激闘
ロッカーに近づくと、中で何かが息衝いている。
「うええええん」
「うおっ!」
吃驚して、尻餅をついてしまった。
泣き声?
「え、あ。そ、そこに誰かいるの?」
「あ、はい」
こんなところで、何をしているんですか――言おうとしたら、ギィィと扉が開いた。
「うおっ」
また吃驚してしまう。
少女が入っていた。肩を狭めて、ロッカーに収まっていた。
艶やかな黒髪が、腰辺りまで伸びている。この少女に文字を当て嵌めるとしたら『凛』である。
きりりとした顔立ちに、長い黒髪が全身に凛々しい雰囲気を纏わせている。しかし、そんな少女の顔は似合わぬことに、涙でくしゃくしゃであった。
「えーと」
言葉に困った。
だって、凛という言葉が似合うような風貌なのに、泣いていて、ロッカーの中にいるって――どう接したらいいかわからねえよ。
少女が静かな足取りでロッカーから出た。
そして、
「うわああああああ」
また泣き始めた。
凛々しい雰囲気の中に降る雨は、何処となくギャップを感じて、可愛いと思ってしまった。
そんなことを思っている場合じゃ、ないんだろうけど。
「ど、どうしたんですか」
ここの学校の制服じゃない。
なんで違う学校の子がいるんだ? しかも、ロッカーの中に。
「――スして」
「え?」
「キス」
「キス?」
なんのこっちゃ。
「キスして」
「はぁ?」
言葉は耳には届いているんだけど、意味が理解できない。
刹那、黒髪が目の前に広がって、そして静かに靡いた。
唇が暖かい感覚に包まれて――。
「ンン」
俺は抵抗するが、唇に感覚が集中してしまい、思った通りに体が動かない。
ゆっくりと少女が口を離す。
「あなた、死人ね」
「え?」
「あなた、死人ね」
なぜ?
何故、分かったんだ。
「後ろ!」
俺は反射的に後方を見る。
「うわああっ!」
悪魔が居た。
「ひゃっひゃっひゃ。死ね!」
資料室は本棚を抜けると、少しスペースがあり。そこの端に机が四個合わさった塊と、また別の端に少女が入っていたロッカーがある。
その机の上に悪魔が立っていた。
ビュン――空気を切る音が轟いて、こちらに槍が飛んできた。
俺は急いで地面に伏せる。
「うわぁぁん。怖いよお」
弱弱しい声が上空から聞こえる。しかし、それに気を遣っている暇はなく、少女の足を引っ張って、転ばせる。
咄嗟に出た行動で、自分でも吃驚した。
窓硝子が割れる音がして、破片が飛び散る。
「ちっ」
「おい、待て!」
やばい、このままだと逃げられる。
「大丈夫ですか?」
「うぇぇ」
少女に抱き着かれた。
「え、えっ」
ちょっと待って。
恐らく、悪魔はもう出て行ってしまった。
「あの、だ、大丈夫ですか?」
「怖かったぁ」
先ほど、一瞬聞こえた凛々しい声は誰だったのだろう――そんな疑問を抱いてしまう程に、目の前の少女は弱弱しい。
少女はまた大粒の涙を頬に伝わせた。
「あの、離れていただけると嬉しいんですけど」
女性特有の二つの感触が思いっきし当たってるんですけど。
「もうちょっと、お願い」
「えー」
どうしたらいいんだよ。
「でも、悪魔を追いかけないと」
「あ、そうだった。ごめん」
少女は俺を離して、肩を竦めた。
何か、言葉を探したが――特に見つからなかったので、俺はすみません、と謝って、少女に背を向けた。
※
廊下に出ると、妙な緊張感が辺りに漂った。
資料室の先には、物置がある。あんな狭いスペースに居るだろうか?
一応、物置も見ておこう。
鼓動が足元から聞こえる気がする。それは次第に上にあがって来て、体を緊張に埋めるのだ。
物置の前に立つ。
落ち着け。
そして、勢いよく開いた。
鈍い音がした。腹に激痛が走る。
悪魔の足が俺の腹に伸びる。
「おげぇぇ」
そして、耳に響く硝子が割れる音。
それが前に流れていって、俺は中庭に投げ込まれた。
後方を向いている暇はない、悪魔が窓から飛び降りた。
「あああああああああ!」
怖え!
いつ、地面にぶつかるか分からない。
やばいやばい!
「あっ?」
右肩に嫌な感触。
目の前に舞う赤い液体。
上に伸びるものは――どうやら、俺の肩から突起しているようだ。
「ぐわああああああ」
槍だ。
俺の肩に刺さってるのは槍だ。
「痛ええええええ」
悪魔が迫ってくる。
やばい。やばい。
きっと、もうすぐ地面で、もうすぐ俺は死ぬのだろう。
完全に消えて無くなってしまう。
死にたくない。
完全に消えるなんて最悪だ。
「くそおおおおお!」
俺は肩に手を伸ばした。
「痛ッ! 痛えええええええ」
ズブズブ。
血が舞う。
ズブズブズブズブ。
「はぁはぁ」
手に槍の重量感が伝わる。
抜けた。
痛え。
「おい、もうすぐ地面だぞ。一回、落ち着こうぜ」
「知るかぁぁぁぁあ!」
「俺はむ槍を作れない、弱いものをいじ――あっ」
槍は確かに悪魔の頭を貫いた。
「はぁ。はぁ」
死にたくない。死にたくない。死にたくない。
「死にたく」
な。
下から打ち付ける風が急に消えて、目の前に青天井が広がった。
「え?」
「翔、大丈夫か? すぐに治してやる」
唇に暖かい感触が伝わってきた。




