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第3楽章 長靴を履いた猫の夜想曲

「はい、ごはんですよ」


ペーズリーは、器に入った泥団子をじっと見つめている。


「ゴハン チガウ」


「おままごとなんだから、しょうがないでしょ?」


ペーズリーは、ふんふんと頷き、泥団子を食べるマネをした。


「ヤッパリ ゴハン チガウ」


再び、ぼそりとつぶやくと、


「ペーズリーは、赤ちゃんなんだから、そんなにしゃべっちゃダメ」


なんて、怒られてしまった。


『太陽の園』の中庭の一角で、ペーズリーは女の子たちに混ざって、ままごとに付き合わされていた。いまいち状況が分かっていないのか、分かったうえで参加しているのか、はっきりしないが、それなりに溶け込んでいる。


「さ、赤ちゃん、もうネンネしないとダメよ」


無論、ここでいう赤ちゃんとは、ペーズリーのことである。


「ネムイ ナイ」


ふるふると首を振るが、女の子は近くにあるベンチにベッドの演出を施し始めている。






ペーズリーは、熟睡したことがない。


いつも浅い浅い眠りを、少しずつ、味わうだけ。


彼は、地下墓地で産まれた。母親が死んだ後の5年間も、そのままそこで過ごした。どこかから入り込んでくる蛇や虫を食べ、水路で喉の渇きを癒した。


そして、聞き取れないほど細いヒソヒソ話――死体たちの密談に、耳を傾ける。


それが、ペーズリーの生活のすべてだった。



はじめて見た、生きている人間は、臭いが濃かった。それに、ベタベタして気持ち悪かった。目がギョロギョロ動き回るのも、唾液で唇が濡れているのも、肌が生暖かいのも嫌いだった。そして、ペーズリーには、「他の人間」という概念が圧倒的に欠如していた。ペーズリーにとって、自分と周りの生きた人間は、全くの別物だったのである。


なのに、ペーズリーを墓場から引きずり出した連中は、彼を人間のあふれる施設に放り込んでしまった。ベッドや乾いた服を与えられたが、そんなものはひとつも欲しくない。


あの、しん、とした墓場の空気が恋しかった。外の世界は明るすぎるし、落ち着かない。


施設の子供たちは、ペーズリーを気味悪がった。


大人たちも、関わりたがらなかった。


かくして、彼は病人として、シオウルの精神病院に隔離されることになったのだ。


狭い空間、淀んだ空気、かすかに漂う死臭。


病院のなかは、墓所の雰囲気に似ていて、居心地は悪くなかった。


だが、ときおり現れる白い服の人間が、なんだかんだと踏み入ってくるのは我慢ならなかった。だから、針のついた道具で人間の目を潰し、そこから逃げ出した。


墓地へ戻ろう。


自分だけの世界へ戻ろう。






「はい」


置物のように、じっと動かないペーズリーの前に、小さな包みが置かれた。


「これ、キオとアイリーンが作ったんだって」


ペーズリーは、匂いを嗅いで、つまみ上げた。


「マドレーヌっていうの!ペーズリーも食べてみてよ」


貝殻の形をしたそれは、甘く、柔らかく、いい匂いがした。


もそ、とかじりとる。


「アマイ」


ジャングルジムの近くに立っていたウサギが、シートに連れられてきた。


中身は、もちろんグランである。前回のクマの着ぐるみは、彼が引き裂いてしまったので、キオが教会から新しい着ぐるみを拝借してきている。ピンク色で、腹と口元が白いウサギは、小さな子供を踏み潰さないよう慎重に歩みを進めている。


