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和解

 悪魔だ。

 図体のでかい男手に持っていた袋を放り出して、俺にゆっくりと向かってくる。

 その魁偉を纏った姿は、不良というより野蛮な刑事と言われた方が納得できる――そんな呑気なことを考えている場合ではない。


 自然と足が震える。


 いける。

 さっき、悪魔を倒してきたばかりじゃないか。


「ふぅぅ」

 深呼吸をして、心を落ち着かせる。

 落ち着かないが。


「いくぞ」

 そう、自分の言い聞かせて、公園の柵を飛び越えて、自ら男の方に向かう。

 距離が狭まる。

「ふぅ、ふぅ」


「仲間を助けたかったら、俺を倒してみろよ」

「分かってるよ」

 近くで見ると、更にでかく見える。

 こんな、人に擬態した悪魔など、居るのか?


 大丈夫だ。俺ならできる。

 昨日も倒した、さっきも倒せた。

 今だって倒せるさ。


 足元から乱れたリズムで鼓動が刻まれる。

「ふぅ、ふぅ」


 怖え。


「あ、あああああああ!」

 情けない声を上げながら、俺は思い切り殴りかかる。しかし、俺の拳はいとも簡単に止められた。


 パン!


 爽快な音がして、ぶわっと下から風が吹き抜けた。

「は?」

 刹那、でかい図体が吹き飛んだ。


「っしゃあぁ!」

 嬉しさのあまり、声を上げていた。

 でかい図体の男が立ち上がる。


 よし、ここで畳み込んでいくぞ! 


「もしかして、お前、死人か?」

「だったらどうした」

「一旦、落ち着こうぜ。声が震えてるぞ」

 人の形をしているからだろうか。人の形をしているものを殺すというのが怖いのか。


 しかし、こいつは悪魔だ。人じゃない。


「ふぅっ」


 落ち着け。 

 落ち着いたら――走れ!

 落ち着いてないが。


「あ!」

 敵の懐に無謀に突っ込んで行った俺が大馬鹿だった、待ち構えていた拳が頬に直撃した。

「あああああああああああ」


 痛え!


 俺の身体は上空に飛んだ。

 下に家々が見える。


 いや、そんなことより、姿勢を直さないと――悪魔が!


 しかし、悪魔が追いかけてくる気配はない。


 あれ?


 疑問符が浮かんできたところで、俺は落下して、屋根に激突した。

「いてええ」


 心臓がバクバクいっている。

 痛みで冷静になってみると、今迄自分がしてきたことが嘘みたいだ。

 アクションヒーローか? 俺は?


「はぁはぁ」

 立ち上がると、瓦が何枚か割れていた。


「あ、すみません!」

 ――一体、誰に謝ってんだ。


 忍び足で、屋根から飛び降りて、小道に出る。

 辺りを見渡すが、悪魔の姿はない。それどころか、人の影すらない。

「おい!」

 体が反射的に跳ね上がった。

「人の話聞けよ」


 悪魔の方を向く。

 いつの間に現れた?

「俺も死人だよ」

「え?」

 なんだって?

「だーかーら、俺も死人だよ」



 彼と戦闘になった経緯を説明しよう。

 まず、集合場所を公園に設定し、自分は昼飯を買いに行くことに――一方、彼の友人は公園で俺に絡んでいて、そこを五十嵐という優しい少年が颯爽と登場し、悪者をやっつける。


 昼飯を買い終えた彼は、集合場所であった公園に向かう。しかし、そこには倒れている仲間が!


 そして、五十嵐が彼に向かい、返り討ちにあって、気絶。


 五十嵐の力が尋常じゃないと思った彼は、こいつ等はもしかして悪魔なのでは? と思う。すると、倒れている仲間の魂は地面の下に行ってしまって、帰らぬ人になってしまったと勘繰る。


 しかし、彼はその時点でも、まだ半信半疑で、考えることや驚愕や悲しむこともできない内に場面が移り変わっていく。


 そして、俺のパンチを受けたときに新たなる可能性を考えた。


 こいつらも死人なのでは?


 しかし、俺が次の攻撃を繰り出してきたので、咄嗟に拳を突き出して、吹き飛ばす。

 つまり、ほぼ俺たちが悪いのである。

 最初に絡んできた彼の仲間は完全なる悪者だとしても、彼に何ら非はなかった。


 因みに、彼の名を東雲裕次郎(しののめゆうじろう)と言う。



 東雲は高笑いした。

「ああ、おもしれ」

「そんな笑えることか?」


 俺は顔を顰めて、東雲に言った。

「しかし、プライベートで二人の死人に会うなんてね」

 五十嵐が苦笑しながら言う。先ほど、起きたばかりなのに、爽やかさは健全である。


「俺だって吃驚したぜ」

 東雲はそう言うと、また大笑いした。


「しかし、東雲はいい奴そうなのに、なんでそんな奴と絡んでんだ? 別に人の関係にどうこう言うつもりはないけどさ」

 俺が尋ねると、東雲は木に凭れ掛かっている仲間を見て、

「不良の方が色々と役に立つんだよ。まあ、漫画に喩えるのならふだつきの――」


「ごしゅじんさま」

 何処からともなく聞こえた声が、東雲の声を遮る。


 顔を上げると、白に身を包んだ小柄な少女が立っていた。いや、少女と言うより、幼女だな。

 白く、長い髪の毛は日光が当たって、ふわっとした感触が手に伝わってきそうである。


「おい、リリス。ご主人様は恥ずかしいから、やめてくれと言ったろう?」

 五十嵐が立ち上がって、少女に駆け寄る。

「ごしゅじんさま」


「まあ、いいや。なんでこんなところに居るんだ?」

「ごしゅじんさまが出ると言って、帰って来ないからです」

「そうだったな。ごめんな。じゃあ、僕は先に帰るよ」


「じゃあな」

「じゃあな」


 

「翔はどうする? これから。飯でも食いに行かね?」

「俺も部屋に神を待たせてるから、帰るわ」

「そうか。またどこかで会えるかもな」

「おお、じゃあな」


「じゃ」

 東雲に背を向けて、俺は走り出した。

 少し長居してしまったな――リンは大丈夫だろうか。



「ふぇぇぇ、寂しかったぁ」

 帰ってくるなり、俺は少女に抱き着かれた。

「リン、ちょっと! 離れて」

「なんで長い間、独りにするんだよぉぉぉ」


 ちょっと! 

 ちょっと!

 まさかこいつノーブ――。


「すみません! すみません」

 俺はなぜか必死に謝っていた。

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