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戯れる宵  作者: 葉月 叶
8/10

紅く散る華

宮の異様に幅の広い、真っ赤な絨毯の引かれた廊下。

行き交う者は皆忙しそうに通り過ぎる、それがいつもの光景だ。


そんないつもの光景の中に一つだけ違うものが見受けられた、そんな日のお話。


***


「……おい、見ろ。どうされたんだろうか」

「あら、本当。お加減が悪いのかしら……部屋に医師を向かわせます?」

「そうだなあ」

「どうした?」

「姫様がなあ」

「……ああ、知ってる。今日はどうされたんだろう」

「さあ……やはりここ最近の流行り風邪を召されたんだろうかなあ」





話題の的であるのは、この国の王女クランベリーだ。

いつもであれば凛と前を向き、すれ違う者に必ず微笑んで一言掛けるか挨拶をする。

そんなクランベリーを宮人の誰もが好いていたし、彼女も又然りだった。


しかし。


「………………」

「あ、姫様。おはようございます」

「……ええ」



「良い天気ですね、姫。庭を散策されては?」

「……そうね」



暗い。


今日の王女は果てしなく暗く、その口数の少なさは常に彼女の後ろを歩く男と同レベルだ。

にこやかに緩む頬と形の良い柳眉は、何かに絶えるように歪められ。

光を反射して色を深める美しい碧眼は、細められた目の奥で鈍く輝いていた。

時折何かに堪えるように「っ」という息が一瞬発せられ、またもう一度先ほどの状態に戻る。



「………ヘキ……貴方覚えていなさいよ」

「何をでしょう」



そんな会話が彼らの間でされていることを、使用人達は知らない。















「全く……姫も姫ですが、碧様も碧様です」


クランベリーが自室に入って呻きながら腰を落ち着かせるなり、扉を閉めたレイが目を細めて言い放つ。

容赦のない一言に、王女は俯くしかない。ごもっともです、そういうしかないのだから。


「よいですか、お二人とも。私は何度も何度も何度も節度をお考えくださいと!」

「……それは私でなくヘキに言って頂戴……うっ」


それだけ絞り出すと、クランベリーは呻いてそれから黙り込んだ。

前屈みになり、手を腰に当てて唸る。老人のような仕草に、レイは叫ぶのをやめてため息を着いた。

それから王女に言われたとおり、ヘキのほうに向き直る。


「碧様!」

「何でしょうか」

「あれだけ姫に無理をさせてはなりませんと言ったでしょうに!」

「………何のことでしょう」

「身に覚えがないとは言わせませんよ!」









燦々と太陽の光が室内に降り注ぐ。

彼らの事情をレイは知っていたし、この時間――朝から詳しい話を聞き出せる筈がないことも知っていた。

けれども、それとこれとは話が別である。


「姫、忘れているのなら思い出させて差し上げます。本日はヤマト王子が面会に来られる日ですよ!」

「………ああ、あの男」


レイの言葉を聞いた瞬間、クランベリーは急ににやりと物騒な笑みを浮かべた。

腰にやっていた手を顎に当てて、くすりと喉で笑う。

「そうよ、そうすれば一石二鳥」

何を考えているのか、その笑みは凄絶さを増して、レイの背筋に悪寒を走らせる。


「………姫?」

「良い考えがあるわ。さ、用意しましょ」



いつもであれば時間ぎりぎりまで粘って、嫌々出掛けるものを。

どうしたことか、クランベリーはうきうきと嬉しそうに王子に会うためのドレスを選びに衣装部屋に入った。




「……姫、なんですその奇抜なドレスは」

「奇抜とは何よ、失礼ね。貴女が以前賞賛していたものでしょう」

「ですが姫は露出が多いと着られなかったではないですか。なぜ今日になって………」


そこで言葉を切ると、レイはハッと目を見開いた。

「姫、まさかあの」

「さ、時間よ。行きましょうヘキ」

「はい」


「………知りませんよ、私は何も見ませんでしたよ」


「それでいいの」

言って王女は柔らかく微笑んだ。








「クランベリー姫!なんて素敵なドレスなんだ!」

「あら、お褒めいただいて光栄ですわヤマト王子」


大きく開いた胸元と背中が印象的な、漆黒のシルク。それに映える大輪の赤い華の刺繍。

ふわりとなびくシルバーブロンドは、それに妖艶さを加える要素になる。

当然王子の視線はある一点――さらけ出された胸元に一瞬集中し、焦ったように逸らされる。

クランベリーはその様子をみてくすりと……否。


にやり。


後ろに控えるヘキが、一瞬その鉄面皮を引きつらせるほどの凄絶な笑みを浮かべた。

「……姫、何を」

「痛!」

ヘキが訝しげに声を出した瞬間、クランベリーはそれを遮るように声を上げた。

「どうしました?」

「あ……失礼しました、すこし腰の方が痛みまして」

「おや、それは大変ですね」

「ええ。それに最近虫さされも酷くて」

言いながら、そっと髪を掻き上げて白い首筋を晒す。

そこに散るのは、言うまでもなく。


「………………」

「虫さされ、ですか」

「ええ」

「そ、それは大変ですね……」

「ええ、気になってしまって、寝不足ですわ」

「……はあ、そうですか」

「ええ」


にっこりとトドメに微笑まれて、ヤマト王子は「帰ります」と腰を上げた。

「あら、お早いお帰りですわね」

「はい……用事を思い出しました」

「左様で御座いますか。それではごきげんよう」

「はい……お元気で」

「そちらも」


ぎぃ


ぱたん。




…………。




「姫」

「なあに」

「……謀りましたね」

「あら、人聞きの悪い。虫さされなんでしょう?」

自身の首筋に紅く散る華を指さすクランベリーに、ヘキは嘆息して「左様でございます」と呟く。









「……というわけなのよ」

「姫、だんだん狡賢くなられて来ましたね」

「失礼ねレイ」

「……ま、貴女の肌を狙う虫は夜ごと夜ごとしつこいようですし」

「……レイ殿」

「何でしょう碧様」

「いえ」

「とにかく、愛されてるんですからそれを悪用しないことです、姫」


「女性とは恐ろしいものですね、姫」


「貴方も失礼よ、ヘキ」





それでも今日も、戯れる。



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