黒い狼
ーーガルルルル、ガルル
真っ黒なそれは、毛を逆立ててアリアを威嚇していた
(…なっ…何!?)
突然の事で動揺しつつも声の先をじっと見つめるとーー
(…狼?)
真っ黒なそれは、一匹の小さな狼だった
ーーガルルルル、グルル
小さいとはいえ、まずいことになった 。この子、気が立ってるみたいだし。どうしようか。
森は薄暗いが、その狼の真っ黒な様態ははっきりとわかる。言葉も出ず、じっと見つめあう(相手は睨んでいるが)時間が過ぎていく。
ーーふと、その時アリアは黒の中に赤く光るものを見た。
目だ。狼の目だ。
アリアを睨むその狼の目は血のように深く赤く、黒い身体と相まって、なんとも不気味に見える。しかし、彼女はその赤光に何故かとても惹かれるものを感じた。
「…綺麗」
アリアの呟きに狼は、一瞬その目を大きく見開いた。赤い光に吸い寄せられるようにアリアは自然と一歩、狼に近づいた。すると、狼も唸りつつ一歩下がる。アリアの足は真っ黒な獣に不思議と向かっていく。
ーーグルルルル、ガルル
アリアはハッとした。私、何をやっているんだろう。自分から狼に近づくなんて。ーーしかし、そこで気がついた。
(…襲ってこない)
そう、狼は襲ってこないのだ。
(もしかして…)
アリアはグッと一歩前に進んだ。すると狼も一歩下がる。もう一歩進むと、狼も一歩下がる。よく見ると、小さい獣は小刻みにブルブルと震えていた。ーーーやっぱり、この子、
(怖いんだわ)
ーーガルルルル、グルル
「…ねぇ、あなた」
アリアの声に反応した狼は小さな身体をびくっとさせると、さらに唸り声を大きくした。
「私、あなたに何もしないわ。ほら、猟銃とか縄とか…えー…あなたを傷つけるものは何も持っていないわ」
ーーグルルルル、ガルル
「…だから、そんなに怖がらないでほしいの」
ーガウッガウガウ、グルルルル、ガウッ
そう言った途端、それを否定するように小さな黒は激しく吠え出した。虚勢を張るようなその姿に何故だかアリアはひどく心を打たれた。その黒と赤を強く抱きしめたかった。
それは、アリアが今まで生きてきた中で初めての感情であり、彼女自身それが何なのかは分からなかった。子供といえども凶暴な獣なのだから、ここを逃げるのが正しい判断である。けれども、あの震えている子を放っては置けないという思いが自分の中に強くあった。
「…お母さんとはぐれてしまったの?あなたは狼だけれど…まだ小さいし、夜は危ないわ」
私は何を言っているのだろう。大体、狼相手に言葉も通じるはずはないし。というか、母狼が来たら私、きっと食べられちゃうわ…。
アリアは頭をかかえた。未だ狼は彼女に向かって吠え続けている。
ーークゥ、ン
「……え」
吠え声とは別の声が聞こえた気がして、アリアが目を細めると、小さな黒狼のうしろに小さな黒い塊が落ちていた。威嚇する黒よりもさらにどす黒いそれがピクリと動いた。黒い塊が鈍くテラテラと光る。そして、アリアは気づいた。
(…血だ)
ーーー小さな黒い狼のうしろに小さな血だらけの狼が横たわっていた。