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阿修羅

 ゆらゆらと揺れる炎は、部屋の明暗をきっちりと分けて、少女の顔の輪郭をなぞった。

 少女なのだろうか。

 目の前にいる『モノ』は本当に少女なのだろうか。しかし、自分が一昨日出会った『モノ』でないことは確かである。


「何を言ってるんだ。翔」

 静かで落ち着いた声が、蝋燭の火を揺らす。


 生首が此方を見つめている気がした。そんなことはないのだろうけど、不安感がそう見えさせた。首だけの男が静かに行く末を見守っている。 


 首が乗せられた、台から零れ落ちた長髪が暗闇に染め上げられて、不気味に靡いた。

「ユリカはどうした」

「だから、私はここに」

「お前はユリカじゃない」


 平常を装っても、怖いものは怖い。

 四方を鼠色で固められたこの部屋に逃げ道はない。扉らしきものもない。

 俺と首とナニカがいる。

 心臓の高鳴りが耳に不安を煽るように刻まれた。


「どうしてそう思う?」

 それは、ユリカの声だったけど。

 違う。


 今まで装っていた声までも捨ててしまったような――何とも言い表し難い声である。

 ユリカは不気味に笑っている。顔半分が影に埋め尽くされる。


「雰囲気とか、ユリカは一一、こんなところに俺を気絶させて、連れてこないだろうとか、不審な点が沢山ある」

「えらく抽象的だねぇ。まあ、合格点とでもしましょうか」


 刹那、ユリカの顔が粘土を捏ねたようにぐちゃぐちゃになった。目や鼻や口が粘土の中に混ざって、何処に行ったのか分からなくなった。


 酷く気持ちが悪い。


 ぐちゃぐちゃになる顔に髪の毛も吸い込まれて、肉の塊が首から上についているような――この世のものとは思えない悍ましい恰好になる。


「うっ」


 しかし、それはものの数秒で金髪と黒髪が混ざった、プリンのような髪の毛になり、顔は人付き合いのうまそうな高校生ぐらいの男に豹変した。


「この姿の方が話しやすいと思いましてね」

 声はその恰好にそぐわず、噛めないものを食わされるような、微妙な感覚に陥った。

 喋り口調も恰好と合っていないので、何となく不気味である。


「失敬、名前を言い忘れました――(わたくし)ルーファスというものです」

 俺は何も言わなかった。


 男に不審な点はない。これから襲ってくるぞ、という覇気やら気迫もない。

 ただただ、落ち着いていて、本当に初対面の人に話すかのような。

 それが逆に――厭だった。


 この男からは気迫や殺気は感じられない。しかし、その裏側には何人ものを冷徹に、惨たらしく殺したような――いや、ちょっと妄想がいきすぎていると自分でも思う。しかし、俺がこの男から感じ取ったのは、そういう恐怖だった。


「いえいえ、ここで殺すという気はありません。ただ、少しお話しがしたかったのです。勿論、貴方についている神も殺してはいません。押入れの中でぐっすりと眠っているはずです」


 もしかして、こいつ。


「悪魔か?」

 男の細い目が少し開いて、炎が抜く手も見せず映り込んで男の目をぎらりと光らせた。

「はい。そうです」


 男は落ち着いた顔で言った。

 足が震える。

 男は動いていないのに、俺はそこにある空気に圧されて、一歩後ずさりしてしまった。


「私は悪魔です」

「なんで俺はここに居る」

「怯えないで下さい。先ほども言ったとおり、殺す気はありません」


「話ってのはなんだ」

 息苦しい。


 この空間に居たくない。


 汗が湧き出る。

「昔の話をしましょうか」

「は?」


「昔、大神と言う無の製造者が居ました。彼には人間にあるどうやって、生まれたや、何処から来たなどという概念は存在せず、彼が世界であり、彼が全てだった。そして、彼はあることを考えた。退屈だから、とかそんな軽い気持ちだったのかは彼のみが知っていることだが――彼は『園』を創ったんだ。そして、そこに人間と呼ばれる、君たちの先祖を創り、神と人間が共存できる世界を創った。そうそれができて千年後ぐらいだったか、一人の人間の女性が大神の元を訪れて、大神は恋に落ちた」


 そこで、男は一旦、区切って、口角をこれでもかって言うぐらいに横に伸ばした。

 大神の行動の愚かさを嘲笑うかのように。


「それが『ユリカ』だ」

「なんだと?」


「いや、いや、偶然さ。ユリカなんて名前そこらじゅうにあるだろう。神の世界にも沢山いますよ」

 なんだよ、吃驚させやがって。


「大神と『ユリカ』はすぐに打ち解けい、『ユリカ』も大神のことを愛した。しかし――ある事件が起こった。神は人間とは懸け離れた力を持っていた。だけど、それは人間を危機から護る――謂わば、人間界で言う警察(ポリス)のようなもので、それを悪用、乱用する者――そもそも、その概念すらなかった。しかし、『悪』が誕生してしまった」 


「待て。俺が聞いた話だと、そいつが現れたのは人間と悪魔が分離されていたからの話だったぞ?」

 確か百年前とか言っていた。


「真実を知る者は少ない。隠蔽工作――『悪』は『ユリカ』を殺してしまった。その前にも悪事を働いていて、色々な議論はされた。しかし『ユリカ』を殺したことで、事態は急激に変化した――大神の憤怒。大神はすぐに『悪』を殺した。神が君に話したのは、隠蔽工作の方だろう――神自体知らなかったか、それとも知っているけど嘘を話したか」


 ユリカの場合、恐らく前者だと思うけど。

「それを話して何になる」

「いえ、特に何もありません」

 馬鹿にするかのような目で、俺を見つめてくる。


「それが問題だった。自分の愛する女性のために憤怒に乗っかって、神を殺した。そこで、悪魔の誕生だ。そして、人間と悪魔の分離。人間が恐れてしまった故の決断だ。分かりますか? ここまで話したら」


 男の目が吊り上がった。

 口は皮膚があと一歩で皮膚が裂けてしまいそうな程に広がる。

 真っ赤な歯茎が丸見えだ。

 暗が男の顔を覆い尽くした。炎が映し出された目と、艶やかな唇だけが不気味に浮出る。


「これは『悪』です」

 男が生首を見る前に俺は、それに目を向けた。


 両脇に立った蝋燭のスポットライトが生首に当てられる。


「『悪』は生きています。そして、私たち悪魔は再生を待っている」

「なんでだ? 俺が言うのはおかしいけど、なんでこいつのことを『悪』と呼ぶ? お前らからしたら」


「悪は私たちからしたら誇りです。『悪』の復活は世界の滅亡を指す。しかし、それには気が遠くなるような生贄がいる。人間を殺す理由はそれだ。そこで、人間悪魔計画です」

「なんでだ?」

 人間を悪魔にして、何の意味がある?


「理由は言えません」

 男は不適に笑って、俺はもう一度生首を見ようとした。

 しかし、それは叶わなず、目の前がまた漆黒に閉ざされた。

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