『生きていくだけでも大変な世の中みたいだけど、 何とかなるよね。』 六
Q.話が進まない…
何故なんだ…
「お邪魔させていただいております。」
言いながら丁寧にお辞儀する。
房子さん達のように、上品に頭を下げるのではなく、床に手をついて腰から折るお辞儀。まぁそもそも、お上品になんて、ボクには出来ないしね。
こちらは家族団欒に紛れ込んだ異物だ。しかも、一宿一飯の恩にあずかる身。宿泊に関しては方仁さんと房子さんしか知らない訳だけど、そこはそれ、礼は尽くさねば。
すると、そんなボクを見た年長者の皆様が、ちょっと驚いた顔をする。
「これは・・・失礼をいたしました。主上のおことばから、ふるまいもかろうした方が良いと、浅慮を。ハル殿、よしなに。」
目々典侍さんがそう言って改めて手をついてお辞儀をしてくれた。他のお二人も頷くと、同じように。
お母さん達の姿を見て、春齢ちゃんも急いで深くぺこりと。お嬢様…もとい、永少さんは実にめんどくさそうに軽く、それでも改めてお辞儀をしてくれた。
あわわわ、そんな気を遣わせるつもりなんかなかったのに。
「あ、頭を上げてください。あくまで、目上の方相手だからしただけで、皆さんはどうぞお楽に!」
視界の端に映った皆さんの様子に、慌てて身を起こしてそう告げる。
それに合わせて、皆さんも身を起こしてくれた。
「うむうむ。ハルの申した通り、楽にせよ。先も申した通り、わしの前とて、だれも気にせずともよい。」
「はい、主上がそうおおせであれば。」
「ハルもじゃ。わしと話していたようにするように。」
あ、奥さん達とも気安く話せってことだね。
コクリと頷いて返事する。
「実はの、目々典侍よ。このハルを昨夜はわしのところに泊めての、少し話したのじゃが」
「まぁ、ハル殿が主上とともに」
「うむ、それでのぉ、色々あって今後もかなり気安う話しをするが、それも気にするでないぞ」
「わたくし共がお二人の会話に口を挟む事など、無うございましょうが・・・それ程、気安うに?」
「うむうむ。わしが諱で呼ぶ事を許しておる程にかの」
その方仁さんの言葉に、目々典侍さんのみならず、他の皆さんも思わず驚いた表情に。あ、お子ちゃまズは除いて。
会ったばかりの子供に、お金持ちの旦那さんが下の名前で呼ぶのにOK出してたら、そりゃ驚くよね。
なんか普段は、家族からも呼ばれてないっぽいし。
「ま、まことであらしゃいますか?」
「真の事じゃ。諱で呼ばれるなぞ幾年ぶりであろうか。それがもう、なにやらこそばゆくとも心地よくての。」
下の名前で呼ばれるの、年単位ぶりとか。ほんとに方仁さんの普段って…。
「心地よい、でありましょうか」
何言ってんのあんた、ってな表情をお上手に扇でお隠しなさる目々典侍さん。
その表情の言いたいことはわかる。
旦那が、名前呼ばれてあはーん、みたいな事言い出せば、そんな顔もしたくなるだろう。あはーんは言い過ぎか。
「新大典侍も、わしを起こしに来てくれた際にハルと逢うての、同じように名で呼ばせておったぞ」
「新大典侍もであらしゃいますか」
「起こしに…」
おや。大典侍さんの呟き声が。バックグランンドで。
「主上のご起床のさいに、ハル殿もおられた、と」
「うむ。何せ昨夜はわしの褥で共に寝たからのぉ。」
その方仁さんの発言で、再び目を剥く女性陣。あらやだ、誤解なさらないで、あたくしとキノコには何もありませんことよ?
