討伐
夜空の下を俺は走った。
闇に染まった空には、光る点々がばら撒かれていて、とても綺麗である。
白い翼を生やして、ユリカはその中を舞っていた。
人間でないことは確かである。人間は翼を生やして、空を飛ばない。しかし、それを認めると俺は死んでしまったことになる。
まあ、別にそこのところは構わないのだけど。
「翔、早く」
「分ってるよ」
気のせいか、足取りが軽い。これは死んでいるせいなのか、ただの気のせいなのか俺じゃ判別ができない。
死んだのに、なんで学校に行かなきゃならないんだ。
なんで死んだものが悪魔と戦うのだろう? そもそも、悪魔ってなんだ?
色々、訊きたいことがあるが、俺は取り合えず――走った。
※
暗闇に飲まれた校舎は不気味な雰囲気を漂わせている。
その中に蠢くものがいた。
近くだからよく見える。
毛むくじゃらの身体。毛むくじゃらの顔に中に埋もれた目。
長く伸びた手は地面につき、校舎二階分の高さである。
でけえ。
そのでかさに目が引かれて、気づかなかったが悪魔の前に人が立っていた。
「ん?」
その人はどうやら、俺に気づいたようである。
「君は新人だろう」
「はぁ」
新人?
死んだ者に新人も達人もあるのか?
「大丈夫だ。こんな雑魚俺一人で倒せる」
イケメンであった。
整った顔立ちに張り付けられた無表情からは何でも出来るぞ、という余裕が感じられた。
しかし。
「おびゅあ」
悍ましい音と間抜けな声が同時に耳に響いた。
目の前にあったのは怪物の手である。
その下を見ると。
赤い。
「うあああああ!」
俺は思わず叫んでしまった。
まさか。
まさか。
怪物の手から目線を上げていく。
毛むくじゃらの怪物の顔があった。しかし、それは俺を見ていない。
何処を見ているのだろう――いや、そんなことはどうでもいい。
「なにをボーとしている。一旦、こっちへ来い」
校門の外にユリカが立っていたので、急いで駆けつける。
「人が! 人が」
「人ではない。死人だ――まあ、これは後で説明する。そんなことより、まずは目の前の悪魔を倒すんだよ」
「そんなこと言ったって――」
あんなでかいの無理だろ。
今だ手に取るような実感が沸かず、不思議と恐怖感は沸いてこなかった。
「大丈夫だよ。さっきの人は弱くて、尚且つたらたら君に話していたから死んだんだ。今の君は新人だから、あの悪魔に存在を気づかれてさえいない。大丈夫さ」
さっきの人って弱かったのか――人は見かけによらないな。
「だからって」
「倒せる。あれは弱い。だから君が慣れるためにここに居るんじゃないか」
ユリカはこう言うが本当だろうか。後方の化物を見つめる。何を探しているのか、きょろきょろしている。やはり、俺のことは眼中にないようだった。
どう考えたって、信じられない。あんな、でかいの倒せるわけがない。
「君は悪魔を倒すしかないんだ。死人がこうやって人間界に留まるのは、人間界へ来る悪魔の抹殺、人間界に居る悪魔の抹消だからね」
「――分かった。やればいいんだろ」
強がって妥協した振りをするけど、足元が震える。
「帰ったら色々、教えてもらうからな」
「分かってるよ。私も説明できるように努力してみる」
「努力じゃなくて、絶対」
俺は無理に笑って見せる。ユリカも笑顔を浮かべた。
「ああ、ちょっと待って」
「なんだよ?」
刹那、ユリカの顔が近づいて。
俺の唇が温もりに包まれた。
「へ?」
「君の力を引き出した」
へ?
「引き出した? 与えたとかじゃなくて?」
そんなことより、俺の初めてのキスが。
「そんなことできるわけないじゃないか」
俺は沈黙した。
何を言えばいいのだろう。
心臓がドキドキいっている。
「さあ、行ってこい」
気持ちに反し、ユリカは俺の背中を押した。
暗闇の中の非日常へ。
※
怖え。
学校より小さいはずなのに、学校より大きく見える。
意を決して、悪魔に向かって走る。
「うおおおおおお!」
「何している? 地面を蹴って!」
後方からのユリカの声に疑問符を投げかけようとしたら、俺の足は反射的に地面を蹴っていた。
「ああああああああっ!」
異常な程に跳んだ。
悪魔が近づくが、優に跳び越える。
制御が効かぬ。じたばたしていたら、空中で一回転してしまった。
下に屋上が見える。
そろそろ、地面に落下しそ――。
「おぶっ!」
屋上に叩きつけられた。
「いてー」
「大丈夫か?」
白い翼を生やしてユリカが飛んでくる。
「ああ、何とか」
腕や脚を見るけど、特にこれと言った外傷はない。
「な? 君は間違いなく死んでるだろ?」
「そこはもう重要じゃないよ」
俺はそう言い放って、柵から下を覗いた。
悪魔が足を進めて、学校の敷地内から出ようとしていたところだった。
「早く行かないと民家を潰しまくるぞ、あいつ」
「分かってる。分かってるけど」
「君なら大丈夫だよ。ワンパンだよ。ワンパンマ――」
「分かってる。分かってるって」
下を覗く。
下から吹き込む風が妙に冷たく、冷徹だった。
「よし、いきます!」
誰に何を宣告しているのか。
俺は助走をつけるため、少し後ろに下がった。
「ふぅ」
落ち着け。
「いくぞっ!」
走り出す。
柵が近づく。
この先は非日常。
「うおりゃあああ!」
柵を飛び越えた。
校舎が左右から押し寄せてきそうで怖い。
悪魔はこちらに背を向けている。
恐怖のせいか、俺は腕を引いていた。
そして、悪魔の顔に後頭部に向かって――。
パンチを放った。
鈍い音が響いて、生暖かい感触が顔に引っ付く。
「うえっ」
やべ――地面が迫ってきている。
「っとっと!」
崩れそうな体を何とか整えて、不格好に地面に着地した。
「はぁはぁ」
後方を見ると、首のない怪物の死骸が転がっていた。先ほど、俺が見上げていた怪物である。
「マジかよ」
血に染まった手を見つめる。
「ふぅ――倒した? 俺が」
信じられない。
それ程、疲れていないはずなのに息が切れている。
「今のを例えるとするなら――アンパンマンだな」
「そこは『ОNE』にしてくれよ」




