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第4楽章 憲兵隊と船上のプレスト3番

元々小さな避難港でしかなかったダリ港は、大掛かりな工事を重ね、ようやく今の状態になった。


部分的に不自然な形で、へこんでいるダリ港は、へこみの頂点から、左が北埠頭、右が南埠頭となる。ちなみに、F字桟橋は北側で、規模の大きな船舶を係船できる、唯一の桟橋であり、比較的新しい増設部分だ。


埠頭から、西がダリ・ボジョレ、東は銀氷海。


今、フェンリルたちがいるのは北埠頭、上空地図からみると上側にあたる部分である。


フェンリルは、数人の隊員をつれ、北埠頭の倉庫通りを進んでいた。港の奥ということもあり、立ち並ぶ倉庫の隙間から、わずかに対岸、南埠頭の船舶が見えるのみだ。


フェンリルは、強敵も、幽霊も怖くはない――ただ、暗闇は、あまり好きではない。


「ここは暗い」という状況から気を逸らせるため、フェンリルは頭の中を整理することにした。


倉庫通りに、見たところ、異変はない。


しかし、自分が追っている異変とはなんだ。


今、この港で起こっている変事は、マーナガルムの言っていた奇妙なライト、暴行された乗組員、軍船と連絡がとれないこと、あとは不審車両と、あの音か。


大佐は、侵入者がいると、お考えになっているのだろう。


だが、こんなところに侵入してどうなる。


今、出航できる船舶は、どれも憲兵隊が押さえているし、両岸埠頭からの船の出入りは禁止してある。白雪姫が、国外に出ないように。


だから、今、こちらの北埠頭にあるのは、憲兵隊の船と、運べないほど大きな積荷と、北方貧民だけだ。なのに、なにが目的で、どんな人間が侵入するというのだろう。



ガラン



静かな倉庫通りで、それはやけに大きく響いた。全員、足を止める。


先には、倉庫の番号プレートを照らす明かりがあるため、視界は悪くない。だが、先で聞こえた音の正体は分からない。


「な、なんでしょうね、さっきの」


怖気づいた憲兵のひとりが、言うか言わないかのうちに。



ガン!ガン!ガン!ガン!



ドラム缶かなにかを、叩いているような音が後に続く。フェンリルは、何も言わず、その音を追った。


なにかが、こちらの注意を引こうとしている。


反響してか、右へ左へと跳ね返る騒音。音がふいに遠くなった。

耳だけを頼りに、倉庫に挟まれた道を走りぬけ、別の道へ飛び込む。


飛び込んだ途端、待っていたように、すぐ別の脇道で音が大きくなる。遠くなったり、近くなったりを繰り返し、何度か音が消えかける。そのたびに、道を戻り、耳を澄ます。


しかし、ひときわ、大きく打ち鳴らされたのを最後に、今度こそ、音は完全に聞こえなくなった。


同じような倉庫が、同じように並ぶ道は、まるで迷路だ。プレートを見るに、周りのものは仮置きのための倉庫であろう。左右に目を走らせるが、誰もいない。


まるで、最初から妙な音などなかったように、倉庫は静かに佇んで、通りを照らしている。


フェンリルは、とりあえず倉庫の鍵をチェックしていくことにした。そこに、さきほどの何者かが潜んでいるとも限らない。


夜を四角く切り取る、大倉庫の前を、ひとつひとつ回っていく。204、205、206……小さな明かりに浮かび上がる、倉庫番号。


「ん」


D−212倉庫の鍵を見て、フェンリルは細い眉を吊り上げた。


「……これは、元々こういう形なわけじゃないだろうな」


「……えぇと、ひしゃげてますね……」


5センチはある分厚い鉄板が、歪む?


