『生きていくだけでも大変な世の中みたいだけど、 何とかなるよね。』 四
今話の後半ははっきりいってお下劣部分が。
そういうのがお嫌いな方には申し訳ございません。
「房子とよぶがよい!」
腰に手を当ててそう名乗られたお方は、これでもかといいドヤ顔だ。
奥さん改め房子さん、と。
「はい、わかりました、房子さん。」
そうお呼びすると、何ともいえない顔をされた。
なんだろう。こう…何かを味わって堪能している的な。
「ふむ、たしかに、これは良い。」
何が良いのか。
「じゃろう。やはり、名で呼ばれるというのは、人間大切だとよう判るわい。」
ボクには判らない部分で房子さんと気持ちを同じくしているらしい方仁さん。
でもまぁ、言ってることはその通りだと思う。名前で呼ばれるのは大切だろう。特に近しい人になら。
ボクとはまだそこまでの間柄じゃないのにやたら感慨深いものがあるのなら、よほど普段から名前で呼び合ってないんだな。
夫婦仲は良さそうなのに。
おい、お前。何、あんた。
普段はそんな感じなのかな。
あ、違うか。普段から成り切り生活か。
色々あるな、人の生き様って。
「でありますなぁ。では主上、朝餉を運ばせます故、しばしお待ちを。」
そう言い残して、房子さんはするすると去っていった。
あんな長い裾の着物着てて、よく転ばないな。
進む姿も滑らか過ぎて、なんだかなぁ。実はローラーブレードでも履いてるんじゃなかろうか。床に座り込んでたしそれはないだろうけど。
さて、わしもはると呼ぶことにする、と宣言した上で方仁さんは掻く手を止めた。ほぼ全身を掻いてたんじゃないかと思う。
強く掻き毟っていたという訳じゃないので、肌は痛めてなさそう。
なんだろ、昨日はお風呂に入ってなかったのかな。
あ、それで思い出した。ボク、お風呂入ってない上に、庭の池なんかに浸かってたんだった。…変な匂いしてないだろうな。
う、なんだか痒くなってきた気が。
方仁さんの前だけど、まあいいか。タンクトップに短パン姿で横で寝た仲だ。今更恥ずかしがることもない、掻いとこ。
ぽりぽりと、痒みを覚えた部分を掻いていると、
「朝餉を食ったらわしのことは気にせずともよい、好きな時に帰るがよいぞ。」
衣服を正しながら、鷹揚にそう言ってくれる方仁さん。
房子さんに相対して、思わずしていた正座をときながら、あざっす、とお礼を述べておく。
方仁さんなら気にしなさそうだと思ったので、かなりざっくばらんに。それが良かったのか、
「のっ。それは市井ではやっとる礼の言い方かの。いいのぉ、いいのぉ。わしは、そういうのを欲っしとったんじゃ。」
うんうん頷きながら、いいのぉと繰り返す方仁さん。
正直、引きそうになったのは秘密だ。
それにしても、ざっくばらんと言えば聞こえはいいけど、ようは雑なだけの態度にそこまで飢えてるとか。どんだけ普段から慇懃な態度で周りに接されてるのやら。
庶民のあっしには察することも出来そうにありやせんぜ、へぇ。
「他の者共の前でまでそのようにしておると流石に障りがあるが、わしと房子…と、そうじゃの。わしが、これはと言う者の前では、今のように致すが良いぞ。」
どうやら、このフレンドリィな接し方の許可が正式に下りたらしい。
楽っちゃ楽だからありがたいけど、今日を限りにもう会うこともあるまい的な関係で居たいボクだ。
つまり他人行儀ライクに行きたいのだけど、そこはそれ、場の空気を重んじる日本人。とりあえず上手くその場が回るなら、思惑なぞうっちゃって、言われた通りにしちゃうぜ。
