死人
死んだらどうなるのだろう――最近、そんなことばかり考える。
アパートで独り暮らしを始めて、早一か月。
独り暮らしを始めたものの、案外楽しいものではなく、ただ虚しい空間とそれに対する解放感が体を包み込むだけだ。
だから、そんなことを考えてしまう。
誰しも経験はないだろうか。
寝る前、死や将来について考えてしまうことが――その延長線上にあるのがこれである。
飽きれば、テレビやゲームをやって時間を潰す。
無意味な思考だと自分でも分かっている。
しかし、人は死んだらどうなるのだろう。
※
雑踏の中に入り込んで、学校へ向かう。気怠い体に燦燦と照り付ける太陽が心底、鬱陶しい。そもそも、学校が面倒だ。体が怠いの理由の殆どがそれである。
信号が赤になった。何故、俺が来ると信号は赤になるのだろうか?
車が往生する。ここに飛び込めば、そこは非日常である。生きている俺たちから見たら死の世界は非日常だ。
いや、まず死の世界なんて存在するのだろうか。
何気なく、隣にいたおじさんを見つめる。
顔が四角いな。
「なんですか?」
「い、いえ」
俺は急いで目を逸らす。
初対面の人と話すのは苦手だ。
後ろの人は今の俺の光景をどう思ったのだろうか。
俺に見つめられたおじさんは今、どんなことを思っているのか。
息苦しくなる。ここに居たくない。
信号が青に変わる。
俺は少し急ぎ足で信号を渡る。
「ちょっと君!」
おじさんの声が後方から聞こえる。
心臓が高鳴った。
何かしたか? 俺。
「きゃああ!」
悲鳴が上がる。
轟轟と近づいてくる音に耳を傾けると、どうやらそれは俺に迫ってきているようだった。
甲高い悲鳴とおじさんの声が耳に残って、そこで意識は途切れる。
信号はまだ、赤だった。
※
「うおっ!」
勢いよく体を起き上がらせて、周囲を見渡す。
俺の――部屋?
今のは夢だったか――って、ん?
部屋を見渡した時、俺の部屋にあるはずのないものがあった気がするが、気のせいだろうか。
「やあ、やっと起きたね」
「え? は?」
そこには少女が居た。
時々、アパートに妹が来てくれることがあるけど、それとは違う。
俺の妹は細胞を変異させることもできなければ、怪盗でもない。
目の前にいたのはまったくの別人であった。
肩まで伸びた髪の毛はとても艶やかである。右側の鬢から小さく結った髪の毛がちょこんと出ている。
「だ、誰?」
恐る恐る、尋ねる。
「私の名か? うーん。これと言った名は無いが。ユリカと呼んでくれ。此処に来た時、一番初めに聞いた名だ」
訳の分からぬ間に自己紹介されてしまった。
「いや、そういうことじゃない! 名前とかじゃな――」
「君が混乱する理由も分かる。神が目の前に居るのだからな」
「は?」
「私は神だ」
――頭が破裂しそうだった。
※
俺はベットから降りて、自称神と対峙していた。
「何なりと訊くがいい」
「いや、訊くって」
ああ。喋り辛いなぁ。初対面の女の子なんてどう対応したらいいんだよ。
しかも、結構、可愛いし。
「あの、あなたは誰ですか」
「君はまさか、頭が悪いのか? 先程から言っているとおり――名はユリカで構わないし――」
「いや、だから。そういうことじゃなくて」
「じゃあ、どういうことさ」
どうやら自称神様は、質問の意図が分かっていないらしい。
「あの、知らないんだけど、あなたのこと」
「心得ている」
「え、あ」
言葉に詰まる。
「だからさっき自己紹介したじゃないか」
「だから、名前とかそういうのじゃないくて」
駄目だ。頭で思っている事が言葉に変換されない。
即席で作ってしまう。
「君の言いたいことがよく分からないんだが?」
「あの、なんでここに居るんですか」
俺が尋ねると、自称神は何か考えている顔をした。
「まあ、君は死んだわけだな」
そして、長考した末に出てきた言葉は俺の頭を更に混乱させるものだった。
「はい?」
「君はトラックに撥ねられて死んだんだよ」
「は、はぁ」
返事をしてしまったけど、状況が読み込めない。
夢ではなかったのか? あれは。
反射的に自分の頭に手を伸ばしていた。それから、手の平を見つめた。
何ともないよな?
