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襲来

 結局、朝まで論議は終わらず、しかも途中から何故か目玉焼きにかけるのは醤油かソースかという本筋から脱線した内容になっていた。


 朝まで起きるのなら、一晩中、質疑応答していたら良かったじゃないか。しかし、もう時間は戻ってくれない。不毛な論議だけで、有意義な時間を潰したという虚しさが充満する。


「翔よ。腹が減った」

「はいはい」


 もう五時だ。


 一晩中、話し合っていたのだから、腹が空くのは当たり前である。

 睡魔が睡眠の世界に俺を誘うが、今更、寝ることもできないので、無視する。


「コンビニ行くの怠いなぁ」

 朝、五時だし――客もそれ程いないわけで。もし、俺一人しかいなかったら店員と虚しい一時を過ごすことになる。


「君は料理とか作れないのか?」

「炒飯ぐらいなら」

「それでいいじゃないか」


「本当に簡単なやつだぞ? 飯炒めて、卵混ぜて、コショウと塩と、マヨネーズ入れて」

「それでもいいよ」

 まあ、ユリカがそう言うのなら、作るか。それ程、手間が掛かると言うわけでもないし。



「まだかね?」

 後方にユリカが近づいてきて、肩越しに台所を覗く。

「あんまり、くっつくなって!」


「すまない、すまない」

 そう言いながら、ベットに座って、テレビをつけた。


 我ながら殺風景な部屋だなと思う。

 テレビと台所と、ベットと本棚しかない――俺的にはこれで十分なんだけど。


「君はなんで独り暮らしをしているんだ?」

「高校生になったし。社会的自立のためと、なんか解放感を味わいたかったからかな? 別に独り暮らししたからと言って、親が死ぬわけでもないし」

「んん、まあ、言いたいことは分からんでもないな」


 本当だろうか。


「妹とか弟とか兄とか姉とかいないのか」

「普通に『きょうだい』でいいじゃん。なんで一一、全部言うんだ」


「で、いるのか?」

「妹が一人。偶に、料理作りに来てくれますよ」

「ブラコンか? それとも、君がシスコンか?」

「どっちも違うわ!」


 なんで神がそんな単語を知っている。

「炒飯できましたよ」

「おお、美味そうじゃないか」

 


「うまぁぁぁぁいっ!」

 少女は大袈裟なリアクションを取って、炒飯を次々に口に運び、ものの数秒で平らげてしまった。


「翔よ。もしかして、君は料理の天才なのでは?」

「お世辞はいいから」

「いや、お世辞とかじゃなくて! 美味い」


 こんな誰でも作れる料理が?

 スプーンで掬い、咀嚼する。


 我ながら――微妙。


「おかわり」

「ないよ」

 ユリカの目線が俺の顔から下に下がった。


「いや、俺も腹減ってるし」

 どうでもいい、論議のせいで。


「奇遇だな、私も腹が減っている」

「まだ一口しか食べてないんだ」

「じゃあ、一口だけ! お願いです」

「分かった。一口とか言って、全部口に含むのやめてくれよ」


 机上を滑らせて、皿を少女の前に差し出した。

「へ?」

 少女が小首を傾げる。


「は?」

 俺もそれに連動するかのように、首を傾けた。


「あーん、はないのか?」

「はい?」

「だから、君のスプーンで掬って、私の口に運ぶ行為だよ」

「なんで、そんなことしなきゃならんのだ! 早く、食べてくれよ」


「あーん、してくれよ。あーん」

 ユリカが口を大きく開ける。

「じゃあ、いらんね」

「タンマ! 嘘! 一口ね。一口」

 


 ユリカは少し寝る、と言って机に突っ伏している。


 時間はもう六時になっていた。


 俺は昨日のことを思い出しながら、機械的にゲームをしていた。

 自分の手を見る。血は昨日、シャワーで洗い流した。

 匂いを嗅いでみる。

 なんの匂いもしない。


「あっ」

 画面にゲームオーバーの文字が浮かんだ。

「ああ、またここからかよ」



 時は八時。


 ゲームに疲れたので、漫画をぐうたら読んでいた。

「あ? 私、寝てたか?」

「さっき自分で寝るって言ってたじゃないか」

「そうだったっけ?」


 どうやら、寝起きの神はボケているようだ。

「今、何時だ?」

「丁度、八時」

「君、学校行かなくていいのか?」


「は? 死んだんだから、行かなくてもいいんだろ?」


 まさか。

 嘘だろ?


「いや、君が死んだという事実は人間界からは抹消されているよ。いくら大神が脳で活動していると言っても、人間の記憶を消すことぐらいできるさ」

「そんなこと知るかぁ!」

 


 くそ。


 やべえ。


 間に合うか?


 足が苦しいと訴えかける。

「ああっ! なんだよ」

 酷く体が重い。


 校内はシーンとしている。


 やばっ。


 二階へと向かい、足音をたてないように歩いた。

 緊張感が雪崩のように押し寄せてくる。学校全体が俺を圧迫しているようにも感じた。


 自分の教室につき、固唾を呑んだ。

 後ろのドアには窓がついていないため、教室内の様子を確認することは出来ない。

 恐らく、ショートホームルームをしていると思う。


 こういう時に限って、騒いでいる連中も押し黙っている。


 なんでだ? 不幸だ。つくづく不幸だ。


 死んだのに、なんでこんな思いをしなきゃならん。


 ええい、ままよ!


 俺は勢いよく、扉を開けた。

「木田、遅刻だぞ」

「はい、すみません」

 何ともなく、いつも通りにホームルームは終わった。



「なんで、昨日休んだんだよ」

「いや、ちょっとな」

「先生、電話も無視られたって笑ってたぞ」」

「笑ってたらいいじゃねえか」

 

 他愛もない会話。


「さあ、授業始めるぞ」

 少しぽっちゃりした数学の田中が入ってきた。



 普通の日常だ。

 ここで昨日、巨大な物体と――悪魔と闘ったなんて言っても、誰も信じないだろうなぁ。

 俺だって未だ夢だったのか、現実だったのか、分からなくなるときがあるしなぁ。


 俺の机は不幸にも、真ん中のど真ん中の、一番後ろという最悪な位置にある。


 田中が関係のない話をし始めたので、窓を見る。

 窓側の席っていいよなぁ。空が見やすい。

 空は真っ青で、雲が千切られて、ふわふわと所々に浮かんでいる。


 その中に。

 黒く、横に長いものが。


 バリン。


 窓が割れた音が教室に響いた。

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