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第3楽章 醜いアヒルの子の夜想曲

ようやく森の奥で見つけた、目当ての木。


モミの木。


グランの頭より少し高い、2メートル程度の若い木だ。


これなら、あの施設の遊戯室におさまるだろう。


グランは、屋敷の倉庫から拝借してきた鋸を、木に当てて引き始めた。


単調な作業。


しかし、無表情な大男は、どこか楽しげだった。






「これが、グランの名前のつづりですよ」


キオは、『グラン・ジンジャー・ボーデン』と書かれたページを指し示した。


グランは、太い指でノートの上の文字をなぞっている。彼は話すことができないのか、話さないだけなのか、言葉を発しない。不便だと思ったキオは、彼に筆談を覚えさせた。


グランは、鈍い動作からは想像できないほど物覚えが早く、1週間で200以上の単語を覚えるまでになった。文法は、まだまだ不安定だが、絵本などを読ませれば、そのうち感覚がつかめるようになるだろう。


「……?」


ふいに、キオの袖が引っ張られた。


図書館で借りてきた絵本を見ていたグランが、ノートになにか書いている。


『どうして こんなはなしを かくの』


キオは、彼の手元を見た。分厚い手に乗せられてる本には、「みにくいアヒルの子」と書かれている。


アヒルの夫婦に、一匹のアヒルの子が生まれた。しかし、その子は他のアヒルの子たちとは似ても似つかないほど、みにくかった。家族みんなに仲間はずれにされ、旅に出たが、あちこちで大変な目にあう。しかし、冬が終わってみると、アヒルの子は美しい白鳥の姿に成長していた。誰もが知っている有名な童話である。


「この話、きらい?」


グランは、一文字一文字ゆっくり書き込んでいく。


『うその はなし』


「ウソって、どういうことですか?」


『みにくいアヒルのこは みにくいアヒルのこじゃなかった』


醜いアヒルの子は、本当は白鳥だった。


『だから しあわせになれた』


白鳥の子供だったから、綺麗になって、幸せになれた。


もしも、みにくいアヒルの子が、本当にみにくいだけのアヒルだったら、この話はハッピーエンドにならない。こんなのはおかしい。


元々、幸せになることが約束されているなんて、おかしい。


グランの不器用な字が、ゆっくり綴られていく。


『ほんとうに みにくいアヒルのこは しあわせになれない』


だから、この話はウソの話だ。


「そんなことないよ」


キオが、グランの大きな背をなでた。


「僕は、そう思わない。アヒルの子はさ、綺麗な白鳥になったことが幸せなんじゃなくて、誰かに認められたことが幸せなんじゃないかな。どこにいてもいじめられてたから、白鳥の仲間になれたのが嬉しかったんだと思うんだ。アヒルの子って、旅の途中でおばあさんに会ったよね」



旅の途中のこと、氷の上で動けなくなったアヒルの子は、優しいおばあさんに助けられた。温かなスープと毛布で、みるみる元気になったアヒルの子は、おばあさんに感謝する。結局、意地悪な猫に、その家を追い出されてしまうけれど。



「このおばあさんの家にいたときも、きっと幸せだったと思うよ。白鳥じゃなくて、みにくいアヒルの子のままでも」


グランは、鉛筆を持ち替え、言葉を選びながら字を書いた。


『みにくくても しあわせって こと?』


「幸せって、ひとつしかないわけじゃないからね。これを見て」


キオが引っ張り出したのは、大きなダンボール箱。中には、たくさんの飾りが入っていた。


色とりどりの玉飾り、サンタクロースの人形、金色の縁取りがある赤いリボン、しましま模様のステッキ。クリスマスツリーに飾るオーナメントだ。


「どれもキレイだよね。グランは、どの飾りが好き?」


グランは、しばし悩んだすえ、可愛らしい天使の人形を選んだ。


「じゃあ、ペーズリーは?」


「コノ フサフサ」


ペーズリーは、ツリーにかける銀色の房飾りを選んだ。


ディーンは、キオに聞かれる前から、大きな星の飾りを手に取っている。


「ほら、みんな、それぞれ好きなのを選んだ。みんな欲しい物が違うんだよ」


どういうこと?


