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歓喜

 ユリカの唇の感触が消えた瞬間、それに伴うように、痛みがすぅと消えた。

「え? は?」

「まあ、神と死人の絆ってやつだな」


「すげえ」

 先ほど、あった痛みが嘘のようである。

「いや、待てよ。青空がここにあるってことは」


 恐る恐る、下を見る。

「高えええええええええええええ」


 学校が小さく見えて、街が一望できる


「楽しくない? 空の旅」

「楽しいとか、楽しくないとかじゃなくて、怖さが圧倒的に勝ってるんだよ!」


 俺は今、神の手に掴まれているのである。つまり、神の気分次第で、もう一度死ねるということだ。

 こいつに限って、そんなことしないと思うけど――一応、気を付けなければ。


 雲がいつもより、近くにある。

「うおおおおお、やべええええっ」


 地面の感触が足元に感じられないという、新鮮な感覚。

 このまま、空を軽快なステップで歩けそうだ。


「どうだった?」

「どうだったって?」

「いや、悪魔のことに決まってるじゃないか。それ以外、何を訊く?」


 憎たらしい口だなぁ。


「いや、怖かった」

「正直だな」

「こんなところで強がって何になる」


「そういう男、嫌いじゃないぞ」

「おい! 変なこと言うな」


 なんで俺は茶化されて顔を真っ赤にしているんだ。

「あ、そうだ。学校に神らしき奴が居たぞ」

「え?」


「俺のこと死人って言ってたから、多分、神だと思う」

「ふぅん。見に行かなきゃいけないな」

 


 俺たちは屋上に降りて、二階の資料室――少女がロッカーに入っていた部屋に向かう。

「ここか?」


「ここだよ」

 ユリカがなぜかゆっくりと扉を開けた。そして、顔だけを中に入れてきょろきょろと首を動かす。

「そんな警戒する必要ないだろ」

「まあ、大丈夫か。神の姿をした悪魔なんてありえないしね」


 しかし、まだいるだろうか。

 本棚の合間を通って、奥へと進んでいく。


 居た。


「すぅすぅ」


 気持ち良さそうに寝ている。

 日光が丁度、少女を抱擁して、心地が良いんだろうなぁ。俺も寝ていないから、寝たいなぁ。


「起きてくれー。おーい」

 ユリカが呼びかけるが、顔を顰めてむにゃむにゃ、と言うだけで少女が起きることはなかった。

「お前は声が駄目なんだよ。俺にやらせてみ」


「君、失礼な事を言うね。いいよ、やってみてくれよ」

「すみません。起きてください」

「はっ。私は寝てしまったのか」

「なっ! いや、偶然だろ。私の声によって起きる寸前だったのが、君の声が丁度、とどめを刺しただけであって、何も君の声の実力ではないと思う。ゲームに喩えるのなら、モンハ――」


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ。私こそ見苦しい姿を見せてしまってすまない」

 後方で唸り声が聞こえた気がするが、気のせいだろう――無視、無視。


「私は泣くと――その、素というわけではないんだが――何と言うのか、素では決してないんだぞ! 断じて」

「分かってます」

 俺は空気を読んで、適当に返事をする。


「で、君の名はなんと言うんだ。因みに、私はユリカと言う」

「ああ、神仲間か。私の名はリンだ。宜しく」

 予想が見事に的中した名前で、少し驚く。


「宜しく」

「あ、俺の名前は本田翔です。宜しくお願いします」

「ああ、敬語とかはやめてほしい。何故だろう。こっちが恥ずかしくなる」

「ああ、すみません」

「翔、敬語」

「分かってるよ――で、リンさ――リンは何をしていたんで――だ?」


 何故だろう。凛々しい雰囲気に流されて、敬語になってしまう。それに初対面の恥ずかしさが混じって、気分はもう最高だ。

 これは相当、苦戦するだろう。


「私は昨日、ここに死人と来たのだが、死人が殺されてしまったんだ。だから、どうしたらいいのか分からなくなって、ここに閉じこもってたんだ」

「どうしたらいいか、分からない? 死人が消滅してしまった場合は、天界に一旦帰って、大神の判断で天界に残るか、新たな死人に付くか決まるだろう」


「ああ、言葉を間違えた。単刀直入に言おう、私は天界に戻りたくないのだ」

 堂々としているけど、とてもおかしなことを言ってるんじゃないか?


「別に虐められているとかそんなわけじゃないんだが――何と言うのだろう。私ってなくと少し、少しばかりおかしくなるだろ?」

 少しばかりというのはかなり謙虚だな。


「だから、それで可愛いと言われるのが厭なんだ。恥ずかしいよな? 可愛いと言われるのは?」

 リンがユリカの肩に掴みかかる。

「いや、一般的に見れば嬉しいんじゃないか?」

「そうか? 本当にそうか? 私は可愛いか? 翔はどう思う?」

「えっ。いや」


 なんと答えればいい?


「いや、失礼。少し興奮してしまった」

「兎に角、君は天界には戻りたくないと?」


「いや、そんな恥ずかしいだけの理由ではないんだ。何より、日本の本は素晴らしい。文字だけで、人をワクワクすることができる。絵だけで、人の悲しませたり、楽しませたりできる」

「よし、分かった。私が天界に行って、大神に話をしてこようじゃないか」

「え? いいのか?」

 リンが驚いた顔で、ユリカを見る。


「それぐらいお安い御用さ」

「あ、あ、有難う」

「しかし、翔帰ってくるのは明日の朝になるだろうから、リンを宜しくな。君に限って、ないだろうけど、変な気は起こすなよ」

「起こさないよ」


 俺が? 変なことを? そんな度胸、何処を見たってあるわけないじゃないか。


「あと、最後に――」

 まだ、何かあるのか。

「翔よ。私は可愛い思うか?」


 は?

 まだ何も言っていないのに、顔が熱くなるのが分かった。


「答えてくれよ」

 神は無邪気に笑った。

「か、か、可愛いと思う――一般的には」

「ふ――嬉しいじゃないか」

 そう言い残して、ユリカは部屋を退出していった。

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