「大丈夫だよ。体は完璧に治しておいた」
「ふざけないでくれよ! じゃあ、なんで俺はここにいる? 生きてるからだろ」
何が何だか分からなくなって、何が何だか分からぬうちに俺は怒鳴っていた。
頭が混乱して、遂言ってしまった。
「あっ。いや」
「まあ、いきなり、君は死んだ、と言われたらな。そういう反応も頷ける。しかし、君は死んだんだ」
「じ、じゃあ、此処に居る俺は? ロボット? それとも――」
何が何だか分からない。しかし、この神――ユリカだったか――が言っていることも尤もだ。
確かにこの少女が俺の夢の内容を知っていることもおかしい。
「慌てるんじゃない。事を急ぐと、元もこもなくすぞ」
「す、すみません」
「すぐに謝るなよ」
「すみません」
反射的に謝ってしまった。
「はは、君、面白い子だね――そういえば、まだ名前も聞いていなかったな」
「木田翔」
知らない人に名を名乗ってしまった。
「『しょう』ってのはどんな漢字を書くのかね」
「空を翔るの『かける』です」
「ほう。いい名だ。ああ、そうそう。先程から私に対する言葉に敬語が混ざっているが、敬語はやめてくれ。まあ、私の偉そうな口調は今更、変えようがないので我慢してくれ」
そっちはいいかもしれないが、俺はまったく構う。
ほぼ初対面の女子を呼び捨てにするなど、心臓が内側から爆発してしまうこと請け合いである。
「ほら呼んでみ?」
「へ?」
「私の名を」
意地の悪い笑みが神の顔面に浮かぶ。
「ほら、翔」
「え。ああ――ユ、ユリカ」
俺が勇気を振り絞って言うと、ユリカは一旦停止して、
「ああ、もっと面白い反応すると思ったんだけどな」
と言った。
面白い反応ってなんだよ。完全に遊ばれるている。
「で、なんで神様がいるんですか?」
答えがまだたったので、訊いてみる。
「敬語」
「――んん! なんで神がいる?」
とても恥ずかしいんだけど。
「説明が面倒。却下」
ユリカが机に突っ伏しながら言った。
初めて、異性を思い切りぶん殴りたいと思った。
「本当に面倒臭そうな顔してますね」
「敬語」
「本当に面倒臭そうな顔をしているな」
なんでこんなことせにゃならんのだ。てか、なんで俺は素直に従っているんだ。
「ま、簡略して言えばいいか」
ユリカは顔を上げて言った。どうやら、説明する気になったようである。
「簡単に言うと、君は悪魔と戦ってもらうことになる」
「は?」
「悪魔さ」
「ちょ、ちょっと待ってくださ――くれよ。悪魔?」
「悪魔だよ。何? 漫画に例えるか? それならGA――」
「いや、そういうことじゃなくて」
「なんだい? 何が不満だね」
何が不満って、お前の説明不足にだよ。
「いや、悪魔って意味が分からないし。っていうか、ユリカがなんでここに居るか答えになってないよ!」
「丁度いいな。よし外へ出てみ?」
「外?」
※
言われた通りに外へ出てみる。
俺が通う学校の辺りに何か蠢いている。外が暗いので、はっきりと見えるわけではないが。
「あれが悪魔だ。早く行かないと、人が沢山死ぬぞ」
「は?」
なんだよ、それ。