表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/84

第3楽章 青髭公の夜想曲2番

「ジルに会いたがってる子がいましたよ。よかったですね、友達ができて」


キオにそう言われたのは、多分金曜日だ。先々週の。

あの施設に行って、次の日に言われたから。


「会いたいって、だれが?」


「『太陽の園』の女の子ですよ。昨日行った施設の」


「今日も行ったのか?」


「子供が増えちゃったから、シーツ縫うお手伝いしてるんですよ。今度、バザーもやるから準備が必要だし、あと聖夜祭の計画立てたり、他にもいろいろ」


「それは、忙しいことで」


「バザーでは、焼き菓子を作って売ろうってことになったんですよ。でも、結構難しくって……手芸作品よりは簡単だと思ってたんですけどね。去年は、手作りのポストカードだったんですよ。でも、子供たちは売り子より、バザーのお店を見てばっかり」


「だろうな」


あんまりキオが嬉しそうに言うものだから、ついつられて笑ってしまう。

いつだったかアイリーンも言っていたが、キオは本当にいつも楽しそうだ。





どうかしてる。


思わず自嘲する。


なにを思い出してるんだ、自分は。

避け続けていたくせに、今更。

キオは、何度も私を、あの施設に連れ出そうとしたろう。

誘いを断り続けていたのは、自分だろう。





キオが目を腫らし、帰ってきたのは、つい数時間前のことだ。

掠れた声で、マリアが死んだ、とだけ聞かされた。


「少し前から調子が悪かったから……気付いたときには手遅れだったって」


オウゼ感染症は、免疫力が極端に低下する。普通の風邪でも命に関わるというが、それにしてもこんなに早く死んでしまうものなのか。


彼女が、まだ小さな子供だったからか、それとも、十分な治療ができなかったからか。それは分からない。分かっているのは、死んだということだけ。


「死んだのか」


もう、死んでしまった。

あっけない。

こんなにもあっけない。


「……じゃあ、もうあそこにはいないんだな」


当たり前だ。

死んだのだからいるわけない。

もういないんだから。

世界中探したって、もうどこにもいないんだから。


ふと、キオは、持っていたカバンを探った。


「これ、ジルにって、預かってきました」


手渡されたのは、折りたたまれた紙。


そこには、桃色のドレスを着た少女と金髪の男が描かれていた。

子供独特の描きようでか、花も太陽も鳥も笑っている。

色の足りない虹はこすれているが、空はどこまでも青い。


そして、少女も男も幸せそうだった。


……私は、もっと足が長いぞ。


思いながら、紙をまともに見られない。なぜなのかは分からない。

あの安っぽい指輪は、どうなったろう。


「……もらってやればよかったな」


「え?」


「なんでもない。ちょっと気分が悪い」


以前なら、もっとうまい言い訳が思いついたろうに。

そう言って、逃げるように部屋に戻ってしまった。





『猟奇殺人鬼は、過去を振り返らない』


これは誰の台詞だったか。


「……猟奇殺人鬼は過去を振り返らない」


口の中で、小さくつぶやく。

一拍遅れて、誰もいないはずの談話室で、少女の声が後を継いだ。


「未来に希望を持ったりもしない」


暖炉の明かりが届かない先に、赤いフードを着た影がちらついた。


「……デジャヴだな」





初めて会ったときも、突然だった。

ロンダリング公国のウィラにいた頃だから、2年前か。

いつの間にやら、部屋の影に、赤い死神がいたのだ。ちょうど今のように。


死神は、長椅子に寝そべったまま無言を守るジルに対し、少なくともこちらは初対面であるにも関わらず、顔見知りのような気安さで声をかけてきた。


「やぁ青髭公、黒髪も似合うな」


一言めから不愉快な奴だ。


「なんの用だ」


「おやおや、それがレディに対する態度か」


「なら少しは淑女らしく振舞ったらどうだ」


「なるほど、一理ある」


死神は、ニヤリと笑った。ますます不愉快な客だ。

部屋には明かりひとつなく、相手の纏う深紅だけが、淡い暗がりに浮かび上がっている。

ジルには、それも目障りだった。

女の悲鳴や柔肌の余韻は、暗闇でこそ、生々しく思い描けるというもの。


「ところで青髭、あの女はどこだ?」


「あの女?」


「あの黒髪の連れだ。どこにやった」


ジルは、片方の眉を綺麗に吊り上げた。


「あぁ、お前の獲物だったのか……」


