『生きていくだけでも大変な世の中みたいだけど、 何とかなるよね。』 七
柄にもなく書き溜めた結果、PCのご臨終と共に6話分消失し、転職も重なりこんなに間が空いてしまいました。
折角ブックマークして下さっていた方々、申し訳ありませんでした。
また、ほそぼそと再開致します。
宜しくお願いいたします。
「飛鳥井雅綱が娘、撫ともうします。」
「万里小路賢房の息…、伊茶…」
改めてお2人はそう名乗られました。
目々典侍さんが、なでさん。
大典侍さんが、いちゃさん、との事。
こういってはなんだけど、お2人とも、変わったお名前でいらっしゃる。
それに、なんで自己紹介にお父さんの名前まで言うのか。上流階級ではそれが普通なのかな。あ、うん、なんだかそんな気がする。
「これはこれは、ご丁寧に。」
お2人の真似してぺこり。
「では、えーと、なでさんと、いちゃさん、ってお呼びすればいいですか?」
「そうじゃの。そう呼ぶがよい。」
ご本人じゃなく方仁さんがOKを出してきた。お2人も異存は無い様子。ではそのやうに。
なるほど。
ゴージャスなお姉さま系の見た目な房子さん。
しっとり物静かで穏やかそうなのが、なでさん。
呟き無口系でぼーっとした感じの、いちゃさん。
ふむふむ。いずれも美人さんでいらっしゃる。方仁さんめ…もげればいいのに。
奥様がたをお名前で呼ばせていただく事になり、ボクだけでなく、家族同士でも名前で呼び合う事に。
普段から、ほにゃららのすけ、なんて変なので呼び合ってんのか。面倒くさい家族だ。
お子さん達も別の呼び名で呼んでるのかと思ったけど、そうでもないようだ。
よそさまのお家の事なので、口にはだせないけど、わけわからん。
ま、そんなことより、今は飯だ。折角ご馳走していただけるのだし、こうとなっては遠慮は無用。
さっさと食って、お暇するのだ。
と思ってお膳に改めて目を落とす。
ふむ。
精進料理?
意外に質素な朝食が目に入る。
一汁一菜とはよく言ったもので。お魚さんが付いてきてるのがせめてもの、的な?
これは川魚かな。イワナ?
詳しくないからわからんが、よく目にする海の幸ではないのはわかる。
お、お金持ちの朝食にしては、いやはやなんと・・・
ご馳走になる立場のもんが贅沢ぬかすなと我ながら考えんでもないが、それでも家長のお客人様に出す食事としては、うーん。
はっ!
これはあれか、厳選された食材がどうのこうのという、そう言えばどんな食事も許されるとかなんかそんな感じの!
なーんて失礼なこと考えてるのはおくびにも出さず、自然な風を装ってお膳から視線を上げる。
ボクは弁えた人間なのだ。そんなあんた、お金持ちの食事っちゅうから期待してたのに、なんて空気、見せるわけもないのだ。
お膳の上を見て、腹の虫がやたらと不満げに自己主張しだしたのは気のせいなのだ。
周囲に聞こえてないことを祈りつつ、方仁さんを見る。
うん、しっかりと聞こえてたみたいね。いやだわー。そのははーん顔、いやだわー。
方仁さんが思ってるのとは、若干意味が違うんだからねっ、勘違いしないでよねっ。
「うむ。客を待たせるものではないの。いただくとするかの。」
方仁さんの声に合わせて、皆さん頂きます。あ、声はださない。仕草だけの静かな「いただきます」だ。
おー、育ちの良さが、その仕草だけでよくわかる。
ボクが普段目にしている連中とは、やっぱ全然違うな、品とかが。
ボクはまあどうしようもないので、自分なりに品良くやって、お食事を頂く。
うん、たしかにこれは、厳選された食材なんだろうな。
素材の良さをそのまま活かしているというか。
うん、まあ、なんだ。
塩気が感じられない。
美味しいんだよ、うん…多分。
でもさ、ド庶民で貧しい舌のボクとしては、調味料をふんだんに使った濃い目の味がお好みな訳で。
こういう、お上品な味はいかんともしがたく。
これは所謂、京風とかですらない薄味なんじゃないかと。
周りを見ても、誰も不満を感じている様子はなくて。
醤油ぐらい欲しくならない?てかせめて、お魚に塩を振るとかさ。
なんかの菜っ葉のおひたしも、どう調理したらこんな味になるのか。決して不味い訳ではないのが、いっそ不思議でならない。
汁物もホントに汁モノだ。なんかの出汁の風味しかわからんわ。えぇい味噌だ、味噌をもてい。
ご飯は麦飯だ。これはこれで、白米に慣れた身としては逆にありです。
「どうじゃ、ハル。味のほうは。」
「え。あ、はい。とても結構なお手前で」
自分で口に出しながら、この返答は如何なものか。
しかし悲しいかな、所詮はガキんちょなボクではこれが精一杯。
その後も、ちょくちょく方仁さんが誰かに話しかける以外は、実に静かな食事風景が続いた。
量的にもちょっと物足りないかな、と思いつつ、箸を置く。
朝から満腹にするのは、逆に健康に悪いとも聞いたような無いようななので、これ位が丁度いいのだろう。
周りを見ると、食べ終わったのはボクだけだ。皆さんは、未だにもぐもぐと、実によく噛んでおられる。
これはあれか、生産者の皆さんに感謝を込めてよく噛んで食べましょうという。
ボク以外みんなそうしてる、さてどうしよう。
とりあえず、ご馳走様でした、と手を合わせる。
そんなボクを横目に、方仁さんが口の中を飲み下してから、口を開いた。
「なんじゃ、ハルは食すのがはやいのぉ。」
はい、育ちが悪いもので。
「なんなら、遠慮せずに、飯をお代わりしてもよいのじゃぞ?」
いえいえ、そんなそんな。
「子供が遠慮などせずとも・・・そうか、もう十四じゃったの。幼子扱いはいかんかったな」
はい、14です。でもまだ中学生ですし、子供扱いしていただいても全然構いませんよ?
それにしても静かだ。
基本方仁さん以外、誰も声を出さない。
方仁さんに話しかけられた時だけ、皆さんお声を出される。
お子ちゃま達もだ。ちゃんと口のものを飲んでから返答している。
これが躾と言うものか。
「してハルよ。わしとしては、好きなだけここに居ればよいと思うのだが、どうする。」
食後の事だよね。勿論帰りますよ。いつまでも居座るだなんてそんな。
そうお伝えすると、「左様か。」とあっさりしたお返事が。
帰ると言う者に無理強いする訳にもいくまいて、そう続けた方仁さんは、しっかり常識人だ。
いろいろアレだけど、基本常識的ではいらっしゃる。
そんな訳で、食後のお茶を頂きながら少し会話を楽しみ、辞去する事に。
お嬢様と目々典侍さん大典侍の三人以外に惜しまれつつ、でかい屋敷を後にした。
別れ際、深くお辞儀をするボクに、方仁さんの
|いつでも気軽にくるがよい。わしは待って居るからの。《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》
という言葉が、やけに耳に残った。
そして半日も経たずして、ボクは再び方仁さんの前で深く頭を垂れていた。