10ー3
「ルリのことばかり思っておったが、そうか、これがひとを好くということか」
ヴィグは、自分の病いの正体がわかり、ほっとしていた。
「そのルリという娘....」
シルダリヤがルリの名を口にしながら、シルダリヤの前に設えた炉に香木を一握り投げ込むと、炎が爆ぜた。
「器を欲しているものに、呼ばれたか」
爆ぜた炎が一気に大きくなり、なんと人型をとった。
シルダリヤが、静かに瞼を閉じ、もうすでにハイラルにしか伝わっていない古代語で、呪言を詠唱すると、人型がよりはっきりとして、それはひとりの男を表した。
ヴィグには、大きな炎のゆらめきにしか見えてはいなかったが、それでも、場の空気が、まったく違うものであることは肌に感じられる。
「アーマントゥルード、カミン、ヒル、エーガディ」
シルダリヤが古代語を炎に向かって詠唱すると、炎の色が赤から青白いものに変化していく。
ヴィグは、目の前で繰り広げられる不思議な出来事を静かに見守った。
室内にはシルダリヤの厳かな詠唱だけが続き、空気が震えるような緊張感が支配していた。
暫らくの時間が経ち、シルダリヤが沈黙すると、それとともに炉の炎は、いつもと同じ色合いに変じ、何事もなかったかのように、常のゆらめきを取り戻したのだ。
「ルリという娘を欲した理由はわからなかった。理由など、ないのかも知れぬが....。神は気まぐれだからな。
この世界のものではないとは、いやはや、我も驚いた」
シルダリヤの開いた瞳は深い翠色から、邪眼である赤い色合いに変化していた。
「姉者、瞳の色が変わっている」
ヴィグが、シルダリヤに告げた。
「力を使い過ぎたようじゃ。まぁ、そのくらいの相手だったからな。
オビを選ぶか、ハイラルを選ぶか。
ヴィグ、お前にも機会は与えられるやもしれない。
父となるべき男は、ルリ次第と言っておったわ」




