死球
コンビニで買ってきた飯を適当に食う。
「日本の飯はそれ程、好きじゃないんだがな」
「じゃあ、いらないの?」
「いや、要る」
「はい」
「有難う」
※
昼飯を食べた直後のことだった。
無機質なチャイムの音が部屋に鳴り響く。
食器を袋に詰め込んで、俺は向かう。
「はい」
扉を開けた瞬間、俺は扉から離れていて、背中と壁を密着させたいた。
「は?」
何が起こった?
俺はどうやら、客人に吹き飛ばされたようで、壁に止められたようだった。
扉がゆっくりと開いて、客人の姿が見えた。
ゴリラ?
『神もいるのか? まあ、死人優先ウホッ!』
ゴリラは俺に突進してくる。
咄嗟に足が突き出て、ゴリラは一直線に後方に吹っ飛び、扉の外と柵に激突したかと思うと、それさえも越えて、青空の中に消えていった。
「大丈夫?」
リンはビンタでもすれば、泣きそうな顔である。
「お願いだから泣かないで」
「あ、ああ」
背中の痛みにこいつの泣き顔という負担が重なったら、厄介である。
「いてえ」
なんだったんだ?
悪魔ぽかったが、吹っ飛んでったぞ。
「今の弱かったな」
「違う違う。今のはそういう悪魔だったんだ」
「はい?」
「悪魔にも派閥というか、集団行動を好む者たちが居てな、先ほどのゴリラの形をした悪魔はその一人だ。しかも、好都合なことに弱点が分かっている」
「弱点?」
「悪魔の集団は姿や能力などを統制している事が多い。つまり、弱点も共通していることが殆ど――一部例外もあるが――まあ、今回のゴリラは弱点がある。先ほどのゴリラは皮は硬く、攻撃で命を削るのは難しいが、すぐに吹っ飛ぶ。まあ、共通していると言っても個人差がある。先ほどみたいに、物凄く吹っ飛んでいく者も居るし、吹っ飛ぶには吹っ飛ぶんだけど、今一のもいる」
抽象的な表現ばかりで分かり難いが、何となくは分かった。
「しかし、ここでゴリラと言うことは――気配はしないが――いつか襲撃はあるかもな」
「まあ、念頭に置いておくよ」
※
夜。
炒飯をリンに賄う。
「うおおおっ」
少女が唐突に大声を上げたので、それに反応して俺の体が跳ね上がった。
「大声を出すな」
俺は声を潜めて言う。
また大家からどやされてしまう。
「いや、でも、これ! え」
「どうした」
「もっと食わせろ」
「いや、俺のを見ても、あげないからな? 俺も普通に腹減ってるから」
「いや、失礼。少し興奮してしまった――しかしだな」
リンが言葉を詰まらせて、頬を紅潮させた。
「あ、明日も作ってくれるか?」
「おお、いいけど」
「ありが――ん? 翔」
「なんだ?」
「早く炒飯を食べろ」
嫌な予感がする。
まさか。
「悪魔だ」
※
炒飯を口の中に放り込んで、外へ出る。
家々の上を人々が飛び移っていた。
皆、同じ方向に向かっている。
道路に出ると、丁度、少し老けているおじさんが通りかかった。
「すみません。何処に向かっているんですか?」
「ん? ああ、僕が見えるってことは君も死人か。野球場だよ」
「野球場?」
「皆が向かっている方向に子供たちが使う野球場があるだろう? 皆、そこに向かっているんだ。君も早く来なさい」
「はい」
そう言い放って、おじさんは走っていった。
※
野球場は子供たちが使うと言っても、結構広く、時々大人たちが草野球をしているのを見る。周りを住宅街が固めていて、それに被害が向かないように、柵が張られている。
その中にゴリラが居た。ざっと五十匹は居るだろうか?
俺が着くと、人が群れて、それを囲んでいた。
まるで動物園である。ゴリラしかいないけど。
俺は雑踏をかき分けて、群れの中に入り込んだ。幸運にも、一番前に入り込むことに成功した。
「よし! いくぞ? いいか? トンコツ」
「いいよ。俺たちはダクソやデモンズなどの難易なゲームをクリアしてきたんだ」
「よし、じゃあ、俺たちお先に!」
反対側の方で暗闇の中に向かって、跳び上がる二人の影が見えた。
皆、それを見守る。
柵を悠々と飛び越えて、中に入った瞬間。
一人の男の足がゴリラの拳によって、吹き飛ばされた。
「ぐわあああっ!」
真っ赤な肉が飛び散り、骨が露わになった。
「うっ!」
俺は口を押さえる。
子供の泣く声が何処からか聞こえた。
「チェリー?」
「やべえ! 痛えええ! 助けて!」
チェリーを呼ばれる男はゴリラに囲まれた。そこで、俺の視界もゴリラの背によって遮断された。
ぐちゅ――厭な音が響く。
「チェリィ! あああああああ!」
刹那、暗闇に何か吹っ飛んでいった。
「ゴリラ?」
隣の眼鏡をかけた大学生っぽい人が呟く。
「うおおおおおおおおお! 帰ったら! 帰ったら、一緒にゲーム、うああああああ!」
次々とゴリラが吹っ飛んでいく。
「すげええええ! いける! いける」
歓声が巻き起こる。
ドォン! ドォン!
爽快な音が聞こえて、次々とゴリラが吹っ飛んで――。
暗闇の中から、何かが落ちてくる。
あれは――。
ゴリラ。
一匹のゴリラが野球場に落ちた。
先ほど聞いたような嫌な音が、響き渡る。
「まさか」
上を見る。
無数のゴリラが降ってくる。
それはもう野球場に向いていなかった。
外。
柵の外。
「逃げろおおおおぉぉぉ」
誰かの声が聞こえた。