微笑みの女神
「クランベリー王女。お久しぶりですね」
「ええ。お逢いできて嬉しいですわ、ヤマト王子」
隣国の王子は、この国の姫君にご執心。
***
キラキラと天井から降る光を反射させるのは、巨大なシャンデリア。
飾られた調度品はこれ異常ないほどの高級品。
肌を包む、シルクのドレス。
そこまではいい。
王家に生まれた者として、最低限の威厳を保つために仕方のない手段。
けど。クランベリーは嘆息した。
「それでですね、クランベリー王女。そもそも僕がその出来事を収集させたきっかけと言うのが……」
――目の前のこの男は、なんてしつこいんだろう。
もう何度プロポーズされ、何度それを退けてきたか覚えていない。
確か最初のそれは、彼女が十五の時だ。
あの時はまだ早い、と殊勝に断っていたのだ、一応。
父親――国王は結婚に大賛成だったために、クランベリーは泣き落としをその時に会得した。
それが効を成したのか、以来父は結婚について干渉しない。
しないが、見合い話はたっぷりと持ってくるのだから始末に負えないのだ。
しかし、クランベリーは今年で十八になる。
王家の娘としては、立派な「嫁き遅れ」である。ちなみに本人は気にしていない。
気にしていなくても、国にとっては大問題だ。
(早く結婚して愛を見つけて、幸せになりなさい、ですって?)
目の前に座って自分の美談をまくし立てるこの王子に、そんな感情など微塵もない。
(バカみたいだわ。同じことばかり繰り返すなんて、玩具みたい)
本心は隠したまま、王女はただ微笑む。
惹きよせては冷たく突き放す、何よりも残酷な笑みで。
そしてクランベリーは、今はこの場に居ない人間を待つ。
王子の自分自慢は耳を素通りして、雑音にもならない。空気と同じだ。
急な用で、城のエリートは大会議室に集まり、なにやら会合を開いている。
国政の事で不都合が生じたようでございますと、別れる前に男は言った。
会議はそんなに長引かないだろう。
何せ男が自分の傍に居ない今だからこそ、ヤマト王子は自分を口説きに訪れているのだから。
いつもは王女の後ろから発せられる威圧感に退いている王子だが、今日は違う。
邪魔者は居ない。
つまり絶好調である。
そんな状況を、あの男が黙って許す筈がないのだ。
いつもは無関心とやる気の無さで抑えているその才能を最大限に発揮して、会議は数分で終わるだろう。
類い希なる武闘センス、そしてその政治に関する才能。
叡智を秘めて、生まれてきた男。
秀麗なボディーガードであり、クランベリーの唯一の側近。
名を、碧。
コンコン、と部屋のドアがノックされる。
「はい」
「姫。私です」
思っていたとおりの声が室内にくぐもったまま聞こえた瞬間、ヤマト王子はびくりと反応した。
今正に、クランベリーの手をとったその時だったのだ。
彼にしてみれば、「もう一息でオトせる!」という意気込みが無惨に崩れた瞬間である。
「会議はもう終わったのかな。早かったのですね、ヘキ君」
その王子の言葉に、王女は扉に近づくために彼の手をほどきつつ笑った。
「あら、当たり前ですわ。私のボディーガードは優秀ですもの。それに」
言うと同時に扉を開く。
「主人に悪い虫が付くのを、好くわけがないでしょう?……ねぇヘキ」
途端に感じたいつもより厳しい威圧感と、絶対零度の空気。
「……お久しぶりでございます、ヤマト王子」
声も冷たく研ぎ澄まされ、それはまるで氷の剣。
ヤマト王子が愛想笑いを引きつらせながら城を出るまで、あと少し。