「みんな欲しい物が違うってことは、みんな欲しい幸せが違うってこと。例えば、お金がたくさんあるのが幸せな人もいれば、家族と一緒にいるのが幸せっていう人もいる」


キオは、葉っぱが取れかかったリンゴの飾りを、接着剤で直し始めた。


「ドーナツが好きな人はドーナツを毎日食べられることが幸せだし、アイスクリームが好きな人は夏も冬もアイスクリームを食べることが幸せなの」


グランは、包帯の奥で、目を伏せた。


「ごめん、分かりにくかったかな。僕のたとえがおかしいかも」


グランは、ふるふると首を振った。


なんとなく、分かったような気がする。


「だからね、綺麗になって、空を飛んでいくことだけが幸せなんじゃないと思う」


キオは、ボール箱のオーナメントを直しながら、グランをそっと窺った。


「グランは今幸せ?」


『分からない』


紙に書かれた文字を見て、キオはゆっくり頷いた。


「じゃあ、僕と一緒に探していこうね」


自分の幸せ。


『キオの しあわせは なに?』


キオは、顎に手を滑らせ、少しうなった。


「そうだねぇ……笑ってることかな」


笑ってること。


「いっつも心の底から笑ってられたら、幸せだなぁ」


グランは、キオの言葉の意味をじっくり考え始めていた。






キオの持っていたオーナメントは、教会が他所の家からもらってきたものだ。だから、少々古い物が多く、飾るためのヒモが切れていたり、わずかにヒビが入っていたりする。キオは、昼間それをせっせと直していたのである。


そして、そのときに、こぼしていた。


オーナメントはたくさんもらえたけど、飾る木がないなぁ、と。


グランは、モミの木を倒したあと、縄でゆっくり引きずって帰った。誰もいないか確認し、玄関ホールに運び込む。


「グラン!」


表情にこそ出ていなかったが、グランはかなり驚いた。広い肩越しに、紫色の帽子が覗いている。ディーンは、伸び上がるようにしてモミを見上げた。


「それって、クリスマ――!」


グランは慌ててディーンの口を押さえた。ホールは声がよく響く。普通にしゃべるだけでもそうなのに、ディーンにしゃべらせたら間違いなくみんな起きてしまう。


そもそも、ディーンがどうして、まだ起きているんだろう?


寝静まったのを見計らって、出てきたのに。


グランの表情を読み取ったのか、ディーンは歯茎を出して笑った。


「あのね、キオに内緒でオーナメント直しといてあげようと思って、起きてたんだ。ついさっき全部終わったとこ」


声をひそめたまま、ディーンは、足元のダンボール箱をつま先でついた。


「ねぇ!これ、ちょっと飾ってみない!?」


今から飾るの?


グランは、困惑した顔で、モミの木を持ち上げている。


「オイラ、ツリー飾るの初めてなんだよ〜ちょっとだけ飾ろうよ〜」


ディーンは、グランの腕にまとわりついて離れない。


グランは少し驚いた。ディーンが、クリスマスをお祝いしたことがないと言ったからだ。


だが、ディーン本人は気にもせず、ダンボール箱を胸に抱え、オーナメントをどこで飾るかと考えを巡らせている。


「とりあえず、モミの木を隠さないとね。オープンテラスなら、いいんじゃない?」


ふたりは、キオの部屋の前を足を忍ばせて通過し、お皿のような花鉢やガラスの花器を踏まないよう、壁に木を立てかけた。切り口を麻布で包んであるから、床を傷つける心配はないだろう。外ではちょうどよいサイズに見えたが、部屋の中にいれると、結構迫力がある。

余分な枝を簡単に落とし、ちょっと離れて眺めてみる。


うん、悪くない。


ディーンは、奇声をあげ、ツリーの真横にある棚へ飛び上がった。


「グランも、一緒に飾ろう!」


頭から銀紙に彩られた房飾りが降ってくる。


しょうがないなぁ。


グランも、小さなハープの飾りを取り出し、モミの枝に引っ掛けた。



しばらく黙ってツリーの飾りつけに没頭していたが、「ねぇ、グラン、オイラ思うんだけど」と、ディーンが唐突に切り出した。


「やっぱり、キオは魔法使いだと思うんだ」


どうして?


「だって、オイラはクリスマスパーティーが楽しみなんだ」


グランは、少し首をかしげた。パーティーが楽しみなことと、キオが魔法使いだということとが、どうつながるのかグランには分からない。


「みんなで楽しいことをするっていうのが、楽しみなんだよ。ひとりじゃなくて、みんなでするってことがね」


あぁ、なるほど。


「それに、子供と一緒でも嫌だと思わないんだ。ペーズリーも、ジルも、アイリーンも、リジーも、グランも、みんな嫌いだったんだけど、今はそうでもないしね」


グランは、いつになく真面目なディーンの声に、作業の手を休めた。


「これって、多分キオのせいだと思う」


それは、グランもなんとなく感じていたことだった。



キオが来てから、なにかが、どこかが違ったように思う。


かつての自分は、生きた人間が視界に入ることが、許せなかった。ひらりひらりと飛び回る紫色の鳥男――目の前にいるディーン・クレンペラーに、かつて何度大鉈を振り下ろしたことか。そのとき一太刀で首を掻き切ってやろうと、どれだけの殺意をこめたことか。


