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戯れる宵  作者: 葉月 叶
5/10

開いた鳥籠

自由を願うことは悪いことだと、そう思い込んでいた気がする。

自分に自由がないことなど、それを渇望しながらも納得していたのだと思う。


だけど。



『攫ってくれるの?』



『………いつか必ず』




貴方は約束してくれた。




***




「それではクランベリー様、お気をつけてお過ごしください。くれぐれも素性は明かされませぬよう」

「わかっているわよ、侍従長。心配しなくても大丈夫、子供ではないのよ」

「はあ……しかし」

「大丈夫。ほら、ヘキも付いてきてくれているしね」

「その点では安心させていただいておりますが……」





ヘキの計らいで街へ出ることが許された日から、1週間後。


王女は城の門の手前で、召使いやメイド達、更にはコック達にも囲まれていた。

余談だが、クランベリーは城の下々の者達に人気がある。

幼い頃から可愛がられていたために、その雰囲気は家族に近いものがあった。


そしてその幼い頃から全く外に出たことの無かった愛娘が、本日初の外出をするというのだ。

全員が総出で見送りをするので、そこには軽い人だかりが出来ていた。





「じゃ、行って来るわね」


「はい。いってらっしゃいませ。碧様、姫を頼みましたぞ」

「承知致しました」

頷いたヘキに安心したように、初老の侍従長は皺の刻まれた表情を緩めた。

ヘキもまた、城の者達からの信頼が厚いのである。

政治に長け、武道に長け、そして容姿にも恵まれた最高の男。……表情には恵まれなかったが。

城の兵士達からも絶大の尊敬の眼差しを向けられているほどの男を疑う者など、城には居ない。






「……実は一国の姫を頂いておりますなんて言えないわよね」


城から離れたところまできて、そう良いながらクランベリーはくすくすと笑った。

その言葉に、少し後ろを歩んでいたヘキが軽く眉を歪めた。

「姫、その言い方はどうかと」

どこでおぼえたのか、という問いはひとまず置いて、とりあえず諫めるところから始める。

どう考えても、その一国の姫が口にするような単語ではない。

姫というか、年頃の乙女が口にするようなものでもないのだが。

「本当のことでしょ」

「………姫、まだ昼間です」

軽口を叩きながらも、クランベリーの顔は嬉しそうに緩んでいる。

よほど外に出られたのが嬉しいのか、それとも男と共に出掛けられるのが嬉しいのか。

(どちらもだけどね)

胸の中だけに留めて、クランベリーは街を目指す。

足取りも無意識に軽くなり―――


「姫、そちらに行くと街ではなく森です」













ざわざわざわ。

「…………」

ざわざわざわ。

「…………」

「姫?」


肩に手が置かれ、クランベリーはハッと呆けていた顔を引き締めた。もとい、我に還った。

「いかがされました」

「いえ、こんな喧噪は初めてで………って、ヘキ、街で『姫』だなんて呼ばないで」

初めて体験する混雑した空気に、王女は本気で驚いていた。

まさか城下がこんなに賑やかだとは思っていなかったのだ。

だがこんな公衆の面前で「姫」などと呼ばれては、素性をバラして歩いているのと同じである。

それは困る。

「ああ、はい。申し訳ありません」

謝ってから、ヘキは数秒目を伏せて何か考えるような仕草を見せる。

「なあに」

「いえ、では」

すっと視線が元に戻って、クランベリーのものと絡んだ。

そしてそのまま、ヘキは言葉を口に乗せる。



「……クランベリー」



「……え」

「名前の方がよろしいでしょう?」

「そうだ、けど」

「何でしょうか」


王女は少し照れたようにはにかむと。


「……嬉しい、かも」


呟いたクランベリーの言葉に、ヘキは表情を変えないまま口元だけを僅かに緩めた。










「…………」

先ほどから、何かと人の視線を感じる。

クランベリーは無意識に眉を顰めて顔を俯けた。

その様子に気づいたヘキが、彼女を庇うように歩く位置を変える。

勿論その視線は男女問わず向けられているもので、男は王女、女はヘキにそれを送っているのだ。

彼らのあまりにも整いすぎた容貌とその気品は、そう簡単に隠せるものではない。


一緒に歩いていることで声を掛けてくることはないが、その不躾な視線は彼らを苛んだ。

「……何なのかしら、失礼だわ」

「無視してください。あちらを見ないように」

「なぜ?」

「気があると思われてしまいます」

ふうん、そういうものなのね。

世間ズレし過ぎた王女は、その言葉に含まれた意味を知らずに素直に頷いた。

恋愛に関して疎いわけでもないのだが、いかんせん城を出、街へ降りたのは初めてのことだ。

貴族や各国の王子、兵、そしてヘキぐらいしか面識のある男は居ない。

それらは全て、一応の紳士的態度をわきまえた良識有る者達である。

仕方のないことなのかも知れないが、とヘキは嘆息する。

――余りに無防備だ。


だがしかし、それを補うために自分が居ることも自覚していた。







「ねえヘキ、こうしていると私達、恋人同士みたいね」


ショーウインドウに移る自分達の姿を見て、クランベリーはぽつりと呟く。

夢みたい、続けて口に乗せる。


「夢、ですか」

「現実とは思えない幸運だわ。こうして街に連れてきて貰えるだけで嬉しいのに」

「……貴女はもっと貪欲になるべきですよ、クランベリー」

「これ以上のものを望んだら、神に罰せられてしまいそうなの」



幸せすぎて。



「……まだまだ、貴女には幸せになって頂かないと」

「え?」

続けて呟かれたヘキの言葉に、クランベリーは顔を朱に染め上げた。





「その使命は私にあると自負していますが、いかがでしょう」





絡められた指も、彼にしては珍しい、柔らかい微笑みも。


いつかを象徴するように、この幸せが幻惑ではなく本物だと教えてくれた。








そしていつかの「その時」は誰にも邪魔されず、2人だけの甘い時間を。





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