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第3楽章 修道士の独奏

「誰かに親切にしてもらったら、ありがとうございます。では、相手に悪いことをしてしまって謝りたいときには、なんていうでしょうか?」


寸分たがわぬ6人の声が、ひとつの単語を導き出した。


「死ね」


キオの手から、ノートが滑り落ちる。


「な、なんで!?悪いことしちゃったのに、なぜなおも執拗に攻撃するんですか!ほら、最初に『ご』がつく言葉ですよ」


「ごはんですよ?」


「なんで突然オカンになるんですか!?」


冗談で言っているのか、本気で言っているのか。


それが分からないから猟奇殺人鬼は性質が悪い。


「小学生でも分かりますよ?ほらほら、みんな考えて!」


「アヤマル コト ナイ」


「今後あるかもしれないじゃないですか……少なくとも遺族の方には、謝らなくてはならないと思いますよ……」


「殺人鬼が憎いなら、遺族が殺しに来ればいいのよ。人殺しの謝罪なんてなんの意味もないわ。アタシは殺したら、殺されても文句言わないわよ。だから、人を殺しておいて、生きて償いますなんて言ってる奴を見るとムカムカする」


アイリーンの言葉に、ジルも頷く。


「そうだな、被害者の人権を踏みにじっておいて、自分の人権は守ってもらおうとするなんて虫がよすぎる。本当に償う気があるなら、できるだけ苦しんで死ぬべきだ」


なんかよく分からないけど、猟奇殺人鬼には猟奇殺人鬼の暗黙の了解があるんだろうか。


「だから謝ったりしない、一生」


なんで、そういう結論になるんだろう。


「一流の猟奇殺人鬼は、そうなんだよ。よーく覚えときなさい、キオ君」


リジーが勝ち誇ったように言うが、一体なにに対して勝ち誇っているのか分からない。


そこで猟奇殺人鬼たちは首を傾げた。


キオがノッてこない。いつもなら、「それはなんていう常識ですか!?」とかなんとか突っ込んでくるキオは、複雑な表情でノートを拾っている。


殺人鬼たちは、それぞれそっと顔を見合わせた。






つい昨日、キオは青の教会に出かけた。司祭に導き手としての経過報告をしようと思ったのだ。キオが啓示を受け取っていることを知っているゼペット司祭は、キオの報告を穏やかに聞いていたが、最後に「馴れ合いではなく、導きが必要なのだ」と諭した。


馴れ合いという言葉を使われたとき、キオは小さな鉛玉を飲み込んだような気分になった。


彼らには馴れ合いも必要だと、キオは思っている。全然知りもしない相手から「お前らを導くから、オレについて来い!」なんて言って、素直に付いてきてくれるわけない。


だから、まずは歩み寄ることにしたのに、あんなふうに言われると、なんだか悲しかった。




キオは、ついでにデュッセルオーヴの図書館にも赴き、期限の迫っていたビデオを返し、猟奇殺人事件を取り扱った研究書籍を探し回った。


これは、かねてより考えていたことだが、キオには彼らの情報が少なすぎる。今のままでは導くのに不便だ。生い立ちまでは分からなくてもいいから、せめて彼らの関わった事件を詳しく知っておく必要がある。コソコソ人のことを嗅ぎ回っているようで忍びなかったが、彼ら自身に聞くのも悪い気がし、独自で調べることにした。


彼らの名前が出ている本を数冊と、新聞記事を印刷し、図書館を足早に出る。


なんだか、司書に変な目で見られていた気がする。

修道士が、こんな類の本を大量に借りていけば誰でも不審に思うか……。


バスに揺られながら、少し気が重いキオである。




右よし、左よし。


屋敷の前で、キオは、周囲に人影がないか、入念に確かめた。


別荘地だから普通の時期に人は住んでないと分かっていても、なんとなく確認してしまう。


誰もいないのを見ると、門扉の脇にある通用口から、ジルの屋敷内に入った。ここに帰ってくるという感覚には、まだ慣れない。


昼間見るジルの家は、文句なしに大貴族のおうちである。まず敷地のなかに湖がある。お金持ちの考えることって、分からない。多分自動車で乗り入れるためだろう、中央に大きな鉄の門扉があり、街道と見まがう広い道が屋敷の入り口に続いている。キオが、初めて来たときに使った入り口は、どうも中央玄関ではなかったらしい。


高い煙突が特徴的な外観は、教会建築の流れを受けているのだろう。主屋の左右には、パヴィヨンと呼ばれる翼屋がある。屋敷を正面から見ると、ちょうど鳥が羽を広げたときのような形をしているのだ。


完全なシンメトリーの庭園は、残念ながら荒れ放題だが、自然風景庭園の要素を取り入れているのか、洞窟風な地下室も完備されている。城館裏側には野外舞台まで備えてあるのだから、驚きだ。


