不撓不屈
俺はどうしたんだ?
手が崩れて、ユリカの声が聞こえて――そこから覚えていない。
辺りを見渡す。
真っ暗だ。
「電気、電気」
刹那、光が目に飛び込んできた。
眩しい。
「翔、落ち着いて聞いてくれ。天界側が悪いことなのだが、『悪』が復活してしまった」
目が慣れて、背景が視界に広がる。
ユリカと黒服に身を包み込んだ女性――そして、脳。
その脳の傍に置かれているのは、四角いディスプレイ。
「悪?」
悪魔が説明していた奴か――確か、悪の復活は世界の滅亡を指すと。
「え、それってやばいことなんじゃ」
「やばいって話じゃない。あの手は半悪魔化した人間の大結集だ。何処から攫ってきたか知らんが――悪魔が大量の人間を仕入れたらしい。そして、それを殺してしまった。そして、悪は復活する」
「どうして? なんで俺が」
「大神が君に話があるらしい」
「こちらの画面をご覧下さい」
ユリカに変わって、黒服の女性がディスプレイを指さす。
『キミの力に目をつけ、私からお願いしよう。君の力が必要だ。私は大神――もう力のない。老いた爺だ。だからその力を君に託そうと思う』
「俺に?」
『私と波長が合うのが君しかいないのだ。私は自分の身体で制御できない。しかし、悪に対抗できるだけの力はまだ秘めている。だから――君に託す』
「口づけを」
「へ?」
黒服の女性が無機質に言う。
「大神様に口づけを」
「はい?」
「口づけを」
黒服の女性は少し苛ついているのか、目がぎらりと光った。
「はい」
気迫に圧されて、俺は返事してしまった。
「ユリカ」
助けを乞うが、真剣な表情で返された。
やらんきゃいけないのか?
ん? 待てよ。
「本体がないじゃないか。脳はあるけど」
ガララ。
奥から担架で何かが運ばれてきた。
きちんと用意されてる――!
※
思い出したくない。
思い出したくない。
あのつめたさ。死体に接吻したということよりも、あのおじさんのかさかさした唇に触れたということ――。
「え」
なんだ?
身体の内が火照って。
「あああああああああああああああ!」
痛い痛い痛い。
痛みが。
身体の中で何かが暴れている。疼いている。
スーパーボウルのように跳ね返って跳ね返る――そんな不安定な動きが身体の中で――。
――――あ――い――こえ――な――。
お――。
し――し――し――。
「翔、大丈夫か?」
「あああああああああ!」
――。
※
俺はどうしたんだ?
俺はどうしたんだ?
手が崩れて、ユリカの声が聞こえて――そこから覚えていない。
辺りを見渡す。
真っ暗だ。
「電気、電気」
「翔」
「ユリカか? 電気つけてくれ」
「ああ」
眩しい。
そうだ。俺は大神にキスをして――それから、どうしたんだっけ?
「君は耐えきった。大神の力に耐えきった。あとは『悪』を倒すだけだ」
「悪? ああ」
「いいか? 『悪』を倒さなければ大勢の人が死ぬ。大神はもう君に力を与え、ちょっとの力も残っていない。精々、住人を何処かへ飛ばすことしかできない」
君だけが頼りだ。
ドオオオオオオ。
ユリカの声とその響くような音は綺麗に重なった。
※
「『悪』が復活する」
その男は盲腸を外に晒しながら言う。
「私の役目はここで終わりだ。あとは大神の破滅を待つだけ。死んだらどうなるのでしょうね」
その声は誰にも聞こえない。
もう誰も居ない。
皆、死んだ――殺された。
男ももうじき死ぬ。
「ふふふ、楽しみだ。ただ、残念だ。大神の死ぬところを見れないのだか――」