帝のおおせのままに~、なんていかにも雑にへへ~とかしこまってみせると、冗談でしてみせているのは察してくれてるようで、その雑さを朗らかに受けてくれる。やにさがるとはこの事だ、実にだらしない笑顔である。
そんなこんなで、言い方は悪いけど適当な返事で方仁さんの言葉に応じながら、絞りもせずに干していたせいでよれよれの着物を回収し着替えていると、静々と表現するのに相応しい所作で、幾人かの女性が現れた。
その内2人は房子さんと同じように十二単を着、その2人に連れられた、ひのふの…6人は、簡素な着物姿である。
やっぱりお手伝いさんが居るようだ。それもこんなに大勢。やっぱお金持ちなんだな。
てか、お手伝いさんまでこのかっことか、方仁さん…。 やっぱお金持ちはわからん。
房子さんはああ言ってたけど、この状況をみるに、やっぱりこの建物の所有者は方仁さんで間違いないかな。
この酔狂さがあればこそ、映画にポンとこんな建物寄付しようなんて思えるんだろう。
お手伝いさん達の出現にあわせて、部屋の隅へ移動する。目立たないように、邪魔にならないように。
そんなボクを怪訝な様子で一瞥したお手伝いさん達だけど、方仁さんが立ち上がって両手を体の横に水平に広げると、いそいそとお仕事にお励みに。
木製っぽい、漆が塗られてきれいに蒔絵が施され、左右に持ち運びのための取っ手が二本ずつ付いている物を捧げ持った女性が、方仁さんにまず近づいた。
あれは盥かな。それに手を突っ込んで、そこから水をすくい方仁さんは手を洗い、次いで顔を洗い出す。
こ、こんな洗顔方法、予想だにしてなかった。
顔を洗い終えた方仁さん、豪勢な衣装に身を包んだ2人のうちの1人が手渡したタオル──というより手拭で水分を拭き取る。
そこから豪勢な衣装の人が、2人掛かりで方仁さんの着物を脱がしにかかる。
おお、マジですか。お金持ちって、ほんとにこんな事させるんだな。
着ている物は少ないので脱がし終わるのもすぐである。ボクの見ている前で方仁さんが裸にされた。
なんと、方仁さん…褌じゃないですか、やだぁ(笑)
おっと、思わず噴き出しかけたぜ、あぶねぇあぶねぇ。
褌なんて、祭りの時に気合の入った連中が穿いてるのを見る位で、日常で着こなしてる人なんて初めて見た。ここまでやってるとは、ほんと半端ねぇなぁ、このおっさん。
無性にこみ上がる笑いを必死に抑えていたけれど、次の瞬間には笑いなんてものは一気に引っ込んだ。
…褌まで着せ替えさせてやがるぜ…。
おっさんのキノコがお目見えだ。って、なんてもん見せんだコンチキショー!
急いで視線を外したけれど、視界の端では、着せ替えの動きに合わせてキノコがダンスをしてやがる。HAHAHA。
新しい褌に締めなおしてもらっている方仁さんを、前を見てるようで見ていない虚ろな目で眺めつつ、なんとか気持ちを入れ替えようと頑張った。
本当に半端ないよ、このおっさん…。
そして、
ご立派なものを…ご立派過ぎるモノをお持ちですね、方仁さん…。
───毎日の事なんだろう。あの存在物を文字通り目前にして、なんでもない顔で褌を換え終えたお手伝いさんのお2人は、簡素な着物の人が捧げ持つ、底の浅い四角のお盆から内着だろう白い着物を取り上げて、方仁さんに着せ掛けていく。
お盆を持っているのは3人で、残りの2人は寝床になっていた着物や褥を丁寧に畳みつつ片付けている。
内着を複数着せると、ズボンっぽいのと袴っぽいのを穿かせ、次いで上着っぽいやつを。ふむ、ボクが着てる狩衣ってのと微妙に形が違う。
