襲来
結局、朝まで論議は終わらず、しかも途中から何故か目玉焼きにかけるのは醤油かソースかという本筋から脱線した内容になっていた。
朝まで起きるのなら、一晩中、質疑応答していたら良かったじゃないか。しかし、もう時間は戻ってくれない。不毛な論議だけで、有意義な時間を潰したという虚しさが充満する。
「翔よ。腹が減った」
「はいはい」
もう五時だ。
一晩中、話し合っていたのだから、腹が空くのは当たり前である。
睡魔が睡眠の世界に俺を誘うが、今更、寝ることもできないので、無視する。
「コンビニ行くの怠いなぁ」
朝、五時だし――客もそれ程いないわけで。もし、俺一人しかいなかったら店員と虚しい一時を過ごすことになる。
「君は料理とか作れないのか?」
「炒飯ぐらいなら」
「それでいいじゃないか」
「本当に簡単なやつだぞ? 飯炒めて、卵混ぜて、コショウと塩と、マヨネーズ入れて」
「それでもいいよ」
まあ、ユリカがそう言うのなら、作るか。それ程、手間が掛かると言うわけでもないし。
※
「まだかね?」
後方にユリカが近づいてきて、肩越しに台所を覗く。
「あんまり、くっつくなって!」
「すまない、すまない」
そう言いながら、ベットに座って、テレビをつけた。
我ながら殺風景な部屋だなと思う。
テレビと台所と、ベットと本棚しかない――俺的にはこれで十分なんだけど。
「君はなんで独り暮らしをしているんだ?」
「高校生になったし。社会的自立のためと、なんか解放感を味わいたかったからかな? 別に独り暮らししたからと言って、親が死ぬわけでもないし」
「んん、まあ、言いたいことは分からんでもないな」
本当だろうか。
「妹とか弟とか兄とか姉とかいないのか」
「普通に『きょうだい』でいいじゃん。なんで一一、全部言うんだ」
「で、いるのか?」
「妹が一人。偶に、料理作りに来てくれますよ」
「ブラコンか? それとも、君がシスコンか?」
「どっちも違うわ!」
なんで神がそんな単語を知っている。
「炒飯できましたよ」
「おお、美味そうじゃないか」
※
「うまぁぁぁぁいっ!」
少女は大袈裟なリアクションを取って、炒飯を次々に口に運び、ものの数秒で平らげてしまった。
「翔よ。もしかして、君は料理の天才なのでは?」
「お世辞はいいから」
「いや、お世辞とかじゃなくて! 美味い」
こんな誰でも作れる料理が?
スプーンで掬い、咀嚼する。
我ながら――微妙。
「おかわり」
「ないよ」
ユリカの目線が俺の顔から下に下がった。
「いや、俺も腹減ってるし」
どうでもいい、論議のせいで。
「奇遇だな、私も腹が減っている」
「まだ一口しか食べてないんだ」
「じゃあ、一口だけ! お願いです」
「分かった。一口とか言って、全部口に含むのやめてくれよ」
机上を滑らせて、皿を少女の前に差し出した。
「へ?」
少女が小首を傾げる。
「は?」
俺もそれに連動するかのように、首を傾けた。
「あーん、はないのか?」
「はい?」
「だから、君のスプーンで掬って、私の口に運ぶ行為だよ」
「なんで、そんなことしなきゃならんのだ! 早く、食べてくれよ」
「あーん、してくれよ。あーん」
ユリカが口を大きく開ける。
「じゃあ、いらんね」
「タンマ! 嘘! 一口ね。一口」
※
ユリカは少し寝る、と言って机に突っ伏している。
時間はもう六時になっていた。
俺は昨日のことを思い出しながら、機械的にゲームをしていた。
自分の手を見る。血は昨日、シャワーで洗い流した。
匂いを嗅いでみる。
なんの匂いもしない。
「あっ」
画面にゲームオーバーの文字が浮かんだ。
「ああ、またここからかよ」
※
時は八時。
ゲームに疲れたので、漫画をぐうたら読んでいた。
「あ? 私、寝てたか?」
「さっき自分で寝るって言ってたじゃないか」
「そうだったっけ?」
どうやら、寝起きの神はボケているようだ。
「今、何時だ?」
「丁度、八時」
「君、学校行かなくていいのか?」
「は? 死んだんだから、行かなくてもいいんだろ?」
まさか。
嘘だろ?
「いや、君が死んだという事実は人間界からは抹消されているよ。いくら大神が脳で活動していると言っても、人間の記憶を消すことぐらいできるさ」
「そんなこと知るかぁ!」
※
くそ。
やべえ。
間に合うか?
足が苦しいと訴えかける。
「ああっ! なんだよ」
酷く体が重い。
校内はシーンとしている。
やばっ。
二階へと向かい、足音をたてないように歩いた。
緊張感が雪崩のように押し寄せてくる。学校全体が俺を圧迫しているようにも感じた。
自分の教室につき、固唾を呑んだ。
後ろのドアには窓がついていないため、教室内の様子を確認することは出来ない。
恐らく、ショートホームルームをしていると思う。
こういう時に限って、騒いでいる連中も押し黙っている。
なんでだ? 不幸だ。つくづく不幸だ。
死んだのに、なんでこんな思いをしなきゃならん。
ええい、ままよ!
俺は勢いよく、扉を開けた。
「木田、遅刻だぞ」
「はい、すみません」
何ともなく、いつも通りにホームルームは終わった。
※
「なんで、昨日休んだんだよ」
「いや、ちょっとな」
「先生、電話も無視られたって笑ってたぞ」」
「笑ってたらいいじゃねえか」
他愛もない会話。
「さあ、授業始めるぞ」
少しぽっちゃりした数学の田中が入ってきた。
※
普通の日常だ。
ここで昨日、巨大な物体と――悪魔と闘ったなんて言っても、誰も信じないだろうなぁ。
俺だって未だ夢だったのか、現実だったのか、分からなくなるときがあるしなぁ。
俺の机は不幸にも、真ん中のど真ん中の、一番後ろという最悪な位置にある。
田中が関係のない話をし始めたので、窓を見る。
窓側の席っていいよなぁ。空が見やすい。
空は真っ青で、雲が千切られて、ふわふわと所々に浮かんでいる。
その中に。
黒く、横に長いものが。
バリン。
窓が割れた音が教室に響いた。




