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喧嘩

 リンは今、シャワーを使っている。


 少女は今、シャワーを使っている。


 俺の部屋で。


 シャワーの音が響いている。

 少女が口遊む鼻歌も聞こえる。


 俺は自室にも関わらず、正座で待っていた。

 駄目だ。この空間に居たら、死んでしまう。


 昨日のユリカは、自分が死んだとか、学校での悪魔との戦闘とか、夢現のように感じられて、それ程気にならかったけど――今は違う。


 俺の精神は通常運転だ。そして、だからこそ、危ない。

 もう、限界だ。


 俺は勢いよく立ち上がって、出る間際に少女に向かってちょっと出る、と伝えて、逃げるようにアパートから出た。



 もうそろそろ、昼である。 


 学校を途中で抜け出してきてしまったけど、良かったのだろうか。しかし、クラス全員死にました、なんて言っても、頭のおかしくなった奴にしか見えない。誰も俺のクラスの連中を覚えている者はいない。


 しかし、明日から学校とかはどうなるんだろう。

 

 小さな公園が目の隅にとまった。

 住宅街はしーん、と静まり返っている。

 ここなら知っている人も来ないだろう。知っている人が来て、学校はどうしたの、なんて訊かれたら厄介だ。


 住宅街の片隅にある本当に小さな公園である。

 乗ったら壊れそうなブランコと、地面を蹴っても、動かなそうなシーソー。

 実際はそんなことないんだろうけど、いつか本当に起こりそうで怖い。


 しかし、ベンチだけはなぜか真新しく、座り心地が絶妙である。

 

 ベンチの傍にある木の葉の合間から、日光が差し込んできて、とても心地が良い。

 ここで少し休んで、頃合いを見計らって家に戻ろう。

 そんな平和な事を考えていた。



「ンだ。こいつ、おい!」

 暗闇の中から声が聞こえた。


「ああ?」

 俺は薄っすらを目を開ける。


 金色が見えた。


「おい、起きろっての!」

「ん? んん」

 頭が朦朧としている。

 視界が段々と明瞭になる。


 そして、一瞬見えた光景に俺の意識は覚醒へと強制的に導かれた。

「てめえ、ここがなにか分かってんだろうなぁ?」

 髪を金一色に染め上げた男が、目の前に居たのである。

「公園ですけど」

 俺は答えた後、体の硬直と共に、自分の言ったことに後悔した。


 やべえええ。


 なんてことを言ってしまったんだ。

「ってめえ、ふざけてんのか! こらぁ」

「すみません」


 怖い怖い怖い。


 不良らしき人物は俺に顔をぐっと近づける。

「すみません、じゃねえんだよ。てめえ、よぉ」

 ガキ。

 鈍い音がして、頬に激痛が広がった。

 普通に痛い。


「すみません。すみません」


 なんでこんな奴に謝ってんだ。

 情けない。


「すみませんって、ぶっ殺してやる」


 せめて、日本語喋ってくれよ。そして、できれば、殴るのはもうやめてください。

 金髪の男は拳を振り上げる。


「やめろよ」

「あ?」

「あのねえ、弱いものを虐めてなんになるの?」

 爽やかな声。


 金髪の男が少しずれて、後方に隠れていた声の主がちらりと見えた。

 高校生だろうか、俺と同い年か――それとも、年下か。

「ンだ? こら」

「ここから消えろ」

「ンだ? お前、足、ぶるぶる震えてんじゃねえか。ギャッハッハッ!」


 金髪の男は下品に笑って、公園の枠から出て、姿が見えぬ男に向かう。

「殴るよ?」

「おう、来いや」

 そんな威勢のいい声が聞こえたかと思うと、俺の視界から金髪の男が消えて、声の主が完全に露になった。

 上を見上げると、金髪の男が宙を舞っていた。


 まさか。


 前髪が少し長い男がいつの間にか目の前に居た。

「大丈夫?」


 まさか。

 

 どさり、と重々しい音がして、金髪の男が地面に落ちる。

「ああ、僕、少し武術を――」

「まさか」

「ん?」

「死人か?」


「え」


 男は一瞬、呆けた顔をして、

「え、嘘だよね」

 と言った。



「なんだよ、僕、引いてるのかと思って、嘘言っちゃったよ。恥ずかしいな」

 男はベンチの横に座っていた。名を五十嵐輝(いがらしあきら)と言う。高校二年生で、俺と同い年だそうだ。


 それにしても、爽やかな声、爽やかな顔つき、相当女子にモテるんだろうな。本人はそれを否定していたが、そういうやつに限って、下駄箱を開けると愛の手紙が詰まっていたりするのだ


「いや、俺も吃驚した」

「まさか、こんなところで死人に会うなんてね」

「死人って結構、居るのかな?」

「うん。結構いるよ。この街でも――んー。半分もいかないけど、結構いるよ」

「へぇ」

「そういえば、こんなところで何してるの? 学校は?」


 俺は、先ほど起こったことを話す。


「ああ、それは気の毒だね」

「五十嵐はそういう――周りの人を殺されたりしなかった?」

「したした。兄を殺されて」

「あ、ごめん」

「いや、大丈夫だよ。逆に兄の死を認識してくれる人がいてくれて、嬉しい」


 五十嵐が此方に見せる笑顔は何処か哀愁に満ちていた。 

 そうか、悪魔に関する記憶は消されるんだ。


「おい」

 ドスのきいた声が、爽やかな空間を搔き乱した。

 声の方を見ると、袋を持った図体のでかい男が居た。


「白河!」

 その男の目線は――俺たちの横――木に背中を預けている金髪の男に向いている。道路に放り出しておくのは流石に可哀想なので、そこに置いたのである。


 どうやら、こいつはその仲間らしい。


「僕が行くよ」

「じゃあ、俺も」

「二人で行くのは駄目だ。僕、一人で十分だから」

「あ、ああ」

 かっこいいな。やっぱり、こいつはモテるんだろうなぁ。



 図体のでかい男の後ろには、五十嵐が寝そべっていて、びくともしない。

「弱っちいな。次はお前か?」

 図体のでかい男は俺を見た。


 どうする?


 恐らく。


 俺の予想が正しければ。

 こいつは。

 こいつは。


 嘘だろ。


 男の目が光った気がした。

 男の口から牙のようなものが見えた気がした。


 まさか。

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