なんで履き物を2つも履かせたんだろ。偉い人仕様というやつだろうか。
ま、いいや。
着せ替えの間、他のお手伝いさん達は、それぞれ自分の担当のお仕事が終わっても下がらずに待機してらっしゃる。
その間、ずっと無言。衣擦れの音がするばかりで、静かなものである。
意外と長い髪をくるくると布の何かに巻きこんで、帽子みたいな冠のなかに押し込む。ちょこんと頭に乗った冠がなんとも似合ってるじゃないか、方仁さん。
最後に、冠の向きや角度を微調整。
前から後ろからと確認。お、どうやら完成したらしい。
お手伝いさん達は深々と一礼すると、来たときと同じようにするする去っていった。
ボク自身そう振舞っていたとはいえ、実に空気。
誰この人。そんな質問が方仁さんに向けてされることもなく、お着替えタイムが終了。
主人に向けて、必要のない口はきかない。必要な事なら主人から言い伝えられる筈。そんな印象が見て取れるプロフェッショナルなお手伝いさん達である。
着替え終わった方仁さんは、よっこらせっと畳の上に腰を下ろした。
実に爺くさいことであるが、やけに似合っている。年齢的には初老にも差しかかってなさそうなのに。
昨夜の上品そうな雰囲気はいったいどこへ。
「はる、そちもさような処におらず、こちらに来るがよいぞ。」
板の間に正座しているボクへ、方仁さんが手招いてくれる。
正座には慣れているけど、だからといって板の間に直接正座はきついので、ありがたく招きに従う。
ひんやりしていて気持ちがいいけど、ずっとは痛いよね。
「ふむ、なんじゃな。はるの狩衣はよれよれになっておるの。」
まぁ池で濡れたのをただ干しただけだからね。
「なんなら、替えを用意させるが、どうじゃ。」
あ、着替えを貸してくれるのは嬉しいかなぁ。
でも、更衣室みつけて私服回収すればいいだけだし、そこまでご厚意に甘えるのも申し訳ないです。愛想笑いしながらそう返す。
「構わん構わん、きにせずともよい。遠慮するな。」
方仁さんが善意で言ってくれてるのはわかるんだけど、正直困る。
この様子だと、恐らく用意してくれる着替えは方仁さんが着ているようなものだろう。
つまり、うちに帰るまでその格好でということになる。正直、撮影衣装として以外で、それも公道でこんな服を着るのは恥ずかしい。町全体がこんな状況だから基本的には誰も気にしないだろうけども。
「えと、大丈夫です大丈夫です。お気遣いなく。一宿だけでなく一飯の恩まで受ける身、これ以上なんてとてもとても。」
そう言って顔の前で手を振るボクに、方仁さんはさよかとばかりにそれ以上押してはこなかった。
「そうそう。いずこの一座かはわからんが、これも何かの縁じゃ。はるの縁者を宴に呼んで、芸を披露させてやるもよいかもしれんの。なんと言ったか…おぉそうそう、箔がつくぞ。」
かわりにそんな事を仰る。
まさか、ボクの身内まで御馳走によんでくれようと!?さすがお金持ち、こんな如何にも袖すりあうも多少の縁としか言えないのに。ってお愛想で言ってるだけかな。まじもんな気もするけど、考えるのはよそう。芸を披露とか言ってるし。
良いことを思いついた的な表情でいる方仁さんに変な事を言って言質をとられるのもアレだ、上手い事流さねば。
「ところで、方仁さん。房子さん、ほんとお綺麗な方ですね~。あんなお嫁さんがいて、羨ましい!」
「ほっほっ。そうじゃろう、そうじゃろう。」
しゃっ!話し逸らしに成功!
