表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/84

第4楽章 ギルシアン憲兵隊の行進曲

年末に手を付けられなかった大掃除は、思ったとおり新年にもつれ込んだ。


クリスマスから『太陽の園』を行ったり来たりだったので、年越しらしいことがなにもできなかったのだ。


みんな年末の大掃除という習慣がなかったのか、ジルなぞ「掃除なんて自分でやるものじゃないしー」と、とんだお坊ちゃんぶり見せた。しかし、住人が住人だけに、ハウスキーパーを呼ぶわけにもいかない。


結局、新年が明け、そろそろ店も開き始めた頃、キオは猟奇殺人鬼たちを追いたて、大掃除に乗り出すことになったのである。




だが、ジルの屋敷の掃除は、思いのほか難航した。


まず、広すぎる。一階の窓拭きだけで、どれだけの日数がいることやら。


そして、汚すぎる。最初、廃墟と思ったほど、屋敷のあちこちは手付かずだ。


挙句、協力者の非協力。みんなが、ちゃんと掃除しないのである。


「……どうして、リジー、セーラー服なんですか」


「えへへ、似合う?」


プリーツの多いスカートの端をつまんで、リジーがくるりと一回転する。さっきまで、2階の廊下を掃いていたはずなのに、もう飽きたらしい。


「いや、なんで、そんな格好を……」


「ジルが、これ着て罵ってほしいって頼んできたから」


あぁ……そうなんですか。


なんだか、なにもかもがイヤになっちゃうキオである。


「ホントは、キオに着て欲しいみたいだよ」


無論、知っている。ジルが親切にも、クリスマスプレゼントとして置いておいてくれたからだ。


その日のうちに、処分した。


「リジー、オプションはやっぱり学生鞄か?」


くだんのジルが、衣装を抱え現れた。ムダに爽やかなのは、罵ってもらった後だからだろうか。聞きはしないキオである。


「いや、ここはあえて、口にくわえた食パンだろう」


「なるほど」


「なるほど、じゃないですよ!新しい物語を作んないでください!」


「王道に王道を重ね、されど全く新しいタイプの恋愛バトルロワイヤル。元気いっぱいで、ちょっぴりドジな平凡少女が、恋し、成長し、大量殺戮を繰り広げていくんだ」


「それ、どんなシナリオですか!?恋と成長の後、主人公に一体なにが!?」


「ところで、キオ、謎の転校生やらないか?平凡少女の最初の犠牲者」


「絶対やりません!!」


掃除をさせていたのに、いつのまにかこんなことになっている。キオは、ジルとリジーの悪ふざけペアを叱り飛ばしながら、衣装の陰干しを命じた。


その後ろを、ディーンが駆け抜けていく。


「ねぇ、ペーズリーの部屋に巣があるよ!みんな見にきてよ!」


「アンタは、自分の部屋をなんとかなさい。わけわかんないガラクタばっかりじゃない」


「あれは、オイラの宝物だよ!」


ちなみに、彼の言う宝物の多くは、実用性皆無である。


「アイリーンこそ、役に立ってるのか立ってないのか分かんない、ヒモみたいなパンツ捨てればいいのに」


「あ、やっぱりアンタだったのね!アタシの下着で古新聞まとめといたのは!」


「だって、ちょーどいい長さだったから」


ふたりのやり取りは、物の投げあいに発展しつつある。止める気力はない。


包帯に覆われた手が、キオの肩を優しく叩く。


「ああ、グラン……大丈夫だよ。ただ、ちょっと疲れ」


振り向いた先に、全身白い紙まみれの物体が立っていた。その下から、「にゃーん」とくぐもった鳴き声が聞こえる。


ペーズリー……トイレットペーパーで遊ぶのは止めなさいって、あれほど……。


買ったばかりのトイレットペーパーは、哀れな姿になっている。その後ろでグランが、伸びきったペーパーを巻き直していた。


キオは、その場に倒れたい衝動をなんとか押しとどめる。


「はいはいはいはい!おしゃべりもケンカも終わり!せめて今夜眠れるように、ベッドだけでも確保しましょうね、みなさん!」


トイレットペーパーの巻き直しに手を貸しながら、ふとそれを見下ろす。


昨日のことを思い出しているのだ。


路地裏に駆け込んでいく後姿。あの薄い背中。