やはり、知らない土地で蒐集品を探すのはよくないな。


ジルが、ボトルから直接ワインを飲み下すと、白いシャツに赤い染みが広がった。


「もう殺した」


面白くもなさそうに、無造作に。

しかし、ジルの台詞に相手は驚きもしない。相手も同業者だからだ。


「そうか」


「何かに使いたかったのか」


「あの黒髪を水の流れに見立てて、作品の添え物にしたかったんだ。まぁ、別のを探すか」


こいつの言うことはよく分からない。別に分かりたくもないが。


客人は、出窓を開くと、身を乗り出した。その背を見るともなしに声をかける。


「……私を、殺していかないのか」


「殺して欲しいのか?」


頭巾の下で、唇が笑みの形に引きあがる。


「同業者のよしみさ」


「ふぅん、意外に心が広いんだな」


「次は殺すけど」


「黒髪を狙わなければいいだろう。あれは私のだ」


ジルの横柄な態度に、赤い頭巾を被った死神は、声をたてて笑った。


「なんで、そう黒髪の女が好きなのかねぇ?」


黙り込んだジルに関係なく、彼女は実に楽しげだ。


「あぁ、それとも」 少女の言葉は続く。


「黒髪の女が――」





パチリと火が弾け、その拍子にジルは薄く目を開いた。

炎が、暖炉の中で穏やかに燃えている。


「なぁ、リジー。あのとき、お前はなんて言ったんだっけ?」


ジルが視線を向けた先には、まだ赤い影が――リジー・ドットが佇んでいる。


馴染まないと自分でも思った。

今はキオがいないのに、赤ずきんを『リジー』と名前で呼ぶなんて違和感がある。


「あのときって、どのとき?」


気配で分かる。相手は、あまり機嫌がよろしくないようだ。


「初めて会ったときだから、2年前かな。ロンドにいた頃だ」


「覚えてないな。それより夜中にガサガサとクズ入れなんて探って、何してた?」


「いや、別に」


「様子を見にきたら、天下の青髭公が、なにやら物思いに耽ってるじゃないか。何してる?」


「だから、まぁ、その」


暖炉の火に、ジルの指が光った。


「それは?」


リジーは、ジルの左手に目を向けた。装飾品を付けるのを好まないオトモダチの指で、金色の光が反射している。ジルは、少々ばつが悪そうにリジーをねめつけた。


「別になんだっていいだろ」


「なんか、いいものか?」


ジルの態度に、ますます興味をそそられたらしい。リジーの視線は、右手に隠された左手から外れない。教えるまで、張り付いていそうな様子だ。

ジルは、観念し、手の甲をリジーに示した。


「つい先日、プロポーズされてね」


リジーは、物珍しそうに寄ってきたが、目当ての左手中指を見て首をかしげた。


「そのときの婚約指輪だ」


ジルの言葉に、不思議でたまらないという顔でリジーが問う。


「……この金モールが?」


ジルは笑ったまま、なんとも答えなかった。

声が詰まって、答えられなかった。







いつもなら断る施設訪問についてきてしまったのは、どういう気持ちの変化だろう。


まったく……なにもかもに感傷的になってしまっているな。


ジルは、小さく息をつくと、以前も入った部屋――マリアに出会った部屋に入った。


あのときと同じ部屋の様子。

あのときと同じ子供の群れ。

あのときと同じ――「あ、おじちゃーん!」――マリア。



「………は?」



ジルは、足元に寄ってくる少女を素早くかわすと、隣で手を振るキオに詰め寄った。


「ちょっと来い!」


キオの襟元を捕まえて、物陰に引きずってくる。


「おい、どういうことだ!?生きてるじゃないか!」


キオは、きょとんと目を丸くした。


「生きてるって……誰が?」


「マリアが!お前もさっき見ただろ!?」


「マリアちゃん?……えぇと、どういうことですか?」


「どういうことですかってなんだよ!つい昨日『マリアが死んだ』って言ってたじゃないか、お前!」


キオは、思い当たるふしがあったのか、あぁ!と手を打った。


「ひょっとして金魚のマリアのことですか?」


「き……」


金魚?


「マリアちゃんが、去年のバザーでもらったから自分の名前をつけてたんですよ。でも、死んじゃって……多分寿命だろうとは思うんですけど……僕も世話してたから、悲しくって」


キオは、持ってきたハンカチで鼻をかんだ。


軽い目眩を覚え、ジルは額を押さえた。


「なら……なんでお前が、マリアの絵を預かってきたんだ?金魚が死んだ日に」


あのタイミングで渡されたら誰だってマリア(人間の方)が死んだと思うだろう!