美人な奥さんへの褒め言葉に乗らない旦那さんは、そうそうおるまい。
案の定、目を細めて嬉しそうに話しにのってきた。
「わしの子を産んだおなご達の中でも、房子は一番美しゅうての。それだけでなく、よく気もついて教養も飛びぬけておる。房子を見初めたわしは流石じゃな!まぁちっくと気が強い部分もあるがの。」
嫁さん自慢を始める方仁さん。
うんうん、確かに房子さんそんな感じだね。ただ美人さんなだけじゃなくて、所作も綺麗で、如何にも才女って感じだった。
ってか、お子さん居てるのか。全然そうは見えなかったなぁ。なんて、房子さんを思い返してるボクの横で、
「しかも、こうきてこうでの、このあたりがこうきゅっとしとるくせに、ここがこう、」
方仁さんが両手を使って何やら。実にやらしい手つきだ。身を整えた今、上品そうに見えるのに、残念だ…
こんな未成年相手に、奥さんのボディラインを披露するとか、どうしようもないな。自慢したいのかも知れないけど。
それにしても…そうか。着物に隠されてわからなかったけど、房子さんすんごいんだな…。
はっ、いかんいかん。想像しかけたものを、首をふって頭から追い出す。
方仁さんに眼を向けると、ニヤニヤとした顔が。
「そんな手つきと顔してると、房子さんに怒られますよ。」
一応言っとかないとね、うん。
「ほっほっほ、房子はそんなことでいちいち目くじらはたてんよ。」
朗らかに笑うことじゃないだろ。
───あれ、ちょっとまてよ。方仁さんの惚気の中に、なにか気になる部分が。
おなご…達?
「方仁さん、さっきおなご達って…。」
「うむ。そう言ったが、どうかしたかの。」
どうかしたかのって。
「え、でも、房子さんが奥さんなんですよね?」
「そうじゃの。室達の中では、房子が最も近しいの。」
ん、んん~。
えと、室ってあれか、正室とか側室とかの室か。
え、あれ、じゃあ、
「他にも奥さん…的な方がいるんですか!?」
「勿論じゃわい。」
どえぇ、なに当然って顔して言ってるんだ方仁さん。
この日本で重婚は違法でんがな。あれ、でも戸籍上で結婚してなけりゃいいのかな。所謂、内縁の妻とかそういう。
いやいや、そんな事はどうでもいい。
方仁さん、こんないい人そうに見えるのに!
あ、まてよ。前妻さんとかそういうことかもしれない。
方仁さんいい人説は生きている。
「──奥さんというのはおそらく妻女の事じゃろ?全ての者に寵を与えた訳ではないが、奥さんは幾人もおるぞ。そういえば、今、内侍司には幾人のおなごがおるのかのぉ。」
生きてませんでした。
え、え、え、内侍司ってなに。話しの前後的に女性達に関係あるのは間違いないけど。
なんか係り的なニュアンスがするけど。え、じゃあ何、まさかさっきのお手伝いさんたち…そういうこと?
だから方仁さんのキノコ見ても平気そうだったのか。キノコだなんて可愛らしい代物じゃなかったけど!って今はキノコはどうでもいい。
てか落ち着け落ち着け。
ふぅ。
いやいやいや、まてまてまて。落ち着いたふりして、なに無かった事にしようとしてんだ、ボク。
あ、でもそのほうが幸せか!?
思いっきり食いついてしまったけど、今こそスルー技能をフル稼働させるべき時では。
「実際何人かは覚えとらんから何とも言えんが、わしの種が着いた者は三人しかおらんから、実質、奥さんはその三人じゃの。」
更なる情報が。
3人も!?
実際とか実質とか、どないなっとんねん、わからへんちゅうねん。
しかも、種って!種って!! 生々しすぎるよ方仁さあああん!
く、この人、草食系でヤギって感じなのに、ガッツリ肉食だよ。あのキノコ見た時に気付くべきだった。いや違う、あんなもん見たからってそんなもん気付けん。
てか、昨日今日会った人間に、何明かしてんすかぁぁ。
って、話しのネタふったのボクか!失敗こいたぁあ。
くそー、どんなに好い人でも、やっぱ金持ちの男はケダモノなんだな。
ヤギの毛皮を被った化け物キノコめ!
───あのキノコは忘れよう…。出来れば永久に。
なんとか十日前後で投稿を維持してみせる…!
志は高くもつ!(ぇ