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戯れる宵  作者: 葉月 叶
9/10

信頼の条件

城には様々な役職が有る。


兵であり、料理師であり、召使いであり。

彼らは時を追うごとに昇進し、入れ替わっていくのが常である。



しかしその中でも王女の傍に使える侍女には、ここ数年変化がないという。



***



王女クランベリーのボディーガードはヘキ。

そしてあまり知られてはいない彼女の侍女は、今年二十歳になるレイという女性だ。

メイド仲間は彼女のことを心から羨ましがるという。

何しろ、日がな一日美しい王女の世話をし、必要ならばこれまた美しいボディーガードと会話ができるのだ。

こんなに甘い蜜を吸える職が他に有ろうか、というのが彼女たちの意見である。

しかしそれは、とんでもない間違いで。



レイは日々、それはもう毎日のように戦っていた。




「姫っ!何ですかそれは!」

「虫」

宵に浸りかけた、緋色の空。

それを背景にそびえ立つ城の一角にある、王女にあてがわれた湯浴み場に侍女の声が響き渡った。

「虫、ではありません!私は毎日毎日あれほど節度をお考えくださいと……!」

「レイ、声が大きいわ。鼓膜が破れてしまうでしょう」

「反省してくださいお願いします……!」



れっとして虫のせいだと言い張るクランベリーの胸元に散る、紅。

それは胸元だけに留まらず、首筋から、はたまた太股にまで鬱血を広げていた。

「そんな虫がいるものですか!良いですか姫、明日着るドレスの事をお考えになってくださいませ」

「そこなのね、気にするところ」

「もう何も申し上げられませんわ!」


それが何の跡で、誰のせいなのかまで侍女は聞かない。

大体の察しはとうの昔に確信に変わっていたのだ。

それは彼女が初めてクランベリーに仕えた、三年前。

侍女として城に初めて仕えた、レイが十七の冬。






「……あの、クランベリー姫様。その胸元の跡は……」

「ああ、昨夜虫に刺されてしまったの。何でもないわ、気にしないでね」

身体を清める手伝いをしている途中に訪ねた新参者の侍女に、当時15だったクランベリーは笑った。

今思えば虫などという言葉は言い訳に過ぎなかったのだが、その時彼女は不審に思いながらも納得した。

何より、王女に対して口答えをする勇気がなかったのだ。


しかしその「跡」はその翌日も、その翌々日も続き、鈍かったレイもやがて真実を感じ始めた。





そして決定的な確信を持ったのは、彼女が配属されて三ヶ月ほどたった夜。

湯あみを手伝いながらも、やはり気になる。


「クランベリー様、やはりその跡は………」

「虫よ。」

「………でもそれってもしかしてキスマ」

「ああ、のぼせてしまいそうだわ。もう出るわね」

「えっ」


決死の覚悟で出そうとした単語を遮られて、レイは一瞬呆然とした。

しかし彼女の表情は、次の瞬間にさっと青ざめた。

裸のまま、タオルも持たず脱衣所に向かうクランベリー。


あの脱衣所には護衛の為にヘキが控えていたような。




「……きゃー!クランベリー様、お待ちください!そちらにはまだ碧様が!」




滑って転びそうになりつつも王女の元に駆け寄り、閉められた脱衣所との境界のドアを跳ね開けた。

「クランベリー様!おまちくだ………あれ?」

その場に広がっていた光景。

「なあに、レイ。騒がしいわよ。元気があるのは良いことだけどね」

夜着を身に付けながら振り返る王女と、平然とその傍に佇むボディーガード。


女の勘、というべきか。

その時レイは全てを悟った気がした。







そして3年後。


「……ですから姫、その虫ネタ、いつまでひきずるおつもりですか」

「ネタじゃないわよ。本当よ?まあ、結構大きな虫かもしれないけど」

「…………さようでございますか」



城には様々な役職が有る。


兵であり、料理師であり、召使いであり。

彼らは時を追うごとに昇進し、入れ替わっていくのが常である。



しかしその中でも王女の傍に使える侍女には、ここ数年変化がないという。




その理由は、侍女であるレイだけの胸の内にある。






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