暗闘
人の波に押し流されて、溺れそうになる。
「逃げろ! 一旦、引け! 死ぬ――ああああ!」
「やべっ! 早く来い! 来い!」
「ちょっと、何処? 何処なの――きゃああっ!」
俺は誰かに手を引っ張られて、そんな雑踏の中から助け出された。
「こっちへ来い」
※
「はぁはぁ」
「すまないな。いきなり連れ出して。僕の名前は内山翔平だ」
顔を上げると、先ほど俺の隣に居た大学生っぽい人だった。
「俺は木田翔って言います」
「翔か――翔同士仲良くやろうじゃないか」
「な、なんで僕なんかを?」
「隣に居たからさ」
呆気ない理由に俺は、少し呆けていた。
※
「おわあああ! 怖いいいい!」
暗闇の染まる家々の屋根を飛び移る。いつか踏み外して、深潭の中に落ちて死にそうで怖い。
「大丈夫か、少年」
「いや、大丈夫じゃ――あ!」
横様からゴリラが飛び出してきた。
「おおっと!」
翔平さんはそのゴリラに回し蹴りをかまして、それだけでは留まらず、前方の屋根に着地したのである。
すげえ。
「ふぅ、危ない」
「大丈夫でした?」
俺も飛び移って、翔平さんと並ぶ。
「恐らく、あのゴリラは死んでない。感触で分かる。僕は力が足りないんだよなぁ」
「いや、でも凄いですよ」
本音である。
「ははっ。殺せなきゃ意味ないだろ。まあ、止まってないで、早く進もう」
「あの、今更なんですが――何処に向かってるんですか?」
「いや、ゴリラを捜している」
「ああ」
翔平さんはまた、屋根に飛び移る。俺もそれについて行った。
※
そういえば、五十嵐と裕次郎は来ているのだろうか。まあ、あれだけ人が居たら会わないのも何ら不思議はない。
「少年! 危ない!」
「うおっ!」
翔平さんの声で我に返って、間一髪、家々の間に落ちることを免れた。
「考え事とは余裕だな、少年」
「いや、そんなことは――」
しかし、一難去ってまた一難。
目の前に二匹のゴリラが現れた。
「少年行けるか?」
「はい」
「じゃあ、少年は右を頼む」
「はい」
やべえ、怖い。
しかし、いけるだろ。
攻撃さえ当てればいいんだ。
俺は屋根を蹴る。
「少年! 待て! 落ち着け」
あ。
やば。
また、闇雲に突っ込んじまった。
ゴリラの拳が迫る。
俺は咄嗟に左手を出す。
しかし、その拳は左手に変な角度で入った。
「ぐあああっ!」
嫌な音が肩からして、俺は真上に吹っ飛んだ。
抵抗できず、空気の中を突っ切る。
左手が思うように動かない。動かそうとすると、激痛が電撃のように走る。
ブランブランと間抜けに揺れる。
「あっ! 痛ええええええええ」
「少年、そっちに一匹向かったぞ!」
下から声が聞こえた。
そんなこと言われたって――痛い。
空中に寝そべっている俺は、何とか頭を持ち上げる。
自分の腹、足が見える。その先にゴリラが山から出る太陽のように現れた。
俺はその穢れた太陽を思い切り蹴る。
「ふごぉっぉ!」
ゴリラの声が遠ざかっていく。
「はぁはぁ」
右手で何かが疼いている。右手がやけに重たい。
※
「おぶっ!」
道路に叩きつけられた。
背中に伝わる感触から言って、コンクリートだろうか。
「ふぅっ! ふぅっ」
俺は何とか立ち上がる。
「ふぅっ! ふぅ!」
汗が頬を伝う。
翔平さんが上空から現れて、俺に肩を貸してくれた。
「大丈夫か? 骨が折れたのか?」
「はい」
声がうまく出ない。
頭がぐわんぐわんする。
「君の神はどうすれば来る?」
「え?」
「もしかして、合図かなんかを決めていないのか? 名前を呼べば来るとか」
「決めてません」
「じゃあ、取り合えず名前を呼んでみよう。君の神はンなんて言う名だ?」
この場合、ユリカとリンどちらを言えばいいのだろうか。
ユリカを呼んだところで、そもそも天界に声が届くとは思えない。
「リンです」
「リンンンンン!」
翔平さんが大声を上げる。しかし、聞こえてくるのは、何かが壊れる音やゴリラと戦闘している音だけだった。
「リンンンンンンンンン!」
俺も大声で叫ぶ。
しかし。
現れたのは。
長髪の美少女ではなく。
体毛を存分に生やしたゴリラだった。