鳥籠の嘆き
閉じ込められて、養われる鳥は。
鳥籠の中で、嘆くしかない鳥は。
大空を飛ぶ夢を見ながら眠るのだと思うのだ。
***
「おまえももう年頃なんだ。結婚の強要はしないが、まともに見合いの一つや二つ受けてみないか?」
朝食の席で、大テーブルを挟んだ向こうから父である国王が言う。
またか、という感想と共に、それも仕方のないことなのだと納得している自分もいるのだから不思議だ。
わかっています、と溜息交じりに答えると、クランベリーはフォークを置いた。
皿に当たって響く金属音とともに立ち上がる。
「……ごちそうさまでした。行くわよ、ヘキ」
いつものように護り人を従えると、自室に引き返した。
廊下で会う召使いや執事、そして兵や警備の者。
すべてが彼女たちの姿をみとめては、深く頭を垂れた。
「鳥籠の中に、いるみたいね」
ぽつりと落ちたその言葉に、ヘキは少しだけその無表情を歪めた。
「姫?」
「だってそうでしょう?みんな私を見張ってる。逃げないように」
――そんなことはない、と分かっているのに。
「城の中で大事に護られて、啼くことしかできない鳥みたい」
こんな風に不満を垂れたって、実際は何も出来ないようにね、と彼女は微笑む。
主のいつになく沈んだ空気に、ボディーガードは何かを感じ取ったようだった。
クランベリーの自室付近の回廊には、元々人気が少ない。
だから、彼女の小さな声はそれよりも少しだけ大きく響いて聞こえた。
ヘキは一瞬視線を彷徨わせると、いつものように端的に言葉をこぼす。
「……何がありましたか」
珍しく自分から問いかけてきたヘキに、クランベリーは俯けていた顔を思わず上げた。
「どうして?」
「そのような表情をされております」
「……そう」
呟くと、クランベリーは思い返すように口を開いた。
「子供の頃の話よ。私、一時鳥を飼っていたの……まだあなたが来ていないぐらい昔」
「はい」
回廊からは、よく手入れされた中庭と、美しく咲き誇った花々が良く見渡せた。
ヘキは王女に話を促しながら、庭にある東屋に彼女を導いた。
長くなりそうだ、と判断してのことだ。
しかし話はそう長くはなかった。
「家来の一人がね、鳥の足に紐を結わえたの。逃げないように」
そうして、彼女に言ったのだという。
「『これでこの鳥の歌声は、姫だけのものでございますよ』って」
「……それは」
「ええ。飼うにはそうしか出来なかったんだと思うわ。だけど私にはね」
クランベリーはそこで一拍置く。
「……あの鳥が、空に焦がれているように見えたのよ」
なんとなくそれを思い出してね。
そう言い終えた後、クランベリーは独り言のように呟く。澄んだ碧眼が、少し曇った。
「……私もあの鳥のように、死んでしまうまで紐で結わえられているのかしら」
どこにもそんなものなどないが、彼女は自らの腕を伸ばして、太陽にかざす。
「姫」
「なあに?」
「……その鳥を、逃がしてやろうとは思わなかったのですか」
「ええ、思ったわ。……けれどね、鳥はその日のうちに死んでしまったの」
―――最期まで、空に戻れることを信じながら。
「では姫は籠の鳥のままでいたいのですか」
「そんな訳無いでしょう?……誰かが攫ってくれるのを、ずっとずっと待っているの」
ふわりと魅惑的な微笑みを浮かべると、クランベリーはヘキをかえりみる。
「攫って欲しいですか」
「攫ってくれるの?」
「……約束はできませんが」
「あら、男気がないこと」
途端に強気な態度に戻ったクランベリーに、ヘキには少しだけ戸惑いが見えたような気がした。
(まあこの鉄面皮に限って、それは有り得ないわね)
失礼な感想を持つ王女は、ヘキの次の言葉に、不本意ながら固まった。
「では、いつか必ず」
「……約束よ?」
ようやく絞り出したのは、確認の言葉だけだった。
「は」
とりあえず、自由とまではいきませんがとクランベリーが翌日告げられたのは。
ボディーガードを連れてならと言う条件付きでの、お忍びで街へ降りることへの許可だった。
すなわち、ヘキと2人でなら街へ降りても良いということ。
「どういう風の吹き回しなの、お父様」
「わかりかねます」
後から父王にこっそりと、珍しくヘキに頼まれ事をしたので引き受けた、と聞いた。
『―――王、姫が街の視察をされたいそうです。私が付いて参りますので、許可を頂けますか』
――しかしヘキ、城外は危険が多いだろう?
『大丈夫です。何があっても、姫をお護りいたします』
そしていつか必ず、この手で貴方に自由を捧げましょう。