悪魔化
「翔、起きろ。翔?」
「うぅうう」
「そろそろ昼だ。炒飯を作ってくれないか?」
「嫌だ。面倒」
「そんなこと言わずにさぁ」
ユリカが俺の体を揺らす。
時々瞼が開かれ、見える風景が揺れた。
「とりあえず、起きろよ」
「分かってる、分かってるって」
言われた通りに起きて、机の傍らに座る。
ああ、もうちょっと寝ていたかったな。
「なあ、翔腹減った」
「俺もだよ。出前でも取るか。ちゃんとした炒飯を食わせてやろう」
「君の炒飯じゃ駄目なのか?」
「寝起きの俺が作って、アパートが火事になる事態を逃れるための否定を否定するのなら、どうぞ」
「ぶー」
ユリカは不満そうに頬を膨らませたが、それ以上異論を唱えることはなかった。
※
「うーん。美味いが――君のに比べると今一だな」
「は?」
俺はその言葉に驚愕した。
人には――いや、人ではないけど――十人十色と言って、それぞれ異なっている。
そう、それは確かだ。趣味や、好きな曲、あの人は好きと言っているけど、自分は好きになれない。
分かる。当たり前の感情だ。
しかし、これに関しては俺は首を傾げてしまった。
「それはないだろ」
遂、言ってしまった。
謙虚とかそういうのではなく――というか、そういうことを考える暇もなく、自然と滑るように、口から出た。
「いや、本音だが?」
当たり前のように神は小首を傾げた。
「いや、こっちの方が美味いだろ」
そりゃあ、俺の料理を褒めてくれ嬉しいが。
「いや、そんなことはない」
「まあ、いいや」
また不毛な論理が繰り広げられることだけは避けたい。
本人が美味いと言うのなら、美味いのだろう――とクールを内面でも表面でもクールを装ってみるが、結構、やばい。
こんな可愛い、少女に自分の作った料理が美味いと言われれば、そりゃあ健全な男子高校生は興奮してしまうだろう。
「どうした?」
「いや」
俺はそれでも、何とか伸びそうな鼻の下を押し戻して、平常を装った。
※
「翔」
「なんだよ」
トイレから帰って来ると、ユリカは肩を落として、しょんぼりした顔をしていた。
炒飯を食べていたときのテンションとは明らかに違う。
ユリカは立ち上がって、俺に寄って来る。
「ごめん」
その声が聞こえたかと思うと、目の前が真っ暗になった。
※
ピピ――短くて、小さいのに、鮮明な音が耳に響いた。
「翔?」
「ん」
聞き覚えのある少女の声。
「ごめん。いきなり、変なことしてしまって」
「なにが?」
朦朧とする意識にぼんやりと見える風景。
ゆらゆらと揺れる橙色のものが視界で揺れる。
俺の部屋ではないことは確かである。
「何処だここ?」
「ここは――」
天界だ。
その言葉を聞いて、俺の意識はすぐさま覚醒した。
「天界?」
「ああ、実は翔に頼みがあって来たんだ」
「俺に?」
段々と意識が明瞭になる。
頭がずきりと痛んだ。
そして視界に映ったのは。
生首。
「なんだよ? これ」
「大神さ」
長髪の青年――これが大神?
「もうちょっと老けた人を想像したんだがな」
最初に出てきた言葉がそれだった。
「はは。しかし、そんなことで笑っている場合じゃない」
ユリカは真面目な顔つきになった。
生首の横に立っている蝋燭の火が風も吹いていないのに、揺れる。
「人類悪魔計画」
「は?」
「それが魔界で進行している。そう、大神が言った」
「人類悪魔計画?」
もう計画の名前からして、内容が把握できるが。
「人類を抹殺するのが悪魔の当初の計画だった。しかし、人類を悪魔化して、人類や死人の抹消。人間は書き込みができないから、完全に悪魔化は出来ない。表面上を悪魔にし、人類を抹消する」
「なんでそんなこと俺の言う」
「逃げてくれ」
「なに?」
「逃げてくれ」
「何を言ってるんだよ」
「君に死んで欲しくない」
ユリカの顔は今にでも泣きそうな顔をしていた。俺にしがみ付いてくる。
「死んで欲しくないんだよ」
「なあ」
「なんだ?」
「お前誰だよ」