なにしろ、彼の周辺は護衛隊のように、子供が隙間なく群がっているのだ。


動きのひとつひとつから、グランの戸惑いが見てとれる。


「やれやれ、子供は、どうしてこうムダに元気なのかね」


女の子数人に、手を引かれ、金髪の男が現れた。珍しいことに、毛織をベースにした軽装である。だが、女の子ばかりに囲まれているというところは、ジルらしい。


ペーズリーが、マドレーヌの包みを示してみせる。


「あぁ、さっきもらった。まぁ、食べられないことはなかったな」


お得意の片眉をあげた、皮肉っぽい表情。


「何言ってるの。おいしいって褒めてたじゃない、おじちゃん」


「もっと、作ってくれればいいのに、って言ってたじゃない」


左右にいる少女に、すかさず突っ込まれ、ジルは眉を下げた。


「別にマズイだなんて言ってないだろう。そんな揚げ足ばかりとらなくたって――」


「ルナちゃん、あたしたちもおままごとに入れてよ」


人の話を聞けよ、とジルがこぼす。


「じゃあ、マリアちゃんたちも家族を作ってよ。で、お隣さんにしよう!」


「それよりさぁ、ボクたちで町を作らない?」


グランの腹をなでていた男の子が、提案した。


「このなか全部が町なんだよ!ボクたちの町!ボクたちだけの!」


手をいっぱいに広げ、太陽の園をぐるりと指す男の子の言葉に、集まった子供たちは色めきたった。


「町?それってステキ!」


「じゃあ、道を作らなきゃ!大きな大きな道!」


「それと、お店も!」


「じゃあ、ジャングルジムを森にしよう!ライオンが住んでるような森」


「中庭の池を海にしようよ!幻の金魚がいるんだ!」


「名前はどうする?」


「そりゃあ、太陽の園町だよ、だろ?」


「すごく大きな町になるよ!」


口々に意見を言い、それぞれ準備に走っていく。



綺麗な石や貝殻を集め、宝石屋になる子。


調理室のボールを被って、森の探検隊になる子。


木の枝を並べて、街道を作る子。


長い紐を輪にし、船や電車に見立てる子。


太陽の園町のシンボルマークを考える子。



見たことも聞いたこともない、こんな町。


こんな、住んでいる人みんなが楽しそうな町。


一見、綺麗な町も、裏を返せば汚いものがいっぱい。


ペーズリーは、それを知っている。






ハカモリ。


ペーズリーに革靴をくれた人。


正確には、革靴を残してくれた人。


ハカモリは、みんなの嫌われ者だった。




ルシウスダルマンの首都バールから西へ20キロ程度。


そこがシオウルだ。


御殿や教会など、観光名所の多く点在するシオウルは、どこもかしこも美しい。通りに面して洗濯物を干すなど景観を乱すものは、都市条例で取り締まられているため、ますます作り物めいた美しさが際立つ。路地裏一本でも、絵画のモチーフに十分な街。


数百年前まで、首都だった栄華が、あちこちに残っているのだ。


首都がバールに変わったとき、王城や本教会もそちらへ移ったが、ひとつだけ首都に移らなかったものがあった。


処刑場である。


10年前に公開処刑が廃止され、今はシオウルのいい名所となっているが、昔はそこで確かに人が殺されていたのだ。海外からやってきた連中は、処刑場跡を訪れ、お互いに突付き合い、はしゃぎあい、無知加減を露呈している。


ペーズリーは、そこで人が殺されるのを何度か見たことがある。


殺していたのは、ハカモリだ。




ハカモリは、墓守であり、処刑人だった。


身分の低い人間に押し付けられる、死の淵を覗く役目。処刑人の子供は、処刑人にしかなれない。墓守も例に漏れず、否応なく、その仕事に就かされていた。


ハカモリは、処刑の前には必ず酒を飲んでいた。たっぷり酔ったあと、処刑人の黒いマスクを被り、ギロチン台へ向かう。


酔いすぎて途中で吐いてしまったり、時間に間に合わなかったり、ギロチン台に寄りかかって眠ってしまったこともある。


そうしないと殺せないんだ、とハカモリは言っていた。


大犯罪者の処刑ならまだいいけど、教会がでっちあげた無実かもしれない女性の処刑なんか怖くてたまらない。


みんなが、俺を睨むんだ。


俺のせいじゃないのに。


何も話さず、そちらを見もしないペーズリーに、彼は延々話し続けていた。


怖い、怖い、と。






公開処刑最後の日、ハカモリは、彼の商売道具で、首を落とされた。



月のない夜の出来事だった。


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