ジルの屋敷は、横に倒した8の字を描いていて、交わった部分が玄関ホールとなっている。そこに左右対称に5階までの吹き抜け階段があり、それより上の階は8型の頂点と底辺に位置する別階段を使う。ただし、使われることは全くない。掃除が行き届かず、2階より上はほったらかしだからだ。


玄関ホールから、右廊下を行くと、客間がいく部屋も並び、奥が食堂。左廊下を行くと、元使用人室、少し離れてキッチン、枯れたハーブが溢れるオープンテラスとなる。3階以上には、音楽室や、図書室まであるらしい。さらに4階には、宙に浮く渡り廊下があり、裏の別棟に続くが、もうそこからはキオも知らない。


「ジルもメイドさんくらい雇えばいいのに」


掃除すれば、きっとすごくキレイなお屋敷だろうに、もったいない。


子供の頃は、こんなお城みたいな家に憧れたものだが、今は不便さも十分理解している。

なにしろホールからどこかの部屋に入るまで寒い。




家の中で白い息を吐きながら、右側廊下の部屋の扉を開ける。多分、元々は談話室だったのだろう。大きな暖炉やいくつものソファがあり、テレビもある。ちょっとしたテーブルゲームを楽しむためか、大きめの丸テーブルもある。他の飾り棚は、白い布をかけられたままだ。


「ただいま帰りました」


この部屋には大抵誰かがいるので、キオは、帰ってきたらまずここを覗くことにしている。


「キオ!お土産は?」


暖炉の前でクッションに埋もれていたディーンが、いそいそ寄ってきた。


「ちゃんと借りてきましたよ。3巻でよかったんですよね?」


最近のディーンのお気に入りは、正義の味方が、いたずらばかりする悪者をやっつける、というストーリーのアニメだ。これを見せているうちはディーンが静かだと、他の殺人鬼たちにも好評である。


ディーンとペーズリーとグランは、さっそく並んで鑑賞する構えだ。


「今日の分の聖書読みました?」


「あとで!」


「あとであとでっていつもやらないじゃないですか」


「あとで絶対読むから!」


もう、こうなったらテコでも動かない。


キオは、頭をかくと、自室に戻った。




キオの部屋は、1階左廊下の使用人室だ。ジルはどの部屋でも好きに使えと言っていたが、キオは迷わずここにした。キッチンが近いし、一番落ち着く。

なにしろ、どの部屋もキオには広すぎる。


「はー寒かった……」


暖炉に火を入れ、一息。なにか温かいものでも飲もうかな、と本をパラパラ眺めていて……キオは、そのまま、そこから動けなくなった。

ページをめくる手は震えたし、唇は知らず引き締められている。


もはや、認めざるを得なかった。


自分は、彼らのことを知らなさすぎた、と。


新聞記事では、配慮され、控えめに書かれていたことも、本にはすべて載っていた。

事件の詳細な経緯、見つかった被害者の様子、遺族の声、殺人鬼たちの残忍さ、読み進めるのが怖いほど、歪んだ真実。


本当は、もっと早くに調べるべきだったのだろうが、キオは知りたくなかった。


人殺しだと、再確認するのが怖かった。自分の身の危険がどうとかではなくて、どんなに彼らがいい人であったとしても、罪のない人々の命を奪ったことには間違いない、と突きつけられるのが怖かったのだ。


被害者のなかには、まだ年端もいかない子供もいたし、結婚を控えた女性もいた。生前の写真のなかで、被害者が笑っている。彼らを知らないライターたちが、唯一の武器を使い、猟奇殺人鬼がいかに残忍な連中か、あらゆる悪口の限りを尽くし書き立てている。


鬼畜、人間とは思えない所業、冷血動物、感情を持たない、化け物、悪魔……。


自分のことを言われているわけでもないのに、キオは胸が痛んだ。




そうじゃない、と言いたい。


キオは、猟奇殺人鬼としてではない彼らもよく知ってしまったから。


でも言えない。


犯した罪は本当のことだから。




フランチャコルタの一件で、キオは彼らが、ただ悪い人間ではないということを身をもって知った。アイリーンはたまたまだと言っていたが、助けに来てくれたことに間違いはないだろう。しかし、どんなにお礼を言おうと思っても、彼らはさらりと受け流してしまう。


感謝されるのが嫌なんだろうかとも思ったが、どうも照れているだけのようにも見える。


ごく普通の人たちなのだ。


「ありがとう」と言われ慣れていなくて、つい憎まれ口を叩いてしまうような。


本の中の彼らは、まるで自分の知らない人間だ。

もし、キオが彼らのことを何ひとつ知らずにいる一般人のままであれば、殺人鬼を敵とみなし、周囲の人と憤り、殺人鬼の捜索を、排斥を、死刑を望むことができただろう。


だが、今のキオには、それもできない。


自分は彼らのしたことから目をそむけ、調子を合わせていただけかもしれない。


それでは、馴れ合いととられても仕方ない。


「僕って、なんにもできてないな……」


キオは、そっと本を閉じた。

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