数年前、北方の慈善活動に向かったときは、もっとひどい生活状態の人を見たことがある。


そのときは、持っているものを一切合財与えていたが、同じ場にいた修道士から苦い顔をされた。


なにかやったら、またそれを目当てにされる。その場限りの施しなんて、かえって堕落を誘うだけだ、と。


「……なんにもあげないより、ずっといいと思うんだけどな」


そう考えてしまうのは、僕が、まだ浅はかなんだろうか。そもそも、持っている物を持ってない人にあげるだけで「ほどこし」なんて言葉を使うのもイヤだ。「だらく」という言葉も嫌いだ。同じ人間がどこへ落ちるって言うんだろう。



そうだ、一体どこへ落ちていくっていうんだろう。



どこへ。







「……ねぇ、病院連れて行かなくていいかしら」


「今日一日様子を見て、熱が下がらなければ連れて行けばいいだろ。一番近い病院どこだったかな」


大掃除の最中、キオが、ぶっ倒れた。


慌てて部屋に担ぎいれたところ、頬も額も熱く、どうやら風邪をもらってきたようだ。


「年末忙しかったし、昨日も薄着で出歩いてたんだから、こうなって当然よ。全く世話が焼けるわ」


言いつつも、食欲のないキオのために、喉に通りやすいものを選ぶ手つきには余念がない。


少々心配だが、キオの面倒をディーンたちに任せ、アイリーンとジルは再びダリに来ていた。ルベルコンティにある店は、一般的な価格でないうえ、あって当然の食材が置いてなかったりする。手間はかかるが、ダリに来たほうが安く、いい食材を手に入れられるのだ。


「そもそも、あの修道服がダメなのよ。あれってちっとも防寒性がないもの」


アイリーンのブツブツ言うのを聞き流し、傍らでステッキをもてあそんでいたジルが、ふいに視線を滑らせる。


硬いブーツで石畳を踏む音が、穏やかな昼下がりを破ったからだ。


カフェで文学論議に興じていた若者も、買い物を楽しんでいた婦人たちも、ベンチでくつろぐ二人の老人も、ふと口をつぐんだ。


みなの視線の先にいるのは、二列縦隊になった白い制服の男たちだった。


それぞれ腰に細身の警棒を下げており、彼らの胸元を飾る、狼の銀細工は、日差しにギラギラと輝いていた。


明るい舞台に似合わぬ突然の闖入者に、居心地の悪い沈黙が流れる。


しかし、招かれざる役者たちは、そんな雰囲気など察せないかのように、広場を横断している。


街の住人たちは、それぞれ遠巻きに、その一団を目で追い、姿が見えなくなった途端、ヒソヒソと囁きあい始めた。その様子から、彼らが歓迎されていないことが読み取れる。


ジルの背中越しにうかがっていたアイリーンも、なんとなく緊張していた全身を緩めた。


「なにさっきの……ずいぶん物々しいわね」


「あぁ、アイリーンは知らなかったのか。あれはギルシア国家憲兵隊のクロムニーチェ・ブランカだ」


陸軍、海軍、空軍に次ぐ第4の軍隊。それこそが、数年前までギルシアン騎兵隊と呼ばれていた、ギルシアン憲兵隊である。


「実際は、爵位すらない傭兵上がりの集まりなんだけどな……なかには、過去が身綺麗でない人間もいるらしいが……」


しかし、なぜこんな街中に。


憲兵隊は、人口が1万人以下の地方で、警察業務に当たるのが通常だ。都市部の地域は、国家警察が仕切っているはずである。だからこそ、ダリで憲兵隊を見たことはなかった。


「なにか面倒ごとでも起こったのか……?」


行使権は、警察よりもずっと強い憲兵隊だ。力ずくで問題を解決するには、もってこいの集団――つまり憲兵隊が都市部に駆り出されるのは、それくらい厄介な事件でも起こったときに限られている。


「お祭り騒ぎに浮かれて暴動でもあったのかしら?でも、そんな事件が起こってたら、新聞に載るわよね」


あるいは、載せられないほどのことがあったのか。


ジルは、しばらく憲兵隊の消えた先を見ていたが、ややあって小さく息をついた。


「とりあえず、グランたちを連れてこなくて正解だったな」


「それは言えてるわ」




改めて見た平和な風景は、どこか白々しかった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