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討伐

 夜空の下を俺は走った。

 闇に染まった空には、光る点々がばら撒かれていて、とても綺麗である。


 白い翼を生やして、ユリカはその中を舞っていた。

 人間でないことは確かである。人間は翼を生やして、空を飛ばない。しかし、それを認めると俺は死んでしまったことになる。

 まあ、別にそこのところは構わないのだけど。


「翔、早く」

「分ってるよ」

 気のせいか、足取りが軽い。これは死んでいるせいなのか、ただの気のせいなのか俺じゃ判別ができない。


 死んだのに、なんで学校に行かなきゃならないんだ。

 なんで死んだものが悪魔と戦うのだろう? そもそも、悪魔ってなんだ?

 色々、訊きたいことがあるが、俺は取り合えず――走った。



 暗闇に飲まれた校舎は不気味な雰囲気を漂わせている。

 その中に蠢くものがいた。

 近くだからよく見える。


 毛むくじゃらの身体。毛むくじゃらの顔に中に埋もれた目。

 長く伸びた手は地面につき、校舎二階分の高さである。


 でけえ。


 そのでかさに目が引かれて、気づかなかったが悪魔の前に人が立っていた。

「ん?」

 その人はどうやら、俺に気づいたようである。

「君は新人だろう」

「はぁ」


 新人?

 死んだ者に新人も達人もあるのか?


「大丈夫だ。こんな雑魚俺一人で倒せる」


 イケメンであった。

 整った顔立ちに張り付けられた無表情からは何でも出来るぞ、という余裕が感じられた。

 しかし。

「おびゅあ」

 悍ましい音と間抜けな声が同時に耳に響いた。


 目の前にあったのは怪物の手である。

 その下を見ると。

 赤い。


「うあああああ!」

 俺は思わず叫んでしまった。

 まさか。

 まさか。

 怪物の手から目線を上げていく。


 毛むくじゃらの怪物の顔があった。しかし、それは俺を見ていない。

 何処を見ているのだろう――いや、そんなことはどうでもいい。

「なにをボーとしている。一旦、こっちへ来い」

 校門の外にユリカが立っていたので、急いで駆けつける。

「人が! 人が」

「人ではない。死人だ――まあ、これは後で説明する。そんなことより、まずは目の前の悪魔を倒すんだよ」

「そんなこと言ったって――」


 あんなでかいの無理だろ。


 今だ手に取るような実感が沸かず、不思議と恐怖感は沸いてこなかった。

「大丈夫だよ。さっきの人は弱くて、尚且つたらたら君に話していたから死んだんだ。今の君は新人だから、あの悪魔に存在を気づかれてさえいない。大丈夫さ」


 さっきの人って弱かったのか――人は見かけによらないな。

「だからって」

「倒せる。あれは弱い。だから君が慣れるためにここに居るんじゃないか」


 ユリカはこう言うが本当だろうか。後方の化物を見つめる。何を探しているのか、きょろきょろしている。やはり、俺のことは眼中にないようだった。


 どう考えたって、信じられない。あんな、でかいの倒せるわけがない。


「君は悪魔を倒すしかないんだ。死人がこうやって人間界に留まるのは、人間界へ来る悪魔の抹殺、人間界に居る悪魔の抹消だからね」

「――分かった。やればいいんだろ」

 強がって妥協した振りをするけど、足元が震える。


「帰ったら色々、教えてもらうからな」

「分かってるよ。私も説明できるように努力してみる」

「努力じゃなくて、絶対」

 俺は無理に笑って見せる。ユリカも笑顔を浮かべた。

「ああ、ちょっと待って」

「なんだよ?」


 刹那、ユリカの顔が近づいて。

 俺の唇が温もりに包まれた。


「へ?」

「君の力を引き出した」

 へ?

「引き出した? 与えたとかじゃなくて?」

 そんなことより、俺の初めてのキスが。

「そんなことできるわけないじゃないか」

 俺は沈黙した。


 何を言えばいいのだろう。

 心臓がドキドキいっている。

「さあ、行ってこい」

 気持ちに反し、ユリカは俺の背中を押した。

 暗闇の中の非日常へ。

 


 怖え。


 学校より小さいはずなのに、学校より大きく見える。

 意を決して、悪魔に向かって走る。


「うおおおおおお!」

「何している? 地面を蹴って!」


 後方からのユリカの声に疑問符を投げかけようとしたら、俺の足は反射的に地面を蹴っていた。

「ああああああああっ!」

 異常な程に跳んだ。


 悪魔が近づくが、優に跳び越える。


 制御が効かぬ。じたばたしていたら、空中で一回転してしまった。


 下に屋上が見える。


 そろそろ、地面に落下しそ――。

「おぶっ!」

 屋上に叩きつけられた。

「いてー」

「大丈夫か?」 

 白い翼を生やしてユリカが飛んでくる。

「ああ、何とか」


 腕や脚を見るけど、特にこれと言った外傷はない。

「な? 君は間違いなく死んでるだろ?」

「そこはもう重要じゃないよ」


 俺はそう言い放って、柵から下を覗いた。

 悪魔が足を進めて、学校の敷地内から出ようとしていたところだった。

「早く行かないと民家を潰しまくるぞ、あいつ」

「分かってる。分かってるけど」

「君なら大丈夫だよ。ワンパンだよ。ワンパンマ――」

「分かってる。分かってるって」


 下を覗く。

 下から吹き込む風が妙に冷たく、冷徹だった。

「よし、いきます!」


 誰に何を宣告しているのか。

 俺は助走をつけるため、少し後ろに下がった。


「ふぅ」

 落ち着け。


「いくぞっ!」


 走り出す。


 柵が近づく。


 この先は非日常。


「うおりゃあああ!」

 柵を飛び越えた。

 校舎が左右から押し寄せてきそうで怖い。


 悪魔はこちらに背を向けている。

 恐怖のせいか、俺は腕を引いていた。

 そして、悪魔の顔に後頭部に向かって――。


 パンチを放った。


 鈍い音が響いて、生暖かい感触が顔に引っ付く。

「うえっ」


 やべ――地面が迫ってきている。

「っとっと!」

 崩れそうな体を何とか整えて、不格好に地面に着地した。


「はぁはぁ」

 後方を見ると、首のない怪物の死骸が転がっていた。先ほど、俺が見上げていた怪物である。

「マジかよ」

 血に染まった手を見つめる。


「ふぅ――倒した? 俺が」

 信じられない。

 それ程、疲れていないはずなのに息が切れている。


「今のを例えるとするなら――アンパンマンだな」

「そこは『ОNE』にしてくれよ」

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