールたちが確認していると思いますけど、念のため」


今夜は、やけに冷える。薄着の売春婦たちから目を逸らすように、ハティは貨物船を離れた。


久しぶりに会ったブレーメンは、全く変わっていなかった。


元々、ハティは東支部、スコールは西支部、レトとフェンリルは南支部、マーナガルムは北支部にいたわけだが、巡り巡って全員が機動憲兵隊の尉官クラスになれた。


バラバラに点在していた5人が出会ったのは、数年前の北方暴動である。


その後、王侯たちは北方貧民を警戒し、警備体制の重点を北におくものとした。自然、機動憲兵隊の実力者は北支部に集められることになり、ハティもそれに名を連ねるはずだったが、少々身体を壊し、そのため、一旦東支部に籍を置いていたのである。


そんなハティが東支部にいた頃、風の噂で4人の活躍を知った。大盗賊団を一斉検挙したという事件――通り名「ブレーメン」の誕生となった話である。誰が考えたのか知らないが、なかなか言い得ているな、と、ちょっぴり淋しいながらも、頬の緩むハティである。


そのブレーメンがいるわけだからと、同窓会気分で暢気(のんき)に構えていたが、すっかり実地訓練の様相を呈している。


妙なことというのは、得てして連続するものなのだろうか。


ブレーメンから、なんの連絡も入らないのも、また気にかかる。


ブレーメンは仲間意識が強いわりに、それぞれ協調性に欠け、自立心と責任感が強すぎる。そのため、「自分から連絡する」という当たり前の行為を渋るし、ケンカをすれば相手が謝るまで許さない。ハティは、その緩衝材となることが実に多い。


しょうがない、今回も、こちらから、様子を聞こうか、と無線機を手に取り……ハティは、そのまま固まった。


「にゃーん」


すぐ横の積荷の隙間から、猫の耳が覗いている。


これは、別におかしくない。


しかし、猫の耳は、明らかに猫の頭より高い位置に生えていた。


これは、おかしい。


恐る恐る近寄ったハティの叫びを聞きつけ、憲兵が駆け寄ってきた。


「どうしたんですか!?」


「そこの隙間で、絶滅危惧種(ぜつめつきぐしゅ)みたいなのが、体育座りを!」


「す、すいません、意味がよく……?」


若い憲兵は、ハティの言い方に疑問符を浮かべた。見れば分かると背を押され、隊員もそろりと積荷の間を覗き込む。顔を戻すか戻さないかのうちに、ハティは尋ねた。


「やっぱり、絶滅危惧種ですか!?」


「……ないと思います」


ハティ(いわ)く猫人間は、隙間にすっぽりと納まったまま、出てこようとしない。仕方なく、なにかで突付こうと憲兵が、警棒を取り出す。すると、猫人間は、驚くべき速さで、倉庫の屋根に駆け上がった。


「フー」


威嚇している。


「おいで、おいで」


「……中尉……どう見ても怪しいですよアレ」


暢気に呼びかけるハティに、なんとなく気が抜ける憲兵。


西のスコール、東のハティといえば、機動憲兵隊のなかで「二大双璧」と名高いはずである。しかし、昼食のとき、おかずの量で文句を言っていたスコールも、今怪しい侵入者をかまっているハティも、とても「二大双璧」には見えない。


是非とも「北風と太陽」時代の伝説を聞きたかったのだが。


複雑な心境を抱えつつ、憲兵は、なおも手を叩いているハティに向き直った。


「あの、とりあえず、捕まえますか?」


「えぇ?あ、そうですねぇ〜」






倉庫の下で、ぼそぼそと話し合うふたりを、完全に無視しているペーズリーは、北方貧民たちの様子をじっと伺っていた。


「ゼンブ デル マツ」


ペーズリーは、北方貧民が全員出てくるのを、待たなくてはならない。


そうでなくては、騒ぎを起こす意味がないからである。


ペーズリーは、指折り、計画を反芻した。


まず、アイリーンが、北方貧民として憲兵隊に捕まる。その後を追えば、北方貧民を集めている場所が分かる。結果、合流先は、ダリ港となった。


次に、アイリーンからの合図を見て、ペーズリーも合図を送る。


みんなが、要注意人物を船から引き離す。その頃には、アイリーンがなにかしらの事件を起こして、貧民を外に出しているはずである。あとは、その貧民たちも、憲兵たちもビックリするような大騒ぎを起こすだけ。


そのパニックに乗じて、貧民たちも逃げるだろう。


ペーズリーは、計画の半分も理解していなかったが、とりあえず、合図を送ることは覚えていた。


「ノードヴェント中尉、214人、確認できました」


倉庫の下で、報告が聞こえた。どうやら、北方貧民を全員、集合させ終えたようだ。


ふんふんと頷いた後、ペーズリーは、ディーンから借りた笛を取り出した。


これが、最後の合図である。












「あ、あの運転手さん!もうちょっと急いでください!」


タクシーの後部座席から身を乗り出し、キオは運転手に訴えた。


あの後、なんの情報も持たないキオは、とりあえずイヴの泊まっていた宿に向かった。事件解明には、まず現場から、と考えたのである。残念ながら、宿のおかみさんは戻っていなかったが、向かいの店の人や近隣の住人に詳しく聞き込み、数分前にようやく有力情報を得た。


売春婦らを乗せたトラックが、ダリ港に集まっているのを見たと、通行人に聞いたのである。港で一晩明かすとは考えられない。ということは、彼らを乗せた船は、今夜中に出港してしまうはずである。


ひょっとしたら、もう出てしまったかもしれない。


どの経由で、どこに行くのか検討もつかないが、もし、ライラン経由なら……ライランはバヌティーラ刑務所がある「監獄郡」である。


まさか、いくらなんでも、いきなり放り込むことはないと思うが……それに、キオには、もうひとつ心配になっていることがあった。


言うまでもなく、猟奇殺人鬼たちが、自分を追って来なかったことだ。


もう仲間と認められている気分でいたが、ずうずうしかったかもしれない。帰りづらいことこのうえない憂鬱なキオである。


溜息をつき、後部座席に、背を預ける。隣に座るイヴは、初めての自動車に緊張していたが、今はおとなしく窓の外を見つめていた。


「ねぇ、キオ……なんか、やけに港に行く人が、多くない?」


そう言われれば、港方面へ向かう人が多い気もする。車内時計を見ると、夜の8時。港に向かうには妙な時間帯である。運転手もそう思ったのか、顔を出し、車の間をすり抜け走る、寝巻き姿の男に声をかけた。


「おい、どうしたんだよ」


「どうしたも、こうしたも!港に泊まってた軍船が、爆発してよ!今燃えてるらしい!」


「はあ?」


運転手は、助手席に置いてあったラジオのつまみを回し出した。その間にも、港への道を急ぐ人が増えていく。どうやら、本当のことらしい。


ダリ港は、大きな事件なんて起こったことのない管理の行き届いた港だ。それなのに、今夜に限って、爆発事件?


今夜に限ってダリ港で騒動 → しかも軍船 → 北方貧民取締りと関係アリ?


「運転手さん!僕たち、ここで降ります!」


今考えていることが、よい予想なのか、悪い予想なのか、判別できないまま、キオは運転席を激しく叩いた。







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