表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戯れる宵  作者: 葉月 叶
10/10

初雪の大祭

静かに舞うのは、風花。

大祭の折、どこか浮き足立つ王都の街。


「……初雪、ね」

「は」


空を見上げて小さく呟いた王女の言葉に、男もまた小さく声を返した。




***



息が白く凍る、氷点下の季節が来る。



「クランベリー、街へ降りてこないか」

突然の父王の言葉に、王女は目つきを胡乱げなものに変えた。

「どうなさったのです、突然」

「それなんだが、明日は何の日か知っておるか?」

「……いえ、存じ上げませんが」

首を傾げた娘に満足げに微笑むと、国王は内緒話をするかのように声を潜めた。

「一年に一度の、玉屑祭が王都で催されるのだよ」


「……ギョクセツ祭?」


聞き慣れない単語に再度首を捻る。

呆れたように娘を見ると、国王は彼女の斜め後ろに直立不動で立つ男に目を向けた。

「何だ、知らんのか。――――碧」

「は」

「クランベリーに付いて城下へ。玉屑祭をお忍びで視察してきてほしいのだよ」

どうしても離れられない会議が入ったのでな、と苦笑して、国王は王女を促した。

「ほら、あとの説明は碧に任せる。準備をしなさい」

「ちょ、お父様?」

「行った行った」



ばたん、と私室を閉め出され、クランベリーは呆然と立ち尽くした。

何だったのだろう、と自問しても分からないものは分からない。

考えるのを早々に放棄して、自分のボディーガードを降り仰ぐ。

「ヘキ」

「は。ご説明させていただきますので、お部屋へ。ここに居ては風邪を召されます」


本当に王女の身体を心配しているのだろう、ヘキはいつもよりも強引に王女の背を押した。

「風邪って」

「今宵は冷えます。風に、雪の香りが混じっております故」

「雪の香り?」

「は。さ、お部屋に」

なおも促され、クランベリーはそこで話を中断せざるをえなかった。






「―――、だいたい理解したわ。つまり、初雪を祝う年中行事ね」

「そのようなものです」

「……姫、ロマンティックな乙女心を持ち合わせてはおられないのですか」

淡泊な主従の会話に口を挟んだのは、唯一二人の事情を知る侍女のレイだ。

「碧様もです。祭りの主旨だけ説明してどうするのです。姫、玉屑祭には別の意味もあるのですよ」

「あら、そうなの?」

「はい。碧様はご自分の用意をなさってください。私は姫の明日の装いを試しますので」

ここまで王女とそのボディーガードにものを言えるのは、どこを捜しても彼女だけである。

ハキハキと喋ってヘキを部屋の外に追い出すと、侍女はにこりと微笑んで王女に向き直った。


「姫、私が教えたということは内緒ですよ。下町の娘達の好む言い伝えですからね」
















翌日、太陽が真上に昇る時刻。

もっとも、今にも降り出しそうに灰色に染まった空にその姿は見えないが。

例によって使用人達の見送りを受け、二人は城を出た。

クランベリーにとっては二度目の外出である。

まだ見慣れない城壁の外の景色は、以前も同じ男の横で見たものだ。

あの時は青く繁り、生命力を全開にしていた木々も、今はただ花咲く季節を待って眠る。

風が吹いても、揺れる葉を持たない森は、いつにも増して静かだった。



「寒……」

「大丈夫ですか」

「ええ、平気よ」



にこりと笑って、クランベリーは足を速めた。

「楽しみだわ!結局昨夜も雪は降らなかったもの」

喋るたびに白い息が一瞬漂い、融ける。

「姫は雪が」

「ええ、好きよ!」

いつにも増して楽しそうに笑う王女を、ヘキは無表情の漆黒で見つめた。

その視線に気付いているのかいないのか、クランベリーは弾むように前進する。

いつもは王女としての責任を考えているのか、王女自身も無表情に近い。

微笑みも完璧に創り上げられたものに過ぎず、彼女の仮面を剥ぐことは困難なのだ。

――――ヘキを、除いて。

自分の前だけで素直に微笑むことを知っているからこそ、尚愛しい。




「参りましょう。祭りはもう始まっております、……クランベリー」




その言葉に、王女は一瞬瞠目してから笑みを深くした。

ヘキ以外の誰も知らない……彼のためだけの、鮮やかで魅力的な微笑みだった。








街は大いに賑わっていた。

以前の喧噪とは比べものにならないそれに、クランベリーは唖然とする。

前回も隙を作らぬようにと言い聞かせたのだが、その努力は一切無に帰してしまっていた。

果物を売る民、駆ける子供、物乞い。

色とりどりの旗と、どこからか聞こえる響く音律。

それはクランベリーが初めて触れる「祭」だった。



「クランベリー」

「……なあに」

「前を向いて歩いてください。ぶつかります」

「……ん」


「クランベリー」

「……えー?」

「そちらの路地には入られない方がよろしいかと」

「……んー」




そんな会話が延々と続き、周囲が薄暗くなった頃。


「……クランベリー」

「なあに……って、え!?」



痺れを切らしたのか、ヘキの声が低くなった。

それと同時に、クランベリーの身体が傾ぐ。


「……ヘキ、手」

「こうしておかないと貴女は危険です」

「でも」

「大丈夫です。誰も気にいたしません」



指を絡めると、二人の間の距離が少しだけ縮まった。


「ねえヘキ」


「何でしょうかクランベリー」


「ドキドキ、するね」


「左様ですか」



いつも通りの端的な受け答えに、僅かな喜色を王女は感じ取る。

無表情の奥に隠れた彼自身が、何に対してそれを感じているのかはわからなかったけれど。

(それでも)

互いの片手に灯る温もりに、すこしでも喜びを感じてくれたら。






「……あ」



ちらり、ちらり。


舞うのは風花。



「……初雪、ね」


「は」






「………きれい」



空を見上げて、「少女」は微笑む。


同じ微笑みを傍らの男に向けると、珍しく微かな微笑みが返ってきた。

普段何も感情を移さない漆黒の瞳が、笑みの形を象る。

「……っ」

それにどうしようもなくはやる鼓動を押さえて、クランベリーは再び雪を見つめた。


「きれい」


もう一度呟いて、こて、と頭をヘキの上腕に預ける。

「冷えて参りました」

小さく呟かれて、一度手を解かれ、男が羽織っていた漆黒の外套で包まれる。

「ありがとう」

「いえ」

そのまま離れるのかと思っていたが、ヘキはもう一度白く細い指に、自分の指を絡めた。

軽く握られて、握り返して。

繋いでいない方の手が伸びて、王女の顎に掛かった。


「――――――」


一瞬で離れた唇は、寒さのせいか、氷のようだったけれど。

「後は城に帰って、ゆっくりと」

「……珍しいわね、そんなこと言うの」

「祭りですから」

「……そう」




昨日、レイに教えられた言い伝えが胸を過ぎる。


『玉屑祭に降った初雪の下で恋人と手を絡めて口づけると、永遠の幸せが約束されるそうですよ』





そして夜は更ける。



夜の帷を照らす、雪の結晶。

いつの間にか現れた月の光を反射して、ぼんやりと浮き上がった白。







それはまるで、恋人達の幸を歓ぶように。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