名前
「おばあちゃん、おはよう!」
「おはよう、随分と早起きだね」
「えぇ、目が覚めちゃって」
やはり、環境が変わるだけで身体も変わるのだろう。二匹がこの家に来てから、生活習慣も大きく変化した。そんなことを考えながら、アリアは席につき、朝食を食べ始めた。
「アリア、後で畑を見てきてくれないかい。この間の大雨で荒れちまったからね。整備しなきゃならんところをあらかじめ把握しておきたいのさ」
「それは全然かまわないけど、畑を見るだけ?最近、全然仕事を手伝えていないし、他にも何かやるわ」
祖母はしかめっ面で、アリアを見た。
「何言ってんだい、あんた。あいつらはどうすんだよ。早く良くなって欲しいんだろ?それに、あんたも腕を怪我してんだ。わたしゃ、怪我人をこき使うほど鬼じゃないよ」
アマンダはふんっと鼻をならし、そのまま仕事部屋へと消えた。
「おばあちゃん、大好き!」
アリアは嬉しくなって、祖母が入った部屋に向かって叫んだ。
「あら、おはよう!」
アリアが起きたときにはまだ寝ていた二匹は、アリアが朝食を食べたり、顔を洗ったりしている間に目が覚めたようだ。
「よく眠れたかしら?今日は私、この後、畑に行かなくちゃいけないから、私が帰るまでお利口にしていてね。ご飯はここに置いておくわね」
アリアはそう言うと、二匹分の餌を入れた器をそっと、床においた。
「じゃあ、行ってきます!」
子狼たちを優しく撫でて、アリアは部屋を出た。
「ただいまー」
アリアは畑から帰ると、真っ先に二匹の元に行った。ただ、畑のようすをみるだけとはいっても、家の周りは全て畑なので結構、時間がかかるし歩き疲れる。 アリアは家に帰ったらあの二匹を構いたおして心を癒そうと決めていた。
「私がいなくて寂しかったかしら?今日はこれからずっと一緒よ」
アリアは二匹にデレデレだ。顔に締まりがない。初めのうちはアリア自身、二匹とどう接して行こうかと悩んでいたが、意外にも二匹はアリアをすんなりと受け入れていたので、楽に接することができた。今では二匹がもう可愛くて可愛くてしょうが無い。それに、世話をしているうちに二匹の性格も段々、分かってきた。
赤い目の方は、ツンとした感じで、アリアが顔を緩ませているのを何だコイツは、的な目で見ている。この間、これでもかと撫で回したときも嫌そうな顔をしていた。だが、アリアに触られても本気で嫌がって噛みついたりはしない。むしろ、アリアが可愛がっているときは始終、尻尾をふりふりと揺らすのだ。ツンデレってやつだ。絶対そうだ。普段はとても静かで、怪我をした相棒に寄り添うように座っていることが多い。
一方、赤紫の目の子は、アリアが側に行くと、その綺麗な目を輝かせて構ってもらうのを待っている。なでなでされるのが非常に嬉しいのか、いつも尻尾をちぎれるんじゃ、と心配になるほど振るのだ。好奇心は旺盛なようで、最初の頃はアリアの部屋にある、子狼にとっては珍しいもの(例えば、本やビーズでできたアクセサリーなど)を一日中、鼻をひくひくさせながら眺めていた。怪我をして、動き回れないのが、とても可哀想だ。
「あ、そうえいば」
アリアの声に二匹は目をキュルンとさせ、どうしたんだと首をかしげた。アリアは二匹の前にしゃがみ、目を見て言った。
「私、あなたたちの名前を決めたいのだけど、どうかしら。ほら、呼んだりするときに困るでしょう?」
この提案には、二匹とも驚いたように目を丸くした。しかし、しばらくすると赤紫の方は尻尾を振りだし、了解の意を伝えた。赤い方は戸惑って目を泳がせている。そんなにびっくりすることかしら、とアリアは思った。
「私、あなたたちともっと仲良くなりたいのよ。こうして会ったのも何かの縁だし。それとも、名前をつけられるのは嫌?」
そう微笑むと、赤い方も、おずおずと尻尾を振った。
「よかった!じゃあ、早速!」
「……実は私、今まで言わなかったけれど、あなたたちの目がすごく好きなの!とっても綺麗で素敵だなぁって!それでね、名前は目の色にちなんでつけようと思うのだけれど……」
夢中で喋っていたため、初めは気がつかなかったが、ハッとして二匹を見ると、今までで見た中で一番、目を大きくしていた。そんなに見開いたら目が落ちてしまうんじゃないかと、アリアは思った。そのまま動かなくなってしまったので、アリアは可笑しくなって、クスッと笑うと二匹に顔を近づけた。
「嘘だと思ってるのかしら?でも、本当よ。私、あなたたちの目に一目惚れしちゃったみたい!こんなに綺麗なもの、これまでに見たことがないわ」
アリアは今まで自分の中に留めていた感情を吐き出すように二匹の目をとても綺麗で美しいと褒めまくった。二匹は初めこそ驚いていたが、アリアの告白めいたその言葉が段々と自分達の中に染み渡っていくのを感じた。そして、アリアに褒められた目を大きく揺らしながら、アリアに擦り寄った。まるで、何かに耐えるように。アリアはどうしたのだろう、と思ったが、目に優しい色を宿してそれを細めた。
「本当に大好きよ」
そう言うとアリアは、小さな二匹の子狼に優しいキスを落として、それをぎゅっと抱き締めた。