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葛藤

「少年、逃げろ」

「でも」

「その腕でまともに闘って、勝てるわけがない」

 確かに、こんな腕じゃ、痛みが伴って勝てる確率はほぼ零に近い。


「僕がやる」

「分かりました」

 素直に翔平さんに委ねる。考えれば、こいつを吹っ飛ばせばいいんだ――とりあえず。


 しかし。

 翔平さんは呆気なく、地に膝をつく。


「あぐぅぅぅぅぅうう」

 ゴリラの拳が見事、翔平さんの腹に直撃した。しかも、それを腹から離す気はないようで、

「あああああああっ!」

 更に捻じ込む。


「やめろ! やめろ!」

 俺は叫んでいた。

『少年は大したことないなぁ? 現にお前を助けに来ないぞ』


「少年逃げ! あああいいいいっ!」

「やめろ! やめろ!」

 俺が近づこうとした刹那。


 上から何かが降ってきて、ゴリラを蹴った。

 ゴリラは目の前に伸びる道路に沿うように吹っ飛んでいく。

 暗闇から現れたのは――。


「五十嵐!」



「いや、ゴリラを探してたら、翔の姿が偶々目に留まってね」

「本当に助かった。有難う」

「君はそこの倒れている人の看病をしてやれよ。僕はゴリラを追いかけなきゃ」


「そうだな。治ったらすぐに行く」

「すぐに来てくれよ」


 五十嵐が遠ざかっていく。

「翔? ふぇぇぇ。怖いよぉぉぉぉ」

 上空から声が聞こえる。


「あ、リン! ここだ! ここ」

「あ、翔ぉぉぉぉ。会いたかったぁ」

「おい! 待て、抱き着くな。腕が折れてんだ――どうすれば――うぐっ」


 唇に暖かい感触。

 マジかよ。


「これで大丈夫だ。正式な付人じゃないから、完璧に治せたかは自信ないけど」

「いや、治せてるよ」


 腕を回す。

 痛くない。


「この人も頼めるか?」

 翔平さんに目を向ける。


「え? 翔はいいのか? 私の唇が――」

「は? 何言ってんだ?」

「ふん、なんでもない――分かったよ」


「いや、大丈夫だ。ゲホゲホ――自分で呼べる」

「大丈夫ですか?」

「ああ。何とか。ゲホゲホ――マイハニー!」


 へ?

 今、なんて言った。


「はーい♡」

「早いじゃないか」

「翔平ちゃんのために駆け付ける。それがお嫁さんとしての役ですから」


 目の前に現れたのは、口紅をばっちりつけて、可愛らしい女性服を着こんだ巨大な男だった。


「ちょっと待ってくれ。マイハニー。キスというのは心の準備が必要だろう?」

「――あ? 俺のキスがいらねえってのか」


「いや、そういうことじゃなくてな! キス一つ一つ大切にしていきたないだろ?」

「ああ、そういうことね! もぅ、ダーリンたらぁ」

 

 

 リンと例の男が帰るのを見届けた途端、

「おえええええええええっ」

 翔平さんは溜め込んできた言葉を吐き出すように、大声を上げた。


「なんか、色々大変そうですね」

「ああ、あれは嫌いになることはあっても、慣れることはない」


「でも、こんなところでモタモタしてられませんよ」

「そうだな。さっきの少年のところに早く向かわなくては」

 


「はぁっ! はぁはぁはぁ」

『もう、終わりか? もう倒れるか?』

 五十嵐は力のないパンチをゴリラに繰り出している。


 ゴリラはそれを軽々と躱して、高笑いする。

 笑うゴリラに対して、五十嵐は汗だくであった。


『遅いぜよ。遅いぜよ』

「少年、行くぞ」

「はい」

 翔平さんが駆けだす。


 俺もついて行こうとしたその時、翔平さんの次の行動に驚愕した。

 なんと、翔平さんはゴリラを飛び越えたのである。


 翔平さんが丁度、月と重なった。


 そういうことか。


 意図を理解した俺は、ゴリラに向かって走る。

『ウホッ?』

 ゴリラの目は翔平さんに釘付けだ。


「五十嵐伏せろおおおおお!」

 俺の言葉に五十嵐は崩れるように、地面に尻餅をついた。

『ウホォ!』


 今更、気づいたって遅せえよ。


 俺の拳はゴリラの顔の真ん前にある。

「死ねええええええ!」

 顔面に拳が直撃し、ゴリラは面白いほどに吹っ飛んだ。


 そして、道路の先の暗闇に消えた。


「少年、僕は先に向かう。その少年Bを起こしたら、早く来てくれ」

「はい、分かりました」


 翔平さんは眼鏡をくいっと上げると、走り出した。

「五十嵐、大丈夫か?」

「はぁはぁ、特に外傷はないから――はぁはぁ、休めば大丈夫」

「お前の神呼ばなくて大丈夫か?」


「あ、ああ」

「立てるか」


「有難う。情けないよ」

 肩を貸して、五十嵐を立ち上がらせる。

「ここで暫く休んでてもいいんだぞ」

「これぐらい、大丈夫だよ」

 まあ、本人がこれ程、言うのだから、無理に止める権限は俺にない。



「ぐが! あが!」


 苦しそうな声。

 嘘だろ?


 駆け付けると、翔平さんは小さな空き地で闘っていた。

「ああ! あああああっ!」

 翔平さんの割れた眼鏡は血に染まっている。翔平さんの叫び声があちこちから聞こえる破壊音に混じった。


 翔平さんの両腕はなかった。


『来るのが遅かったな』

 ゴリラが不適に笑う。


「翔平さん!」

「少し来るのが遅いんじゃないのか?」 

 語尾が薄れていって、翔平さんが地面に崩れた。


 微量の血が舞い上がる。


『次はなんだ? 弱小チームか?』

「こいつを倒して、そこの人を助けよう」


 五十嵐が構える。

 目の前のゴリラを見据える。


 いや、無理だろ。


 翔平さんの腕がなくなったんだぞ?


 いや、無理だろ。

 昨日なったばかりの俺の倒せるはずがない。


 強すぎる。


 倒せるだろうか。


 俺が。

『これだけで死なないか。死人というのは中々厄介だな』

「お前さえ倒せば! ――翔? 大丈夫か」

 五十嵐の声が脳にガツンと響いて、俺は我に返った。


 体中が熱い。


「はぁはぁ」

 呼吸が荒い。


 五十嵐の顔を見る。

 なんで? さっきの疲れた顔は何処へ吹き飛んだ?


「はぁはぁ」

 俺が吐く息が耳元で聞こえる。いや、頭の中に響いている。


「はぁはぁ」

 倒せない。


 いや、無理だろ。無理だろ。


 そもそも、なんで俺がこんなことをしなければならない。 

 なんで、みんな神に素直に従っている?

「翔!」


 ぶわっと、冷たい風が俺を包み込んだ。

「翔!」


 五十嵐の声がやけに遠い。

 歪む視界に歪むゴリラの顔。

 歪む毛むくじゃらの拳が目の前に見えた。

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