キオは、ハンカチをしまい込みながら、心底不思議そうに眉を下げた。


「え?あれは、たまたまというか……絵が完成したけどジルが来ないから、かわりに渡してくれって頼まれたんですよ。だって、いくら誘ってもジルが来ないから。あれ?僕そう言いませんでした?」


言ってない。いや、さっさと自室に引きこもったジルが聞かなかっただけだ。


「そんなこと、全然一言も……おかげで俺は、お前……」


彼らしくもなくしゃがみこんで、なにやら口の中でつぶやくジルを、キオは覗き込む。


「……ジル、ひょっとしてマリアちゃんに、なにかあったと思って、ショック受け」


「黙れ」


間髪入れずに、一言。


……なんで嬉しそうなんだ、お前。


恨めしげに見上げると、キオがなぜか顔を輝かせている。キオは、不良息子が初めて親孝行したときの母親みたいな顔で、ジルの傍にしゃがみこんだ。


「僕の言葉が足りなくってすみません。でも、ジルが心配してくれたって知ったら」


「心配なんてしてない」


「きっとマリアちゃん喜び」


「言うなよ絶対」


「……ねぇねぇ、ナイショの話?」


なんで子供は人が話してるときに、横から顔突っ込んで、混ざろうとしてくるんだろう!


「マリアちゃん、あのね、ジルおじちゃんがね」


「キオ!!」






帰ってきてからも、ジルの機嫌は最悪だった。憮然とした表情のまま、キッチンの一角に陣取っている。その後姿に、声がかかった。


「ねぇ、聞いたよ、ジル」


青い瞳が、冷ややかにリジーを見る。普通の人間なら、傍に寄るのも躊躇うだろうが、リジーはまったく意に介さないようだ。そのあとを、ペーズリーがやって来る。


「聞いたって、なにがだ」


「ついに開けちゃいけない扉を開けたって」


「なんの話だ?」


「小児愛好は犯罪だよ」


リジーは、人の傷口を抉るのがとても上手い。

そういえば、昔から、初めて会ったときから、上手かった。


「……誤解だ」


「まぁまぁ、いいんじゃない?恋は障害があるほど燃えるっていうし。ね、ペーズリー?」


ストローでジュースをすすっていたペーズリーは、仮面の奥でパチパチとまばたきした。


「コドモ スキ ジル ハンザイシャ」


それだけ告げ、ジュースを持ったまま、ぺたぺたと退室していく。

残されたリジーは、猟奇殺人鬼赤ずきんの顔で、ジルを振り返った。


「婚約指輪ねぇ。なるほど、ノロケだったわけだ」


「誤解だと言ってるだろう」


「神妙な顔して、何を悩んでいるのかと思えば、愛しの彼女が死んだことを(うれ)いてたんだね。いや、泣かせるじゃないか」


「だから、そうじゃなくて……」


「で、なんだっけ?その彼女は、えーと、金魚なんだっけ?」


この野郎……。


ジルは、もう、ぐうの音も出ない。


羞恥心で顔が熱くなる。


昨夜の自分の憔悴振りを、よりにもよって、リジーに見つかるなんて。あまつさえ、こんな悪魔みたいなサディストに、一時の気の迷いとはいえ、心を許しそうになるなんて。


確かに、あのときは無防備だった。


たかが、子供ひとり死んだくらいで、取り乱し……いやいやいや、そんなはずがない。


取り乱した?私が?数多の女を手玉にとって、言葉どおり思うまま支配してきた。少し気のある台詞を吐くだけで、一晩限りでさえ望んで伽に上がる女は数知れず。

猟奇殺人鬼『青髭公』として相手にした女たちも、なんなく落とし、無論私が選んだわけだから標準を高く上回る獲物だったが、まったく惜しまず殺せた。


……だというのに、昨夜の失態はなんだろう!


あんなガキが死んだ程度で、屋敷中の心当たりのある屑物入れをひっくり返し、金モールの指輪を探し回ったなんて……しかも、赤頭巾の前で……うああ、思い出したくない!


ジルは、元々自己愛と自尊心の塊のような高慢極まりない男だ。他人に弱みを見せるなんて、もってのほか。相手を見下すのは彼のごく自然な姿勢。そして、自分は常に完璧でなければならないと思っている――身だしなみも、立ち振る舞いも、獲物の殺害方法でさえ。



静かになったジルの肩を、トドメを刺した張本人リジーが、軽く叩いた。


「愛は、種族の壁も、年齢の壁も越えるってわけか。見せ付けてくれるな、色男」


リジーは、冷蔵庫から牛乳を取り出し、そのままキッチンを出て行こうとする。

背を向けたまま手を振り、最後のスパイスも忘れずに。


「結婚式には是非呼んでくれ、青髭」


キッチンの隅でうずくまった青髭公は、静かに決心した。


とりあえず、呪いがとけ次第、キオと赤頭巾は抹殺しよう、と。


正直、しばらくは誰とも会いたくないジルだった。




「ジル カッコワルイ」(ペーズリー談)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