グランは、ジルやリジーのように、殺す過程を楽しむ性癖は持っていない。だから、人殺しはできるだけさっさと切り上げる。ただし、絶対に逃したりしない。


グランは、みんなが嫌いだった。あらゆるものが憎くて仕方なかった。


笑って、歌って、踊って、不道徳な行為に憧憬を抱いている連中。なにも考えてなさそうな顔で、楽しそうにしている連中。殺戮本能とでも言えばいいのか、そういう類の人間を見たとき、どうしようもない怒りにかられてしまう。腹の奥が燃え上がるように熱くなり、その衝動に突き動かされるまま死体の山を築いてしまう。




いつだったか、キオは言った。


『どうして、そんなに殺したの?』


そう尋ねられた途端、なにかを見失ってしまった。


『殺したかったから?』


心底、不思議そうに繰り返して聞かれ、グランはますます困惑した。殺したかったから殺したのか、と問われれば、そんな気もする。


『分からないのに、殺したの?』


キオが、どことなく悲しそうな顔をする。


鳩尾がシクシクと痛んだ。自分がやったことが、キオを悲しくさせている。


悪いことをしたときには、なんて謝るんだっけ?


「グラン、てっぺんの星、飾ってよ」


ふいに声をかけられて、グランはびくりと震えた。


「あり、ひょっとして、目開けたまま寝てた?」


寝てないよ、ディーン。


首を振って、そろりと星をのせる。


月の光に照らされて、特大の星は眩しいほどに輝いている。




こうやって星を飾ったことがある。


もう随分、昔。


あの狭い家と母親だけが、自分の世界の全てだった頃。


世界が自分を受け入れてくれないと、まだ知らなかった頃。


自分が化け物と呼ばれてしまう前。


10回目のクリスマスをお祝いする前。


そして、大好きだった家も母親も、燃えてなくなってしまう前のことだ。


あの火のなかで味わった熱さと、人殺しをしているときの熱さは、とてもよく似ているかもしれない。




星を見ているグランの肩を、ディーンは軽く叩いた。


「キオ、びっくりするよね!」


キオが、びっくりする。


グランはその様子を思い描いた。そのときのキオの表情が、台詞が、目に浮かぶ。


きっと、キオは『すごい!』っていうだろうな。


棚に座ったまま、ディーンはご機嫌で笑った。


「きっと、すっごく、すっごく驚くよ!」


ぼくも、そう思う。


「ね、白い布かけて隠しとこう!で、明日見せようよ!」


グランは、適当な調度品の布を引っぺがし、モミの木に被せた。


倒れないように、適当な支えもつけておく。


「明日が楽しみだね!」


グランは、そっと頷いた。







「ねぇ、なにがあるの?」


ディーンとグランに連れられ、オープンテラスにやって来てから、キオは3度目の同じ質問をした。


朝食の準備をしていたキオは、キッチンに現れたふたりの姿に驚いた。木々の間を流れる朝靄が見える、そんな時刻に起きてくるなんて珍しかったからだ。

しかも、いいものを見せたいから、一緒に来てほしいという。


朝から、ビックリさせられることが多い。


こんなに早くに起きてるなんて、明日は雪かもね。


フライ返しを持ったままのキオは、そうひとりごちた。


「ねぇ、いいものって何?ヒントくらいくれてもいいのに」


「ダメダメ、まだ目閉じててよ!」


キオは目隠しをしたまま、おとなしく待った。閉じた目の奥に、ほの赤い光が見え、頬が暖かくなった。朝日が昇り始めたようだ。


「いいよー」


ディーンの声に目を開けると、それと同時に白い布がゆるく輪を描いて床に滑り落ちた。



現れたのは、深緑。


オープンテラスの天窓から差し込む朝日に、鮮やかな原色の残像が閃いた。


聖夜を表すティアティラの星が、白の大神の居場所を囁いている。


零れ落ちる御言葉は、あらゆる形の幸福となって人々に降り注ぎ、黒の女神も夜の闇で暖かく明かりを包む。


6柱の神々が、祝福の音楽を奏で、世々の栄光を歌う、幸福と永遠と――家族の象徴。



キオは、口をあんぐりと開けたままだったが、すぐに満面の笑みを浮かべた。


「すごい!どうしたのコレ!すごいねぇ!」


はしゃいでフライ返しを取り落とすキオに、ディーンとグランは、目配せした。




あぁ、本当だ。


笑うって幸せだね、キオ。



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