「あ、ありえないですよね……」


憲兵が、はは、と乾いた笑いを漏らす。及び腰になる憲兵たちをよそに、フェンリルはシャッター脇の扉を押し開けた。


隅のほうに、もやもやと物が置いてあるが、明かりが届かないため、よく見えない。本当は入りたくないフェンリルだが、そこはなんとか我慢し、中に足を踏み入れる。


212倉庫は、もう積荷の搬送を終えたのか、がらんとしていた。


とはいっても、憲兵数人の小さなライトでは、全体を見ることはできない。


「別に、なにもないみたいですけど」


憲兵の言葉に、そうだな、と振り向き、そのまま言葉を失った。


憲兵を抱えたまま、振り下ろされた拳を、すんでのところでかわす。


「…………ッ!?」


なんだ、あれは。


フェンリルは、自分の眼球が捉える光景を信じられない。






目の前にあったのは、見上げるような闇だった。






闇は包帯をまとい、無感情な1対の瞳で、こちらを見下ろしている。


大風が薙ぎ、フェンリルは、それを受け止める。巨体の男の一撃を、警棒一本で受けただけで、彼の膂力(りょりょく)が知れる。だが、警棒の方が持たない。力を右に受け流し、左側から爪先を脇腹に入れる。


先と底に鉄板が入った憲兵靴は、それこそ骨を砕くほどの威力があるはずだ。


だが、大男は、声ひとつたてない。


がら空きの腹へ、拳を叩き込まれそうになり、フェンリルは素早く距離をとった。


手に残る警棒は、歪んでいる。もう一撃加えられたら、へし折れるだろう。受け止めた手も、鈍くしびれている。




相手は素手で警棒を折る、自分の得意な武器がない、しかもここは暗い。


なんというか……チョー不利ではないだろうか。




スコールが好んで使う言葉を、胸中でつぶやく。


しかし、長い黒髪からのぞく瞳に揺らぎはない。大男から目を逸らさず、フェンリルは傍に転がっている憲兵に、すばやく耳打ちした。


「おい、お前の警棒よこせ。奴の気を逸らしておく間に、外に出て、大佐に連絡しろ」


足止めできないようなら、扉を閉め、自分と相手だけにしようかとも思ったが、あの鍵を壊した相手だ。シャッターくらい突き破るのではないだろうか。


相手は、半分闇に飲まれたまま動かない。


フェンリルは、それを不気味に思った。


今こそ、攻撃の機会だったと思うのだが。


憲兵が大男の脇を大きく迂回し、走って出て行く。奴はそれを、ただ目で追っているだけ。


なんだ?なにか待っているのか?


フェンリルは、いっそ無防備ともいえる動作で、大男に近づいてみた。


相手は、こちらを見つめ、なにか考え込んでいるようにも見えた。


その様子を、どういえばいいのか。ちょうど、子供がマーケットの棚で、どのお菓子を買おうか悩んでいる図とでもいえばいいだろうか。

こっちのチョコレートがいいかな、それともあの飴玉がいいかな――


突然、拳が振り下ろされる。彼は、慌てて、その場から飛びすさった。突拍子の無い行動に、いささか混乱しているフェンリル。


奴の考えていることは全く分からないが、ひとつ分かったことがある。


一貫性のない攻撃、妙な間――相手には、こちらを殺す意志がない。殺す意志がないのなら、どうにかなる。こっちは殺そうと思えば、殺せるのだから。


フェンリルは、呼吸を整え、体勢を低く構えた。まだ、床で腰をぬかしている数人が、静かに沸く。刃を突きつけられたような、鳥肌のたつ感覚――相手の喉元に喰いつく前の狼。


普段の得物よりリーチが短い分、やや踏み込みが深く必要だが、あの鋼のような身体でない部分を突くだけなら、警棒で十分だ。


場に充満する、ただならぬ殺気に、大男は……







なにを思ったか、ポン!と手を叩いた。







なぜか、フェンリルには、相手の声が聞こえた気がした。


うん、このお菓子にしよう!





どすどすどすどすどす





バタン





「………………」





ガチャン





「…………しまった……」






しっかりと鍵を掛けなおし、グランは、ふうと一息ついた。


無理やり元に戻した鍵は、さきほどより無残にねじれている。これは、余程強力なペンチでもなければ開かないだろう。だが、とりあえず今は、あの相手を閉じ込められれば、かまわない。


グランは、みごと、無傷のままブレーメンのひとりを、船から引き離したのである。





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