表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

桜の木の下、猫の墓

作者: ヤケノ



H氏の家の裏山には、桜の木が何本も生えている。

毎年春になると、ふわふわした雲のように山の一部がピンク色に覆われる。


しかし、季節は夏の終わり。

木々は濃い緑色をした葉が茂って、周りと溶け込んでいる。


山を挟んだ反対側にある道がアスファルトで舗装され、遠くから人がやってくるようになった。

山の向こう側なので、自動車の騒音に悩ませることもないが、時々こうやって見回りをしていた。日が暮れかけて、辺りは暗くなろうとしている。この時間帯でもまだ暑さが残り、体から汗がにじみ出る。



「何をやっているんですか、ここは私有地ですよ」

知らない中年の男が、桜の木の根元で穴を掘っているではないか。

H氏は男に向かって注意した。


H氏は、桜の木を盗むために掘り返しているのか、それとも粗大ごみの不法投棄なのかと考えていた。


「穴を掘っているのだ」

男は不愛想に返事をした。


「なぜうちの山の桜の木の根元を掘っているのか、と聞いているんです」

H氏が問い詰めると、男は感情のこもっていない声でぽつりと言った。


「死体を埋めるんだよ。桜の木の下よりふさわしい場所が思いつかなかった」


H氏は驚いた。

男は確かに死体と言った。

殺人犯に出くわしてしまったのかと焦った。


ブーンと蝿の飛ぶ音と、何かが腐りかけて嫌なにおいがする。

蝿の止まった先を見ると、茶色い毛の塊が落ちていた。

よく見ると猫の死骸のようだ。


「この猫の死骸は、あんたのペットだった猫かね?

だったら、こんな人の家の山になんか埋めずに、ちゃんと手厚く葬ってやったらいいじゃないか」


「俺の飼い猫ではない。

きっと名前もないような野良猫だ」


男はどうやら道で死んでいた野良猫を、わざわざ桜の木の根元にまで埋めに来たみたいだ。

最近はどこもかしこもアスファルトで舗装され、公園も勝手に穴を掘ったりできないようになっている。

市役所に処理させるよりも、桜の木の根元に埋めるというのは、男なりの供養の仕方なのかもしれない。

H氏はそう思った。


「そろそろあたりも暗くなる。

私はもう帰るけど、今回限りにしてくれよ。

それと、猫の死骸を埋めたら、穴はしっかりと土をかぶせておいてくれ。

他の動物に掘り返されないようにね」

H氏はそう一方的に告げると、来た道を帰っていった。




H氏がいなくなるのを待って、男は道路の方へと歩き出した。

青いビニールシートにくるまれたものを重そうに運んでいる。

深く掘った穴にビニールシートの中身を落として、土をかける。


地表から一メートルほどまで穴に土をかけたあたりで猫の死体を入れて、残った土をかぶせた。

穴を完全に埋めて、手頃な大きさの石をその上に乗せた。


「ああ驚いた。

見つかった時はどうしようかと思った。

誤魔化そうにも、とっさに言葉が出なかった。

偶然、猫の死骸が転がっていてくれたおかげで、勝手に勘違いしてくれたみたいだ。助かった。


もう一人分、穴を掘らなくちゃいけないところだった」




来年、この桜はきっと鮮やかに花を咲かせるだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