おっと、何か心の傷が開きかけた気配が。
お嬢様…じゃなくて、永少さん言葉で自動的に和らげるなんて、やるなボク。
「主上…このような事、おききするはぶれいやもしれませぬが。もしやハル殿と…」
目を細めて目々典侍さん。いやほんと、誤解しないで。ボクそんな趣味ないから。
「ん?何かようわからんが、ただ並んで寝ただけじゃぞ。」
「ですです」
「起こしに…」
これ以上変な誤解の目で見られたくないので、横で頷いておく。
てか、話し戻そうよ。方仁さんが何か言いかけてましたよ、奥さん。
あと、大典侍さんの呟きがまたひそかに耳に届いてくるんだけど。
「さようでありますか…」
疑わしげだ。勘弁してほしい。
「うむ、それでじゃ、」
「それはよいとして。」
納得はしていませんよ、と言外に匂わせつつ、何か言い出そうとした方仁さんの言葉をぶった切ってみせる目々典侍さん。
あれー、さっきまで方仁さんを立てまくってた感じがあったのになぁ。どうしたんだろうなー。
「なにやら、新大典侍が主上をおこしに行かれたとか…?」
細められた目のまま、横目で房子さんを見る目々典侍さん。
その向こうで、コクリと首を倒す大典侍さん。
あ、なるほど。これはあれか。
ちょっとアンタ、抜け駆けしたっぽいけど、何どういうこと?ってなやつ。
さっきからの大典侍さんの呟きもこれを指していたのか。
「ああ、うむ。まあ、なんじゃ」
方仁さんも、あ、やばいと感づいたらしい。かなり煮え切らない返事だ。
くっ、関わりたくないが、ここは仕方ない。夫婦、それも特殊な夫婦関係のあれこれに巻き込まれた上、その空気の中での食事なんぞ御免被りたい。
ボクはさっさとお暇をいただきたいのだ!
「あ、それでですね、ボク、いえ私、新大典侍さんを房子さんと呼ばせて頂くことになりまして!」
ちょっと不自然だったかな、位の大きな声で強引に話をスライドさせてみる。
頼む、引っ張られてくれい。お子ちゃま達も見てるから、女の闘い的な何かは、今はナシで!
「そうなのじゃ。妾も主上のように、ハルに名を呼ばせてみたのじゃ。するとのぉ、主上の仰られる様に、えも言われぬ心地でのぉ」
おっと、ここでニコニコしながら我関せずだった房子さんが乗り入れてきた。
あなたの抜け駆け疑惑でややこしい話になりかけてたのに、見事に知らぬフリだ。
しかし、今それを出すわけにはいかない。
「まあ、私に名前を呼ばれたからって、どういう事も無いと思うんですけどねー」
流れを、流れを変えるにはこのまま押すのみ。
「いやいや、そんな事はないぞ、ハル。先程も言うたが、わしらは名を呼ばれる事がそうそうないでの。ある意味貴重な機会じゃて」
プチ窮地にたたされていた旦那さんが、疑惑からの逃走機会を得て、流れに相乗りの模様。うむ、今こそ平和な食事へ共に歩を進めん。
「こればかりは実際、己が身で受けねばわかるまいて。おおそうじゃ、目々典侍に大典侍よ。どうじゃそち等も、名で呼ばせてみては」
「いえ。わたくしはけっこうでございまする」
「わたしも、いい…」
方仁さんの提案ににべも無いお二人。いやまそりゃそうだろう方仁さん。どこについ数分前に会ったばかりの子供に、名前を呼ばせてみる大人が居るよ。
あ、2人居たわ。
「左様か…」
なんか必要以上にガッカリ感だして肩を落としてみせる方仁さん。そんなに落胆することかいな。
「わしも久しぶりに、そなた等の名を呼んでみとうなったんじゃがのぉ…」
目々典侍に大典侍さんが、その旦那さんの呟きにピクリと身を震わせる。
「残念じゃのぉ。そうなれば仕方ないのぉ。諦め「わたしは呼ばれて構わない。むしろわたしを名で呼ぶべき」るしかないかのぉ」
食い気味どころか被せてきたのは、まさかの大典侍さん。機を見るに敏や良し。ぼーっとした雰囲気を纏ってる癖に、こやつやりおるわ。
そんな彼女に、驚いて思わず目々典侍さんが大典侍さんを振り返る。
ボクは方仁さんの左側に座っているんだけど、目々典侍さんを見ると、自然ボクの視界の隅に方仁さんが入るんだけど、その方仁さんがニヤリと頬を歪めてたり。
思わずその表情へフォーカスされたボクの視線に気付いた方仁さんが、扇で口元を隠してみせた。
ぉぉ…これが夫婦の駆け引きというやつか…。
大人の世界は複雑怪奇。まだまだ自分が子供だと痛感させられるぜ。
そして、方仁さんがとどめをさす。
「ほうかほうか。ならば目々典侍のみ・・名で呼ばぬ、ということで」
その言葉に、目々典侍さんは目を見開いて方仁さんに振り返り、慌てて名を呼ばせる事に同意した。
あらやだ。
なんかこの奥さん達、面白かわいい。
A.特に何も考えずに書いてるから。
間違えて消してしまったので、再投稿